目隠しは赤い糸

雪野 千夏

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二齢

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まじまじと隼人を見た。
蚕蛾の略称かと思えば返ってきたのは蚕に名前、衝撃だった。そんな発想は全くなかった。

「だって、皆、犬とかも名前つけるでしょう。十七匹いるから、ほかのが孵ったらほかの人が名前つければいいかなって」

そこまで言って隼人はまた沈んだ。一匹なくしたことを思い出したらしい。よかった、グループの人数分より多く蚕種があって。

「そうだよな。名前ないと変だよな。やっぱ隼人賢いよな。すげえなあ」

カケルはしみじみと言った。祖父に育てられているせいか動作が時々年寄りだ。だが、その一言で、クラスの空気が変わった。
いたるところで、これの名前は私がつける、これは僕がと話し出した。彼らにとって名前をつけるのは当然のことらしい。ペットと同感覚なのだ。
いきなり発生した命名権に夢中だ。すでに蚕を一匹失くしたことなど忘れ去られている。

「でもこんなにたくさんいたらオスかメスか区別つかないし」

大事なのはそこか?

「もうちょっと大きくなれば模様とかも出てきて分かるようになるよね」

蚕に模様とはなんのことだろう。突っ込みどころ満載の会話がいたるところで繰り広げられる。笑わないように頑張るが、口がぷるぷると震えた。
邪気のないつぶらな瞳が一斉にこっちを見た。

知らない。そんなことしらない。蚕は五齢になるころに肉眼で雌雄の区別がつくというが、個体の識別法など知らない。
子どもの視線を驚異と感じたのは、新任になって初めて教壇にたった日以来だ。
一年生をもつときに、ベテランの先生から「怪獣か宇宙人だと思いなさい」と言われたが、今はそう。「理性を持ち始めた別の生命体」の気分だ。どれだけ万全に準備したとしても、たった一言で意味をなくすのが教師という仕事だ。

知らないことは知らないと認める。大人だと偉そうにしない。それを心がけて教師をしてきたが、とっさのことに、反応ができなかった。

「ああ、まあ調べるか。それも勉強やでな。そうやろ、先生」

頼りない教師に子供たちは追求を諦めてくれた。子供は人間。大人なのだ。ありがたいことだ。
男でも女でもよい名前にする。二つ名前をつける。とりあえず名前つければ満足。グループごとにまた話しだす。
これで、自分の担当の蚕が孵らなかったらどうなるのだろう。彼らの熱の入り具合に懸念を覚えつつも、窓から入ってくる風が心地よかった。

「さあ、席についてください」
「休みの人てーあげて」
「みんなおるでー」

その日は休み時間になるたびにそれぞれの蚕を見ていた。少しだけ、ぎょろ目に感謝した。教師になってよかったと思う瞬間だった。
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