32 / 55
第31話
しおりを挟む
「つまらない話だけど」
前置きすれば、宇佐見にソファに座るよう促された。
夜景のきれいな部屋、これから話すことの汚さに自然と口元に自嘲的な笑いが浮かんだ。
「望月家の事情はご存じ?」
「人並みには。健造氏は随分と封建的だとは聞いているよ。まあ、創業者としての実権も大きいが見合うだけの業績もあげている。優秀な人なのだろう?」
「そうね、経営者としてはましなほうでしょうね」
ソファに腰を下ろす。
「望月家には私の上に姉がいるわ。大学教授に嫁いでいて、とりあえず私の婿が望月家の跡取りになるわね」
「それで」
姉の事情を知っているのか知らないのか、宇佐見は正面のソファにゆったりと構えた。
姉の内情まで話す必要はない。あの胸糞悪い父の話で十分だ。
「それで、私にお鉢が回ってきたってわけです。子供を産め。望月家のために。
父から山のような見合い写真とともにね」
「親から言われたから、それで僕と結婚すると?」
「誰が、結婚すると言いました?」
正面から男の顔を見る。同じ目線で男を見るのは初めてだった。
「ふうん」
意味ありげにそれだけ口にすると宇佐見はソファに寝転がった。長い脚を組む。革靴が黒く光った。視線だけをこちらに流してきた。
すべてを見透かされているようだった。思わず広いソファの上で身じろぎした。
「じゃあ、君は、僕をどうして選んだの? 子供がほしいってあの日言ったよね」
「あの日も言いましたが、勘です。それに、父の思惑通りに結婚するつもりはありません」
「でも、君、最後は僕の腰に足を絡めて来て離れなかったよね」
首筋が赤く染まるのがわかった。体温が上がる。それでも、ここで引けない。
笑え。薄く口角をあげて、笑うのだ。
「久々に気持ち良かったのは事実です。ですが」
色に濡れ始めた視線にできるだけ冷たい視線を投げる。
「私に必要なのは子供であって、夫ではありません。率直にいえば、種さえもらえればそれでよいのです」
「ふうん」
宇佐見は大きく足を振り上げると反動をつけて起き上がった。
「僕を種馬扱いする女は初めてだよ」
「そうですか。みなさんオブラートに包むのが上手なだけでしょう」
「なるほどね、だけど君は嘘つきだ」
「嘘などついていません」
ブルーグレーの瞳がすっと細められた。パーティで見たことのある臼井の男たちと同じ眼光の鋭さだった。
一歩、二歩。それだけでテーブルを回りこまれる。照明を背に、見下ろされた。私がどんな顔をしていたのか。宇佐見は鼻で小さく笑う。
「梶谷剛史」
梶谷の名前に息を呑んだのがまずかった。
気付けば、宇佐見の片膝で私の両膝が割られていた。重心が移動し、態勢が崩れた。肩を押され、背もたれに倒れた。
「面白いことは好きなんだけどね」
そっと長い指が首筋をなでる。やさしい声が耳を侵す。
「正直に話してくれたら、考えてもいいよ」
見合い写真で感じた勘は多分間違っていなかった。だけど、代償は思ったよりも大きいらしい。吐息が耳をくすぐっていく。生温かい体温を鎖骨に感じながら、ゆっくりと体の力を抜いた。
前置きすれば、宇佐見にソファに座るよう促された。
夜景のきれいな部屋、これから話すことの汚さに自然と口元に自嘲的な笑いが浮かんだ。
「望月家の事情はご存じ?」
「人並みには。健造氏は随分と封建的だとは聞いているよ。まあ、創業者としての実権も大きいが見合うだけの業績もあげている。優秀な人なのだろう?」
「そうね、経営者としてはましなほうでしょうね」
ソファに腰を下ろす。
「望月家には私の上に姉がいるわ。大学教授に嫁いでいて、とりあえず私の婿が望月家の跡取りになるわね」
「それで」
姉の事情を知っているのか知らないのか、宇佐見は正面のソファにゆったりと構えた。
姉の内情まで話す必要はない。あの胸糞悪い父の話で十分だ。
「それで、私にお鉢が回ってきたってわけです。子供を産め。望月家のために。
父から山のような見合い写真とともにね」
「親から言われたから、それで僕と結婚すると?」
「誰が、結婚すると言いました?」
正面から男の顔を見る。同じ目線で男を見るのは初めてだった。
「ふうん」
意味ありげにそれだけ口にすると宇佐見はソファに寝転がった。長い脚を組む。革靴が黒く光った。視線だけをこちらに流してきた。
すべてを見透かされているようだった。思わず広いソファの上で身じろぎした。
「じゃあ、君は、僕をどうして選んだの? 子供がほしいってあの日言ったよね」
「あの日も言いましたが、勘です。それに、父の思惑通りに結婚するつもりはありません」
「でも、君、最後は僕の腰に足を絡めて来て離れなかったよね」
首筋が赤く染まるのがわかった。体温が上がる。それでも、ここで引けない。
笑え。薄く口角をあげて、笑うのだ。
「久々に気持ち良かったのは事実です。ですが」
色に濡れ始めた視線にできるだけ冷たい視線を投げる。
「私に必要なのは子供であって、夫ではありません。率直にいえば、種さえもらえればそれでよいのです」
「ふうん」
宇佐見は大きく足を振り上げると反動をつけて起き上がった。
「僕を種馬扱いする女は初めてだよ」
「そうですか。みなさんオブラートに包むのが上手なだけでしょう」
「なるほどね、だけど君は嘘つきだ」
「嘘などついていません」
ブルーグレーの瞳がすっと細められた。パーティで見たことのある臼井の男たちと同じ眼光の鋭さだった。
一歩、二歩。それだけでテーブルを回りこまれる。照明を背に、見下ろされた。私がどんな顔をしていたのか。宇佐見は鼻で小さく笑う。
「梶谷剛史」
梶谷の名前に息を呑んだのがまずかった。
気付けば、宇佐見の片膝で私の両膝が割られていた。重心が移動し、態勢が崩れた。肩を押され、背もたれに倒れた。
「面白いことは好きなんだけどね」
そっと長い指が首筋をなでる。やさしい声が耳を侵す。
「正直に話してくれたら、考えてもいいよ」
見合い写真で感じた勘は多分間違っていなかった。だけど、代償は思ったよりも大きいらしい。吐息が耳をくすぐっていく。生温かい体温を鎖骨に感じながら、ゆっくりと体の力を抜いた。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
シチュボ(女性向け)
身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。
アドリブ、改変、なんでもOKです。
他人を害することだけはお止め下さい。
使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。
Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる