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第一部 国売りのセド
4-5 二度目の謁見 対価と覚悟
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勇気ある男だったものが横たわり、よく磨かれた床に血だまりが広がっていく。参れと言われても、王への道のりは血濡れの道だった。王への謁見ということで、ハル以外の人間の服は床に引きずるほど長い。まっすぐに進めば汚れる。血の不浄を王がよしとするのか。誰もがためらう中、足を踏み出したのはニリュシードだった。器用に血だまりを迂回し、王の前で頭を垂れた。
「苛烈だと聞き及んでおりましたが、なかなか豪胆にございますな」
人が一人殺されたというのに、笑い飛ばしでもしそうな雰囲気だった。血だまりは広がる。ニリュシードはそんなものには目もくれなかった。ただひたすら、王だけを見た。
「世辞はよい。二度目はその口きけなくなると思え」
王はほんのわずか目を細めた。
「は」
ニリュシードはそれにすらも笑って頭を下げた。
「どうした、早く来い」
三度目の王の言葉にタラシネ皇子とラオスキー侯爵が足を進めた。タラシネ皇子は器用に血だまりに沈む総史庁長官を飛び越え、ニリュシードの横に立った。
遺体をまたいだタラシネ皇子に、ラオスキー侯爵は眉を顰めると、王への最短距離、血だまりの中を進んだ。靴が、服の裾が血に染まる。血だまりを抜けたラオスキー侯爵は立ち止まり、足元に視線を落とすと、おもむろに踵を返した。大股でヴァレリアン総史庁長官の元に近寄り、膝をついた。白い服の膝が血に染まった。ラオスキー侯爵は開いたままのヴァレリアン総史庁長官の目を見つめ、自身の上着に手をかけた。背中に突き刺さる王の視線に躊躇うことなく上着を脱ぐと、ラオスキー侯爵はヴァレリアン総史庁長官の体に自身の上着を被せた。薄い黄色が一気にどす黒く染まり、光沢が消えた。
ハルは、ラオスキー侯爵の痛まし気な表情をじっと見ていた。視線をあげたラオスキー侯爵と目が合い、ハルは目をそらした。ラオスキー侯爵は小さく微笑み、ヴァレリアン総史庁長官にかけた上着の端を視線だけで指し示した。
「そこを歩きなさい」
ラオスキー侯爵は王には聞こえないくらい小さな声で言い、ハルに向かって手を伸ばした。将軍職を拝命したこともある年嵩の男の手はかたい皺が刻まれている。ハルは掌を不思議そうに眺めたあと、ラオスキー侯爵の手を支えに、血だまりの上におかれた上着を道にして、血だまりを渡った。
「ありがとござ!」
ハルはラオスキー侯爵に頭を下げた。
「お待たせいたしました」
ラオスキー侯爵はハルには答えず、王に向かって頭を下げた。
王は答えなかった。自分が殺した男をいたわるラオスキー侯爵を、責めるでも、咎めるでも、激高するのでもなく眺めていた。
タラシネ皇子とニリュシードは背後を振り返ることもできず、ただ王の表情だけを見ていた。ユビナウスは黙ってヴァレリアン総史庁長官をまたいだ。
「苛烈だと聞き及んでおりましたが、なかなか豪胆にございますな」
人が一人殺されたというのに、笑い飛ばしでもしそうな雰囲気だった。血だまりは広がる。ニリュシードはそんなものには目もくれなかった。ただひたすら、王だけを見た。
「世辞はよい。二度目はその口きけなくなると思え」
王はほんのわずか目を細めた。
「は」
ニリュシードはそれにすらも笑って頭を下げた。
「どうした、早く来い」
三度目の王の言葉にタラシネ皇子とラオスキー侯爵が足を進めた。タラシネ皇子は器用に血だまりに沈む総史庁長官を飛び越え、ニリュシードの横に立った。
遺体をまたいだタラシネ皇子に、ラオスキー侯爵は眉を顰めると、王への最短距離、血だまりの中を進んだ。靴が、服の裾が血に染まる。血だまりを抜けたラオスキー侯爵は立ち止まり、足元に視線を落とすと、おもむろに踵を返した。大股でヴァレリアン総史庁長官の元に近寄り、膝をついた。白い服の膝が血に染まった。ラオスキー侯爵は開いたままのヴァレリアン総史庁長官の目を見つめ、自身の上着に手をかけた。背中に突き刺さる王の視線に躊躇うことなく上着を脱ぐと、ラオスキー侯爵はヴァレリアン総史庁長官の体に自身の上着を被せた。薄い黄色が一気にどす黒く染まり、光沢が消えた。
ハルは、ラオスキー侯爵の痛まし気な表情をじっと見ていた。視線をあげたラオスキー侯爵と目が合い、ハルは目をそらした。ラオスキー侯爵は小さく微笑み、ヴァレリアン総史庁長官にかけた上着の端を視線だけで指し示した。
「そこを歩きなさい」
ラオスキー侯爵は王には聞こえないくらい小さな声で言い、ハルに向かって手を伸ばした。将軍職を拝命したこともある年嵩の男の手はかたい皺が刻まれている。ハルは掌を不思議そうに眺めたあと、ラオスキー侯爵の手を支えに、血だまりの上におかれた上着を道にして、血だまりを渡った。
「ありがとござ!」
ハルはラオスキー侯爵に頭を下げた。
「お待たせいたしました」
ラオスキー侯爵はハルには答えず、王に向かって頭を下げた。
王は答えなかった。自分が殺した男をいたわるラオスキー侯爵を、責めるでも、咎めるでも、激高するのでもなく眺めていた。
タラシネ皇子とニリュシードは背後を振り返ることもできず、ただ王の表情だけを見ていた。ユビナウスは黙ってヴァレリアン総史庁長官をまたいだ。
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