と或る王の物語

雪野 千夏

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第一部 国売りのセド

1-8 矜持と保身2

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「おうめい?」
「どういうことだ!このセドは手違いだってあんた言ったよな」

 王使がやってきて、王との謁見を命じられる。事態が把握できなくとも、何か大きな揉め事に巻き込まれているということはセドに生きる男たちに察知できないはずもなかった。
 ひげ面の男と赤髪の男はユビナウスに詰め寄った。

「手違いとはどういうことだ、ユビナウス殿」
 フリューゲルスは蹄鉄の音二つ、ユビナウスに馬を寄せた。
「手違いですよ。フリューゲルス隊長。国がセドに出され、そのリドゥナにはなぜか王の押した記憶のない御璽も総史庁の許可印もある。ならば総史庁の文官として間違っているリドゥナは回収するのが筋というものでしょう」
 ユビナウスは馬から下りようとしない相手に肩をすくめた。

「勝手に、か」

 フリューゲルスは眉根を寄せた。

「総史庁はセドの内容に口を挟んだりしません。売ってはならぬもの、意と反して売られる者がないように監督するものです。売主の許諾なく売られようとしているものは止めるのが道理」
 ユビナウスは理路整然と返した。
 フリューゲルスの顔から表情が消える。

「王が売ると仰せになっているのにか」
「そうですね。手続きの問題を言わせていただくのなら、今回のセドは廃棄し、改めて王が国をセドに出したいと仰せなら正規の方法でリドゥナを出していただく分には構いませんが」

 手続きさえ合法なら国売りも認めるともとれる発言だった。ユビナウスの後ろでマハティが青ざめる。

「そなた、王が国を売るのを認めるというか」
 フリューゲルスは気色ばんだ。ユビナウスは静かにフリューゲルスを見上げた。
「先ほどと仰っていることが違いませんか? フリューゲルス隊長。私は総史庁の文官です。認めるも認めないもありません。売りたいという方がいればそれを審査し、法に則ったものであれば許可印を押す、それだけです。ただ一言、言わせていただくのなら、国売りのリドゥナが持ち込まれたとして、それに許可印を押す愚か者は総史庁にはいない、とだけ申し上げておきます」
「総史庁の許可印が押してあったのに、か?」
「はい」
 短いが、腹から出された声には強い意志があった。
「それでも許可印は押してあった」
「そうですね」
 
憮然と首を振ったフリューゲルスに、ユビナウスは頷いた。そこは認めるしかなかった。

「えっ、てことは、これは」

 事の成り行きを見守っていた男たちの顔色がさっと変わった。マハティに駆け寄った。

「そうだな。兄ちゃん返す、返すわ。手違いだった」
「そうだ、手違いだからな」

 我先にとリドゥナを押し付ける。だが王使まで出てきた以上、内々に回収できるはずもない。ユビナウスは男たちの手を掴んだ。

「残念です。私もできれば穏便に解決しようと思ったのですが。皆さんの決断が少々遅かったので……。仕方ありません。腹をくくってセドに参加してください」

 笑顔でリドゥナを押し戻す。見事な手のひら返しに、マハティは目を見張った。男たちも同様だった。

「いやちょっと待てよ、あんた、いやユビナウス様。さっき自分で手続きが大事だって――」
「そうです、ユビナウス様。あの俺の分だけでもなかったことに――そうだ、辞退を」
「ユビナウス殿」

 フリューゲルスの鋭い声に、ユビナウスは力なく笑い、男たちに向き直った。

「申し訳ありませんが、あちらの騎士は近衛の隊長ですからね。私があなたたちを庇ったりなどしたら、私の首がとびます。私も自分が大事なので。まあ、人生、何事も経験ですよ。セドは一攫千金。あなたが国王になれるかもしれませんしね」
「そんな、謀反の疑いで殺されたりしませんか」

 男たちの顔は真っ青だ。

「……まあ、どうでしょうかね。このセドを止めようとした宰相には剣を突き付けていたと聞きましたが、まあ大丈夫でしょう」

 どう聞いても大丈夫とは思えない情報をさらりと流し、ユビナウスは踵を返した。その後にマハティも続く。
 もはや自分たちの領分は越えたと言わんばかりの様子にブロードはぴしゃりと額をたたいた。

「おいおいおい」
 予想はしていたが、目の前に突き付けられた事実に、力なくハルを見た。
「ブタ、間違いはなし?」

 ハルはつぶらな目で首を傾げた。
 間違いとはいったい何のことを言うのか。うっかり深遠な迷路に入りかけたブロードだったが、繊細な事実がおそらく確実に、ごっそり抜け落ちているハルに力なくきいた。

「一応確認するが、お前、このセドやるのか?」
「私、できる、ます」
 ハルは胸を張った。
「です、な。わかった。だけどこのセドは厄介なことになりそうだ。余計なこと喋るんじゃないぞ」
「はい、お口にチャック」
 ハルはしかつめらしく頷いた。
「はあ、まじかよ。で、あんたは?」

 ブロードはがしがしと髪をかき、静かに事の成り行きを見守っていた青年に目をやった。
 こちらも事の重大さを理解しているとは思えないほど落ち着いていた。まだ強張った顔の青年の従者の方が現状を理解していそうだった。

「王にお目通りできるなんて何よりの土産話になります」
「そうかい」

 微笑む青年の現実感のない答えに、ブロードはセドがなくならなかったと笑うハルの頭をぐしゃっと撫でると、無意識に腰の剣に手をのばした。


 
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