京都に住んで和風ファンタジー(時には中華風)の取材などする日記

washusatomi

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龍谷ミュージアム眷属展&平安貴族の政治倫理

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 京都の西本願寺の向かいにある龍谷ミュージアム。質の高い展示をなさるミュージアムです。

 2024年の秋季特別展「眷属(けんぞく)」(2024年9月21日~11月24日)、鷲生も見に行ってきました。

 ただ、鷲生がお出かけしたのは1カ月くらい前の話で、このエッセイに投稿する機会を逸したまま今にいたってしまいました。
 それをどうして今、この日記エッセイに書こうと思い立ったかといいますと。

 先週の大河ドラマ「光る君へ」(第43回「輝きののちに」)で、藤原実資が道長に「どのような政をしたいのか? 民の幸せというが、その民の幸せとは何だと思っているのか?」と直球で問い詰めている場面があって、それでこの眷属展の展示品を思い出したのです(「眷属」そのものについての展示品ではなかったんですが)。

 そもそも「眷属」とは何か……といいますと、龍谷ミュージアムから以下の説明があります。

「仏菩薩など信仰の対象となる主尊に付き従う存在のことです。仏教美術では主尊のまわりを囲むようにあらわされ、仏法を守護したり、主尊を信仰するものに利益を与えたりする役割を担っています」

「眷属」展の展示品も、十二神将像とか、二十八部衆とか、毘沙門天・弁財天とか、龍やキツネだったりします。

 撮影不可なので鷲生の撮った画像はありませんが、龍谷ミュージアムの展示品紹介である程度見られます。

 さて。
 こういった眷属そのものを紹介する展示品とはやや趣旨を異にするものであり、出品リストでも通しナンバーではなく「参考」として別にナンバリングされている品の一つなのですが、「後七日御修法堂荘厳図」というものがありました。

 この「後七日御修法」は江戸時代には紫宸殿で行われており(Wiki)、その際に紫宸殿の中のどこに何を置くか細々と図示した図面です。
 天部の彫像や畳やその他諸々の品々ですね。

 本当に詳細な指示図なので、「前近代ではこういう儀礼を執り行うことが重要だったのだなあ」と改めて実感しました。

 先日、大河ドラマ「光る君へ」で道長にくってかかった藤原実資。演じていらっしゃるのはロバート秋山さん。

 この藤原実資は、50年近く日記を書き続けた人で、多くの分量が現代にまで残っており、平安時代を知る第一級の史料です(「光る君へ」の時代考証の倉本一宏さんのご専門です)。

 ご存知の人も多いかと思いますが、平安貴族の日記というのは先例を次世代に残すためという目的がありました。
 儀礼を先例にのっとって執り行うことには、現代人が想像する以上に重い意味があったのだろうと思います。

 今でも、神道の神社に行って何かを願う人はご利益が得らえるように「二例二拍手一礼」などの作法を守るでしょうし、何か無作法なことをすれば神罰が下るかもしれないと恐れているでしょう。

 ましてや、前近代社会には科学というものが存在しておらず、明日の天気とか台風の日本上陸とか、日食月食彗星などの天体の動きとか、病気が感染するしくみとか全く分からなかったわけですから、当時の人々にとって不確かな未来に対処する術は神道・陰陽道・仏教の儀礼しかなかったわけです。
 そんな中で、これらの宗教儀礼を精確にやり抜こうとした人々は、すごく真面目な人々だったのではないかと思います。

「光る君へ」では、三条天皇に譲位を迫る道長に、実資が「道長殿は単に自分の思い通りの政をしたいだけではないのか? 良い政とおっしゃるがどんな政が良い政なのか」と問いただし、道長が「民の幸せを願っている」と答えてもなお、「具体的には? 民の顔が見えているのか?」と食い下がります。
 さらには、道長の「為政者の『志』が重要だ」との言葉に、「志を追いかけるものが力を持つと、志そのものが変わってゆく。それが世の習いにございます」と返します。

 これまでの時代ドラマって、登場人物が「民の幸せのため」ってぼんやりした大義名分をかざせば「ああ、この人は善人キャラなんだな」で終わってたと思うんですが。今回の実資のセリフはそういう段階を越えて一歩先に踏み込んでいて、そこがとても印象に残りました。

 平安貴族について「先例にとらわれ、おまじないに頼っていた愚かな人々」と馬鹿にする人もいます。
(2024年11月現在悪い意味で話題の百田尚樹とかですね。「読んでないのに嫌うのはおかしい」とツッコまれないために、読みましたよ、『日本国紀』。図書館で借りてタダでw)。

 ですが、気象・天体・伝染病などについて、近代的な科学による説明が全くなかった時代。宗教儀礼が鎮護国家になると信じられていた時代に、その儀礼を正しく行おうと努めることは、精一杯、世の平和と安寧を図ろうとするとても真摯で誠実な態度であり、当時の認識の中では最も合理的な取り組みだったと言えるのではないかと思います(個々の貴族がどれだけ個別の民を思いやっていたかはともかくも)。

 実資は膨大な分量の日記を書き、倉本一宏さんの著作のどれかでは、時系列で記録した日記を項目別にソートして、後々まで参照されるような百科全書的な書物を残す意図があったのではとされています(※2)。

「光る君へ」でも描写されていますが、実資はその時代でも、有職故実に詳しく、ものごとに対して筋の通った主張をする人物として知られていました。
「光る君へ」で道長に憤って見せたシーンも、それが可能なだけの実力と財力を持っていた人なので、「さもありなん」という納得感があります(※3)。

 ともあれ、平安貴族を無能だとする歴史観とば反対に、実資を始めとする平安貴族は彼らなりに高度な政治倫理の持ち主だったのではないかと、「眷属」展での緻密な儀式の図像と合わせ、そんなことを感じました。

 ****

「眷属」展の趣旨からやや離れた内容になってしまったので、眷属そのものについての感想……というか、メモもここで挙げておきます。

 鷲生が眷属展に行ったのは、日本や中国、アジア文化における「異形」のイメージをつかみたかったからなんです。
 和風・中華風ファンタジーの役に立つかなと思いまして。

 今回の展示は写真も撮れませんし、メモも鉛筆でなくてはなりません。
 鷲生は尖った鉛筆を持ち歩いて紙に書くのが面倒だったので、スマホに音声で吹き込むことで対処しようとしました。
 ところが。
 思ったより人が多くて、スマホに何か喋っていると聞かれてしまうんですよw
 だから、単語をぼつぼつとしか記録できませんでした。

 以下は、その単語の記録と出品リスト(展覧会に行くとたいてい無料で配布されるリスト)を突き合わせ、Webで公開されている展示品の画像と自分の記憶とをすりあわせて思い出した内容です。

 出品リストでは後ろの方に記載されていますが、会場の入り口近くに置かれていたのが「制咤迦せいたか童子坐像」。くりんとしたまん丸お目目が印象的です。子どもはほっぺたに肉があるので、それで下に引っ張られたような形の丸さでした(※4)。

 遠目から見てても何となくイイ像があるな~と思ったら「国宝」(!)でした。
 金剛峯寺の不動明王八大童子像のうち阿耨達あのくた童子座像で、龍に乗っています。
 鷲生は龍の出てくる和風ファンタジーを書いたので(近々カクヨムに投稿予定です)、龍の描写が興味深かったです(※5)。

 特定のどれ、というわけではありませんが。
 アジア文化における不思議な存在は雲に乗っていることが多いように思います。
 これは、別の日に京都国立博物館の「法然と極楽浄土」展(※6)を見た時にも思いました(人が死ぬとき、雲に乗った仏様が迎えに来てくれることになっています。来迎図とかですね)。

 あと、蓮の花ですね。
 尊い存在を蓮の上に乗せると、アジアンファンタジーっぽくなる気がしますw

 アジア的な「天蓋」も上手く日本語で描写できれば使えるアイテムかもしれません(ベッドとかについてるアレじゃなくて。仏教美術とかで、傘みたいにさしかけられているアレですw)

 珍しい動物としては獅子や象。
 動物園にいるライオンやエレファントじゃなくて、アジア的に描かれた画像です(獅子は獅子舞の頭みたいなかんじで、象も動物園で見るのよりシワシワに描かれるというか……)。

 あと、手がたくさんという神秘表現ですね。
 展示品リストのどれだったか忘れましたが、スマホに「六臂」という文字が残っています。
 他のお寺で、六臂の如意輪観音を見かけますが、確かに不思議ですね。千手観音というものもありますね。

 あと鷲生はスマホに「首飾り」と入力していますが、たぶん「瓔珞えいらく」のことです。
 素肌に着ける装飾品で、和風というより、古代日本にとって異郷である天竺や今で言う東南アジアの雰囲気のものですね。

 これもどの展示品か分かりませんが「髑髏」「人面蛇身」という単語もスマホに残っています。

 キメラという感じでは、奈良国立博物館の「二十八部衆立像のうち迦楼羅かるら王」の像が展示されていました。
 顔の下半分が鳥ですねw
(正倉院展でも迦楼羅の面があったかと記憶しています)。

 今回の展示には無かったですが、迦陵頻伽かりょうびんかとかも幻想的な姿ですよね。

 あと、奈良・興善寺の「文殊五尊像のうち于闐王」と言うものがありました。
 シルクロードのホータン(于闐)と関係あるのかと今調べてみましたが……。
 美術手帖におけるこの「眷属展」の記事に「獅子にのる文殊菩薩に付き従う御者、童子、僧、老人というこれらの眷属は、日本における信仰のなかで構築されていった。とくに腕を突き出した于闐王の姿はどこか愛嬌がある」とい文言があります(※7)。また、「于闐王」で検索すると、仏教に関係するインドのウダヤナ王の漢字表記というような説明のWikipediaが出てきます。
 ホータンとの関係は、ない……のでしょうか。また分かったことがあれば追記します。

 *****
 ※1 龍谷ミュージアム「眷属展」
 https://museum.ryukoku.ac.jp/exhibition/2024/kenzoku/

 そういえば、眷属のなかにはインドの神々から由来するものがあるということで、マトゥラー、スワート、ガンダーラの1世紀から3世紀くらいの彫刻も展示されていました。
 龍谷ミュージアムは、大谷探検隊とご縁がありますしね(うちスワートの仏伝浮彫「梵天勧請」は龍谷ミュージアムの所蔵だそうですし)。

 ※2 倉本一宏さんの本は複数読んでいるので、どれとはっきり覚えていないのですが(また著作の多い方ですし)、話の内容から以下の本ではないかと思います。
『平安貴族とは何か 三つの日記で読む実像』 2023 倉本一宏 NHK出版
 https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000887072023.html?srsltid=AfmBOopkgCQXNHZMV-aCYR4p643wz_06cndVqeKa5Pt3cr9O8l9sAvTN
 
 ※3 主に倉本一宏さんの著作などからの印象ですが……。
 実資は最高権力者・道長に厳しいことも日記に書いていますし、実際にドラマのように諫言したこともあっただろうと思いますが、別に喧嘩別れとかはしていません。過度におもねることはなくても、それなりに良好な人間関係を続けていたかと思います。
 道長も、自分よりも家柄がよく(実資の方が本家筋)、知識人・良識人の実資を煙たく思いつつも尊重しています(息子の頼道に実資を手本とせよと指示しています)。
 倉本一宏さんがどこかに書かれていたかと思いますが、互いに「うるさいなあ」と思いつつお付き合いはこなしていたというあたり、人間臭い関係性だと感じます。

 ※4 美術手帖で今回の展示が取り上げられています。うん、こういう感じで入ってすぐのところにあったんですよ。
「眷属」(龍谷ミュージアム)開幕レポート。多彩な信仰を支える名脇役たちがここに
 https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/29561?page=4 

 ※5 金剛峯寺の不動明王八大童子像のうち阿耨達童子座像
 美術手帖のWebサイトに写真があります。
 https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/29561?page=4
 
 ※6 「法然と極楽浄土」展
 下記のサイトによれば、春から初夏にかけて東博でやってたそうですね。京都は12月1日までで、その後、来年2025年秋に九州国立博物館で開催されるそうです。

 日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト
 https://tsumugu.yomiuri.co.jp/honen2024-25/

 ※7美術手帖 「眷属」(龍谷ミュージアム)開幕レポート。多彩な信仰を支える名脇役たちがここに【5/5ページ】
 https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/29561?page=5

 https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/29561/pictures/13
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