と或る王の物語

雪野 千夏

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第一部 国売りのセド

3-12

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「おーいこっちだ助けてくれ」

 ブロードは声を張り上げた。
男たちは隊長格の男を振り返った。明らかに動揺している。
「国境の警備兵がこの悪事、観念するんだな」
ブロードは隊長格の男に向かってにやりと笑った。こんなところで殺されてやるつもりはなかった。
 隊長格の男が静かに右手を上げた。ブロードの一番近くにいた男が倒れた。背には、柄のない短刀が刺さっていた。
「お前味方を」
隊長格の男はすでに次の短刀を握っていた。別の男の背中に向け、短刀を放った。
ブロードはとっさに荷馬車の陰に回りこんだ。その間にも一人、また一人、倒れていく。最後の一人が、ブロードの足元で事切れた。
「くそったれ」
ブロードは足元で死んだ男の首筋から手を放した。飛び出そうとしたその瞬間、ブロードの足元に短刀が刺さった。
隊長格の男がいるのとはまったく別の角度から投げられた短刀に、ブロードは森を睨んだ。動けば確実に殺しに来る。それだけの腕の持ち主だった。ブロードは隊長格の男が死んだ男たちに刺さった短刀を抜いて回るのを見ているしかなかった。時折うめく様子を見せる相手には短刀をわざと返し、止めを刺していた。短刀を抜いたその跡は隊商たちにもあったものだった。
「お前がやったんだな」
ブロードの問いに男は答えなかった。男はすべての短刀を回収すると、首から下げていた警笛をくわえた。
 ピー、ピピ、ピー。
【非常事態につき救援求む】

「急げ、救援笛だ」
 ヘンダーレ領兵の声が一気に近づいてくる。
「この野郎!」

ブロードは目の前の男を睨みつけた。だが一歩でも動けばどこかから短刀が飛んでくるだろうことは想像に難くなかった。動けないでいるブロードを一瞥すると、男は悠々と馬に乗った。

「逃がすか!」

 追おうとしたブロードに短刀が飛んできた。
 ブロードは剣を一振り、振り払った。短刀が鈍い音をたてて荷馬車に弾かれ地面に落ちた。ブロードは驚いた顔で、地面に落ちた短刀を見つめた。

「そこまでだ。おとなしく剣を捨てろ!」
正真正銘の領兵たちが剣を構えた。
 男の姿はすでにない。

「あー、一応念のため言っておくが、殺していないぞ。国境の警備兵に襲われたんだ」

 一足違いで現れたヘンダーレ領兵にブロードは先ほどと同じセリフを繰り返した。だが、手には血のついた剣を持っている。信じろというのは無理な話だった。
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