目隠しは赤い糸

雪野 千夏

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四齢

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彼と私と彼の弟。そして蚕。そんな奇妙な同居生活の幕開けはこの夏三度目の台風が本州に上陸した日だった。
台風が来る前の、独特の冷たさと生ぬるさと速さをはらんだ風。遠くの山の枝が揺れていた。窓を開ければ、カーテンが揺れる。サボテンの上の小さな人形がことりと落ちた。不精な私には花なんて無理で、観葉植物すら危うい。そういったら彼が持ってきたのは、ひと月に一度水やればいいというサボテンだった。小さな鉢のそれを愛しいなどと思わない。ただあるだけのもの。一緒に住むにあたり、蚕のほかに持ってきたものだった。彼の机の上、蚕の箱の隣に置いた。

「来たんだ」

和哉がいた。章は私が泊まるために部屋を片付けていてここにはいない。

「そ、来ちゃった」
「馬鹿じゃねえの」

今時の子は吐き捨てるのはこういうふうなのか、妙に痛ましそうな彼の顔を見て少しだけ泣きたくなった。

「部屋は俺と一緒でもいい?無理なら俺リビングに寝るけど」
「いいよ」

日々、彼の部屋に私のものは増えていった。今まで、自分の色を残したくなくていちいち持って帰っていた。彼は部屋に着くとすぐ、自分の部屋に私の住む証を残そうとでもするように、洗面所に歯ブラシを置いた。マグカップに箸に茶碗。一通りそろえると家族になったような錯覚がした。

「何か他に必要なものはない?」
「別に」

むしろこんな茶番の同居生活を本当にするつもりなのか聞きたかったが、それは彼の雰囲気に口に乗せることすらできなかった。

「ああ、そうだ。今日は桑はまだとりに言ってなかったよな。一緒にいこうか」
「朝、一人で言ってきたから」
「そう。明日は学校でしょう?」

ご飯にしよう。そういって彼はキッチンへと向かった。

「行ってらっしゃい」
「行ってきます」

九時から仕事の章に見送られ彼の家を出る。彼の家からの方が学校へは近い。昨日のうちに自転車だけは持ってきていた。しばらくは自転車通勤になりそうだ。

「おかえり」
「ただいま」

夕方は私が彼を迎える。和哉がいて時々強く睨まれることを除けば彼との毎日は何も変わらなかった。桑を取りにいき、彼の撮影につきあい、ともに夕食を食べる。ただ変わったのは帰る家が毎日章の家になったことだけだった。
表向き私たちの関係は以前と何も変わらなかった。章は前と変わらず私を彼女として扱ったし私もそれらしく振舞った。そうされることの違和感に気づいていたが、心と体が離れていく不安から解放されていた私は見て見ぬふりをした。章との距離はできていたがその痛みゆえに、私の意識は強く現実に結ばれていた。

あまりに変わらない毎日に最初こそ良心の呵責を感じていたが、しばらくするとそれさえ忘れていた。そしてその普通が彼のきわどいまでの自制と、私を失いたくないという狂気にも似た恋情の上に成り立っていたと知ったのは兄の結婚式の前の夜だった。すでに兄の結婚式のために今日は実家に泊ることを告げていた。普段は地元に帰ってくることのない兄に、家族水入らずで過ごしたいと言われれば否やはなかった。実家へと向かう途中、蚕に桑をやるのを忘れていたことを思い出した。電話で章に頼んでもよかったが、毎日朝と夜彼らを観察するのが癒しになっていた。ハンドルを切った。

 ただいま。そう口にするのは躊躇われてドアを開けた。ごめんください、そう声に出そうとして息を殺した。

「正気か? 兄貴ならもっといいやついるだろう」
「そうだなあ。自分でも時々なんでゆかりが好きなのかって思うよ」

声を荒げた和哉に章の声は少し疲れて聞こえた。私の知らない声だった。
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