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27 波乱を招く蘇の朱莉姫(五)
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なるほど朱莉姫の言うとおりだ。北方の毅を戦乱に陥れ、東方の漣からの船を襲わせる。琥王家を西の帝国に乗っ取らせ、東西の交易も琥の陸路から海運で奪い取ろうとしている。蛮人の住む四神国を弱らせ、蘇王は天下を自分の好きにしようとしている……。
白蘭もこれで消えた護符の謎も解けた、と思った。
「だから蘇王は先の西妃の護符をすり替えて、琥の立場を悪くしようとしているのね」
ところが、姫が「護符? 何のこと?」と白蘭に訝しそうな顔を向ける。
「先の西妃様、つまり今の皇太后様が先帝の廟に供えた護符よ。あれを偽物ととりかえて琥の忠誠を疑わせ、西妃の入内をはばもうとしてるんでしょ?」
朱莉姫はきょとんとした顔で「それは知らないわ」と首をかしげる。その様子からすると、姫には何も隠すつもりはないらしい。では父王が娘に秘密でやったことだろうか。
「父王だってそんな回りくどいやり方をしないと思う」
「回りくどい……」
「だって父王は用が済めば今上帝の暗殺だって辞さないのよ? 西妃が目障りなら命を奪うまでのこと」
冬籟も椅子の背もたれに身をあずけて腕を組む。
「俺もそう思う。董王朝をのっとるとか、毅を崩壊させるとか、海賊行為で漣との交易を妨害するとか、西の帝国と組んで琥を干上がらせようとか。蘇王の陰謀はやたら規模が大きい。それに比べると祖廟に供えられた西妃の護符をこっそり盗むのは……蘇王のやり口ではないように思う」
璋伶が白蘭と同じことを指摘する。
「護符をすり替えて西妃の入内を阻止するなら姫様の入内よりずっと前に騒ぐでしょう? 入内が目前に迫っているのに今まで誰も護符が偽物だと騒がないのは妙ですな」
「……」
皆が無言となった。遠くで鶏がときをつくるのが聞こえてくる。燈明が照らす屋内から連子窓の外に目を転じると、白みゆく空に星の光が吸い込まれていきそうになっていた。
結局、護符の行方は分からない。蘇でもないなら誰の仕業だろう? 謎解きはふりだしに戻り、さらには琥の陸運が蘇の海運に取って代わられる心配が増えただけだ。最悪の夜だ。そう思うと徹夜の疲れがどっと出る。
冬籟が「商人、疲れたか?」と心配してくれ、「そろそろ夜明けだ。一度みんなそれぞれの居場所に戻ろう」と立ち上がった。
朱莉姫は座ったまま膝の上で拳を握る。
「冬籟に頼みがある。我らの駆け落ちは露見したが、璋伶だけは無事に逃がして欲しい。彼は董に害などなさぬ」
璋伶が「姫様」と姫の足元に跪く。
「璋伶、父王が知ればきっと貴方を殺そうとするわ。できるだけ遠くに逃げて」
「そんなこと!」
「お願い。私は貴方がどこかで生きていてくれるだけでいいから」
「姫様……」
冬籟が、涙にむせぶ恋人同士を見下ろしながら「そんな愁嘆場なぞ演じることはない」と場にそぐわぬのんきな声を掛けた。ぽかんと彼を見上げる二人に、彼はからからと笑う。
「役者、あんた、武将にならんか? あんたの武芸の腕は見事なもんだ。身が軽いのは舞台で軽業もこなすからかな。それに医術の心得もある。あんたのような人材はぜひとも欲しいところだ」
「私が武将に……ですか?」
「そうだ。役者、俺があんたを配下に召し抱える。頭が切れて武に優れた人間は大歓迎だ。いつか毅国の簒奪者を討伐しなけりゃならんからな」
白蘭は軽く驚いて冬籟を見た。冬籟は兄の生存を信じ、毅国の件は一存で決められないと口にしていたが……。
「兄上のご存命を信じていたい。だが、こうも年月経つと俺が毅国を奪還することも考えなくてはならんだろう。優秀な武人を登用していれば兄上にしろ俺にしろ将来の布石となる」
「……」
「あんたたちの願いも叶えてやる。駆け落ちなんてせせこましいことをせず、堂々と皇帝から南妃を下賜されることを考えろ」
「南妃を下賜?」
「俺が取り立ててやるから、役者、あんたは北域討伐で軍功を立てろ。そして南妃の下賜を皇帝に願い出るんだ。あんたならできる」
「……」
「朱莉姫、今上帝は東妃を心から愛している。だから姫を快く恋人のもとに送り出してくれるだろう。もちろん夜伽も命じない」
呆気に取られている朱莉姫と璋伶に、冬籟が卓瑛と藍可が互いに想いあっていることを詳しく説明する。藍可に恋する冬籟にとって苦しい話題のはずなのに、彼は目の前の恋人同士を幸福にする楽しみが勝るのか愉快そうな口ぶりだ。
事情を聞いた姫が「何て良い案なの! 礼を言う、冬籟!」と声を弾ませ、璋伶も地に頭を伏せた。
「ありがとうございます! 必ず、必ずや、冬籟様のご恩に報いて見せます!」
白蘭もこれで消えた護符の謎も解けた、と思った。
「だから蘇王は先の西妃の護符をすり替えて、琥の立場を悪くしようとしているのね」
ところが、姫が「護符? 何のこと?」と白蘭に訝しそうな顔を向ける。
「先の西妃様、つまり今の皇太后様が先帝の廟に供えた護符よ。あれを偽物ととりかえて琥の忠誠を疑わせ、西妃の入内をはばもうとしてるんでしょ?」
朱莉姫はきょとんとした顔で「それは知らないわ」と首をかしげる。その様子からすると、姫には何も隠すつもりはないらしい。では父王が娘に秘密でやったことだろうか。
「父王だってそんな回りくどいやり方をしないと思う」
「回りくどい……」
「だって父王は用が済めば今上帝の暗殺だって辞さないのよ? 西妃が目障りなら命を奪うまでのこと」
冬籟も椅子の背もたれに身をあずけて腕を組む。
「俺もそう思う。董王朝をのっとるとか、毅を崩壊させるとか、海賊行為で漣との交易を妨害するとか、西の帝国と組んで琥を干上がらせようとか。蘇王の陰謀はやたら規模が大きい。それに比べると祖廟に供えられた西妃の護符をこっそり盗むのは……蘇王のやり口ではないように思う」
璋伶が白蘭と同じことを指摘する。
「護符をすり替えて西妃の入内を阻止するなら姫様の入内よりずっと前に騒ぐでしょう? 入内が目前に迫っているのに今まで誰も護符が偽物だと騒がないのは妙ですな」
「……」
皆が無言となった。遠くで鶏がときをつくるのが聞こえてくる。燈明が照らす屋内から連子窓の外に目を転じると、白みゆく空に星の光が吸い込まれていきそうになっていた。
結局、護符の行方は分からない。蘇でもないなら誰の仕業だろう? 謎解きはふりだしに戻り、さらには琥の陸運が蘇の海運に取って代わられる心配が増えただけだ。最悪の夜だ。そう思うと徹夜の疲れがどっと出る。
冬籟が「商人、疲れたか?」と心配してくれ、「そろそろ夜明けだ。一度みんなそれぞれの居場所に戻ろう」と立ち上がった。
朱莉姫は座ったまま膝の上で拳を握る。
「冬籟に頼みがある。我らの駆け落ちは露見したが、璋伶だけは無事に逃がして欲しい。彼は董に害などなさぬ」
璋伶が「姫様」と姫の足元に跪く。
「璋伶、父王が知ればきっと貴方を殺そうとするわ。できるだけ遠くに逃げて」
「そんなこと!」
「お願い。私は貴方がどこかで生きていてくれるだけでいいから」
「姫様……」
冬籟が、涙にむせぶ恋人同士を見下ろしながら「そんな愁嘆場なぞ演じることはない」と場にそぐわぬのんきな声を掛けた。ぽかんと彼を見上げる二人に、彼はからからと笑う。
「役者、あんた、武将にならんか? あんたの武芸の腕は見事なもんだ。身が軽いのは舞台で軽業もこなすからかな。それに医術の心得もある。あんたのような人材はぜひとも欲しいところだ」
「私が武将に……ですか?」
「そうだ。役者、俺があんたを配下に召し抱える。頭が切れて武に優れた人間は大歓迎だ。いつか毅国の簒奪者を討伐しなけりゃならんからな」
白蘭は軽く驚いて冬籟を見た。冬籟は兄の生存を信じ、毅国の件は一存で決められないと口にしていたが……。
「兄上のご存命を信じていたい。だが、こうも年月経つと俺が毅国を奪還することも考えなくてはならんだろう。優秀な武人を登用していれば兄上にしろ俺にしろ将来の布石となる」
「……」
「あんたたちの願いも叶えてやる。駆け落ちなんてせせこましいことをせず、堂々と皇帝から南妃を下賜されることを考えろ」
「南妃を下賜?」
「俺が取り立ててやるから、役者、あんたは北域討伐で軍功を立てろ。そして南妃の下賜を皇帝に願い出るんだ。あんたならできる」
「……」
「朱莉姫、今上帝は東妃を心から愛している。だから姫を快く恋人のもとに送り出してくれるだろう。もちろん夜伽も命じない」
呆気に取られている朱莉姫と璋伶に、冬籟が卓瑛と藍可が互いに想いあっていることを詳しく説明する。藍可に恋する冬籟にとって苦しい話題のはずなのに、彼は目の前の恋人同士を幸福にする楽しみが勝るのか愉快そうな口ぶりだ。
事情を聞いた姫が「何て良い案なの! 礼を言う、冬籟!」と声を弾ませ、璋伶も地に頭を伏せた。
「ありがとうございます! 必ず、必ずや、冬籟様のご恩に報いて見せます!」
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