目隠しは赤い糸

雪野 千夏

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一齢

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キスは謝罪。セックスはお礼。
豆電球ひとつを見上げてゆっくりと沈んでいく体。高まる体の反対側で冷静な自分が言う。古いエアコンの燃費の悪そうな音に足先が震えた。そっと体をつたう太い指先の意外に滑らかな感触に寒さとは別の震えが体を侵食する。触れるか触れないか、中指がそっと背筋を伝い下がっていく。尾てい骨をそっと押して、また同じラインをゆっくりと上ってくる。

「あ、きら」

ただそれだけで、私は彼を受け入れる。一番が手に入らない私にとって、親しい友達がいう「まとも」と言われる貞操観念は笑って眺めるだけのものでしかなかった。金品が介在していないだけでしていることは最低だとわかっていた。分かってはいたが、私にとって特にそれらの行為は忌むべきものでも、楽しいものでもなかった。ただ私を日常に繋ぎとめておいてくれる「彼氏」と社会から呼ばれる存在への、心をあげられないせめてもの感謝とお詫びだった.敏感になっていく感覚と反対にどこかさめていく意識。
好きだけど愛してもいない。愛する人間からのその感情がどれほど残酷なものか分かっていながら、今日も私は彼とともにいるのだ。大切な人の心を傷つけぬようにと私は精一杯普通というものを目指していた。

「あ、シェルティ」

白くなるのか、黒くなるのかわからない頭の片隅。昼間会った彼の弟の顔が浮かび、その横で毛並みのいい犬が一つ、ほえた。
けだるさの中で彼の顔を確認することなく眠りに引き込まれていった。




「ゆかり、ゆかり」

次の朝、興奮した章の声で目を覚ました。

「なに」

夢の中にまでシェルティが出てきて、どうも寝覚めが悪い私など意に介した様子もなく、章は机の前でカメラを構えていた。

「すっげえな。今見てたら卵からかえって。あ、種って言うんだっけ」

いつの間に見つけたのか、章は蚕の育て方や育ち方の紙を読破していた。

「で、これ毛蚕けごっていうんだろ。でも驚きだよな。こんな小さいやつがあんなになるなんて」

低血圧の頭で布団の上で五分ほどぼうっとしたまま章の話を流して、ようやく机まで歩く。昨日の夜、彼がゴマと称したそれは、心なしか色を濃くしていた。そのうちの二つは白い。それが種から孵った分なのだとわかる。

「どこにいる?」
「ちっちゃいから」

そういって彼は私にめがねを渡す。小さい。正直それ以外の感想などなかった。幸い桑がなくても蚕は餌を求めて逃げ出したりはしないらしいが、ゴミと間違って捨ててしまいそうだ。

「でもこれ移動させたら潰しそうだな」

早速、昨日とってきた桑の葉に移動させようと割り箸をもってきた。だがそれでも太すぎる気がして爪楊枝で移動させる。柔らかそうな小さな葉を選んでその上にのせた。すぐにむしゃむしゃと食べるかと思ったが食べない。小さな体で自分の置かれた場所を探るように行き来する。
やがて、黄緑色の葉に小さな穴が開く。黒い口が断面をなめるように左右に動きながら、穴が大きくなっていく。

おもしろい。

昨日の隼人からの電話を思い出す。確かにこれは糸くずだ。確かにこれは興奮する。わくわくして、誰かと分け合いたくなる。

「葉っぱを置いておけば自然と乗るらしいぞ」

爪楊枝の先で刺してしまわないように、すくっていた章が、今度は毛蚕の上に桑の葉を乗せた。「おお、乗ってる乗ってる。こんなに小さいのにどうやってはりついてるんだろうな」
章はまたカメラを構えた。

「これ見ろよ。最初は本当、毛虫なんだな」

ズームされた画面を見れば、糸くずのような幼虫にも頭があり、その体は黒い毛で覆われていた。

「ちょっとかわいい。この黒い頭光ってるとこ」

章はまじまじと私を見て、そんなの、俺知ってたと言った。孵化する瞬間を見たくて出勤ぎりぎりまで待ったが殻が白くなり、孵化しそうな卵はあってもそこから黒い頭が出てくることはなかった。
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