と或る王の物語

雪野 千夏

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第一部 国売りのセド

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「違います!血判状は命をかけますが、これはあなた方の命をかけたりは――」
「でも、名前を書くんだ。調べれば城の奴らが俺らを捕まえることだってできるじゃねえか」
「そうだ。違うっていうんなら説明しろよ!」
「ですから――」
「確かに金をみせるより強烈だな。庶民でも勝てるかもしれない。でも革命でも起こす気かい?」

 馬上の男はジャルジュの言葉を遮った。感心したように頷きながら先を促した。革命の言葉に名前を書こうとしていた男は完全に止まった。 馬上で悠々と構える男と、「なに?」と首を傾げるハルを見比べた。自信たっぷりの人間と、物の道理が分かっていなさそうな人間、どちらの言葉を信じるかなど考えるまでもなかった。

「お、王への抗議だけでよいのではないか、こんなものにしなくとも」

 ジャルジュが説明を引き継ごうと口を開く前に、男は慌てて一文字書いた名前を塗りつぶし、ペンをジャルジュに押し返した。

「そ、そうだ。仮にも、一国の王だ。実際に自分の国を売ったりしないだろう」
「そうだ、そうだ。ラオスキー侯爵だって悪い方じゃない。貴族の中では俺たちのことを考えてくれるよい方だ。もし国を手に入れたって悪いようにはなさるまい」
「そうだ、ニリュシード様だって、欲の皮は張っちゃいるが、俺らとおんなじ民の出だ。無茶はしねえだろ」
「王の気まぐれなんていつものことだ。慌てることなんてねえさ」
「そうだ。それに国売りのセドなんてあの宰相さまがいらっしゃるんだ。きっと止めてくださる」
「そうだそうだ」
「大丈夫だ。きっと大丈夫だ」

 浮ついた、乾いた笑いが一気に広がる。不安を笑顔で押しかくして、日常を求めて人々は笑いだす。これはまるで日々のどこにでもあるちょっと変わった事故だったとでもいうように、一気に人々が背を向けていく。ジャルジュがつけた火が恐怖によってあっという間に消された。

「だめです! 私、クニュー守ります。 みんなおねげーしま」

 ハルは集まった人の腕にとりすがった。しかし、一回伝播した恐怖は強かった。男も女も、ハルの腕を振り払った。

「離してくれ、ねえ、何を買いに行こうか」
「私、まだ仕事の途中だったのよね、忙しいのよ」
「昼飯なんにする?」

 一人、二人、人々は日常に戻っていく。

「おねげーしま!」

 繰り返すハルの声は、かき消されていく。なかったものにされていく。ハルの瞳が焦燥に揺らめいた。きっと顔を上げた。噴水の縁に上ると、足を一つ大きく踏み鳴らす。
 噴水の縁の石がかけた。

「ばかやろー」

 大きな声は丸い広場の壁に反響した。
 手を振り払った若い男が振り返った。子どもを抱いた母親が見上げた。皺を刻んだ顔が、はりついた笑みを浮かべた顔が、かたく恋人と手を繋いだ不安げな顔が、ハルを見た。
 黙ったまま何かに耐えるようにハルの体は小刻みに震えていた。欠けた石が石畳の上で転がった。

「ちゃんと、見ろ! 聞け! 考えり!」
「考えろ、です」
「考え……ろ!」

 ワリュランスの耳打ちに、ハルは言い直した。迫力も勢いも帳消しだった。だがそれでも何人かは足を止めた。馬上の男はにやりと笑った。節くれだった手を伸ばすと、ハルの髪をぐしゃりと撫でた。

「なかなか、腹の据わったお嬢さんだ」
「なにをするのです!サイタリ族の伴侶に手を出すおつもりですか。誰に頼まれたのか知りませんが、そっちがそのつもりなら」

 ワリュランスは男の手を振り払った。

「別に通りがかっただけだ。悪気はないさ」

 男は降参と、両手をあげた。男はハル、ワリュランス、ジャルジュ、タラシネ皇子と順々に見ると、その場を去っていった。

「ハル。大丈夫、大丈夫ですよ」」

 ワリュランスはぐすぐすと鼻を鳴らすハルを抱きしめた。

「一度、戻りましょう」
「ですが、期限が」

 徹夜して真っ赤な目の職員の言葉にジャルジュは黙って首を振った。この状況で粘ったところで時間の無駄だ。やり方を変えなければならない。見覚えのない男の去った方を見ると、ジャルジュは大量のそうめんういろうを籠につめた。
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