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第47話
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「何が楽しいのですか」
「別に」
「別にという顔ではありませんけれど。何を考えているのですか」
大きなベッドに横になり、宇佐見は私の髪をもてあそぶ。
「彼と寝た後に、別の男のところにいて、だけど結婚したくないという人間のこと」
上目遣いに髪に口づけられて、思わず髪を引っぱった。
「悪趣味です」
「助けを求めたのは君、でしょう。対価を払うのは当然。だと思わない?」
対価、その言葉にぞくりと背筋に悪寒が走った。同時にずくりと子宮が疼いた。
家からの使いが来るといって、梶谷と追い出すように一緒に家を出れば、宇佐見がいた。如才なく梶谷に頭を下げて見せた宇佐見は、まさしく家の使いそのものだった。そうして、黒塗りの車に乗せられ、連れてこられたのは最初の日のホテルだった。
「好きにすれば」
どうせ種は必要なのだ。いくつにも割けそうな心を無理やりに殺して目の奥の熱に気づかない振りをした。
「そう」
宇佐見は身を起こした。薄暗い部屋、窓からの月明かりに彼の長い髪が光った。そのままベッドを下りると、手を引かれ窓際に連れていかれた。カーテンを開けば、ホテルの庭園がライトアップされ、箱庭のようだった。嵌め殺しの窓は分厚く固い。檻だった。
冷たい窓に背を預け顔を上げた。睨むのも泣くのも悔しくて、どんな感情も顔の上から消えればいいと思った。選んだのは自分、目を瞑るのも、視線をそらすこともしたくない。ただ、目を開けた。今、このときだけ目玉をガラス玉にするのだ。言い聞かせた。
細くきれいな、だけど確かに男の大きな手が伸びてくる。
柔らかい人差し指が耳たぶをかすめ、差し込まれた。首を、触れるか触れないかの距離で通り抜ける指。左耳の奥が震えた。首筋を伝うように二、三度髪を梳かれた。目の前にある二の腕に視線を落とせば、頭の上でふっと笑われた。吐息が額の生え際をなでた。
むっとして見上げれば、宇佐見の目が思ったよりも近くにあった。ブルーグレイの瞳の中に緑色をみつけ、固まった。昔別荘で見た湖に映った月のようだった。
お互いに目の奥を覗いたのは一瞬だった。
「そのまま」
宇佐見は体を離すと一人掛けの椅子を移動させ、イーゼル代わりにするとスケッチブックを開いた。
「何を」
「そのまま」
月明かりと暖色のダウンライトだけの室内。宇佐見はスケッチブックに向かった。
時折こちらを見るその目はなんの色も熱もない、無機質な目。画家として対象物を見る目。気負った自分が恥ずかしくなった。鉛筆がスケッチブックの上を走る音。それはささくれ立った心を慰めた。
窓ガラスが生ぬるく感じ始めたころ、鉛筆の音が止まった。
「後ろを向いて」
指示に従って背を向けたがしばらくたっても描く気配がない。
「脱いで」
あまりにさらりと言われて頭が処理できなかった。
「何を言って」
いるのですか、と続けるはずの言葉は宇佐見の目を見た途端出てこなくなった。相変わらず、その目には色欲はどこにもなかった。宇佐見は立ち上がるとこちらへきた。
「なんか違う」
そういうと、着物の衣紋をぬくようにカーディガンを後ろにひかれた。カーディガンは両肩をするりと滑り落ち背中の中ほどで止まった。何かを確認した宇佐見は当たり前のようにキャミソールの紐に手を伸ばしてきた。
「待ってください。何をするのですか」
「対価を、払ってくれるのだろう?」
宇佐見の指が肩に触れた。鎖骨を辿るように人差し指がキャミソールとブラの紐を肩へと落とす。遊女のように露わになった肩のラインを測るようにそっと撫でられる。色のない目と測るような指先に耳の奥が疼く。ただ、何度か対象物の位置を調整するように、人差し指と中指が肩から首にかけてなぞっていく。月を見上げるように顎をくいっと持ち上げられる。
「そのまま」
冷静な一声を残して、背後に回られた。
冷たい視線のはずなのに、背中が焼けるように熱い。
「別に」
「別にという顔ではありませんけれど。何を考えているのですか」
大きなベッドに横になり、宇佐見は私の髪をもてあそぶ。
「彼と寝た後に、別の男のところにいて、だけど結婚したくないという人間のこと」
上目遣いに髪に口づけられて、思わず髪を引っぱった。
「悪趣味です」
「助けを求めたのは君、でしょう。対価を払うのは当然。だと思わない?」
対価、その言葉にぞくりと背筋に悪寒が走った。同時にずくりと子宮が疼いた。
家からの使いが来るといって、梶谷と追い出すように一緒に家を出れば、宇佐見がいた。如才なく梶谷に頭を下げて見せた宇佐見は、まさしく家の使いそのものだった。そうして、黒塗りの車に乗せられ、連れてこられたのは最初の日のホテルだった。
「好きにすれば」
どうせ種は必要なのだ。いくつにも割けそうな心を無理やりに殺して目の奥の熱に気づかない振りをした。
「そう」
宇佐見は身を起こした。薄暗い部屋、窓からの月明かりに彼の長い髪が光った。そのままベッドを下りると、手を引かれ窓際に連れていかれた。カーテンを開けば、ホテルの庭園がライトアップされ、箱庭のようだった。嵌め殺しの窓は分厚く固い。檻だった。
冷たい窓に背を預け顔を上げた。睨むのも泣くのも悔しくて、どんな感情も顔の上から消えればいいと思った。選んだのは自分、目を瞑るのも、視線をそらすこともしたくない。ただ、目を開けた。今、このときだけ目玉をガラス玉にするのだ。言い聞かせた。
細くきれいな、だけど確かに男の大きな手が伸びてくる。
柔らかい人差し指が耳たぶをかすめ、差し込まれた。首を、触れるか触れないかの距離で通り抜ける指。左耳の奥が震えた。首筋を伝うように二、三度髪を梳かれた。目の前にある二の腕に視線を落とせば、頭の上でふっと笑われた。吐息が額の生え際をなでた。
むっとして見上げれば、宇佐見の目が思ったよりも近くにあった。ブルーグレイの瞳の中に緑色をみつけ、固まった。昔別荘で見た湖に映った月のようだった。
お互いに目の奥を覗いたのは一瞬だった。
「そのまま」
宇佐見は体を離すと一人掛けの椅子を移動させ、イーゼル代わりにするとスケッチブックを開いた。
「何を」
「そのまま」
月明かりと暖色のダウンライトだけの室内。宇佐見はスケッチブックに向かった。
時折こちらを見るその目はなんの色も熱もない、無機質な目。画家として対象物を見る目。気負った自分が恥ずかしくなった。鉛筆がスケッチブックの上を走る音。それはささくれ立った心を慰めた。
窓ガラスが生ぬるく感じ始めたころ、鉛筆の音が止まった。
「後ろを向いて」
指示に従って背を向けたがしばらくたっても描く気配がない。
「脱いで」
あまりにさらりと言われて頭が処理できなかった。
「何を言って」
いるのですか、と続けるはずの言葉は宇佐見の目を見た途端出てこなくなった。相変わらず、その目には色欲はどこにもなかった。宇佐見は立ち上がるとこちらへきた。
「なんか違う」
そういうと、着物の衣紋をぬくようにカーディガンを後ろにひかれた。カーディガンは両肩をするりと滑り落ち背中の中ほどで止まった。何かを確認した宇佐見は当たり前のようにキャミソールの紐に手を伸ばしてきた。
「待ってください。何をするのですか」
「対価を、払ってくれるのだろう?」
宇佐見の指が肩に触れた。鎖骨を辿るように人差し指がキャミソールとブラの紐を肩へと落とす。遊女のように露わになった肩のラインを測るようにそっと撫でられる。色のない目と測るような指先に耳の奥が疼く。ただ、何度か対象物の位置を調整するように、人差し指と中指が肩から首にかけてなぞっていく。月を見上げるように顎をくいっと持ち上げられる。
「そのまま」
冷静な一声を残して、背後に回られた。
冷たい視線のはずなのに、背中が焼けるように熱い。
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