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4.後宮の愛されぬ妃(二)
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雲雀が「は?」と手を止める。
「雲雀はどう? ボケーッとしたアホ相手に会話するの苦にならない?」
「うーん、まあ、確かに話してる相手の頭が悪いとイラっとするかもですねぇ……」
「でしょう? 西妃として後宮に入るのは王族の娘としての責務だけど、気が合わない男の相手までするのは面倒くさいじゃない」
「……」
「夜伽がないって哀れむ人がいるけど。例えばさ、夜は読書とかで好きに過ごしたいのに、どうでもいい男に来られても嫌だと思うよ」
「……寂しくないでしょうか?」
「私なら別に寂しいとも思わないけど? 家の都合で嫁いだだけの相手とはあまり関わりなく過ごしたいわね。別邸で自分の好きなように過ごす方がいい。バカの相手ってイライラするし」
「お嬢様、さっきから身も蓋もないことをおっしゃいますね」
あんな親を見てればね、と白蘭は胸の内で思う。若い女にうつつを抜かす父も愚かだが、そんなバカの寵愛を失ったからといって、自分の立場も何かもほっぽり出して狂乱するばかりだった母も無能な女だ。おかげで娘の私が危うく食い詰めるところだったじゃないか。男に愛されるかどうかより、自分に与えられた役割をきちんと果たすことの方がずっと大事なことだと白蘭は信じている。
「皇太后様は充実した人生だと思うわ。確かとても優秀な宰相がいて、彼と一緒に政を動かしていたのでしょう? やりがいがあったでしょうね。それに今上帝が賢帝の器だと讃えられるのもその薫陶を受けてのことでしょう?」
「そりゃそうですけど……」
「私は皇太后様を尊敬するわ。別に他人が哀れもうと人の幸せなんて他人が決めることではないしね」
他人の評価など気にすることはない。母は父の寵愛の有無だけでなく、寵愛を失って人からあざけられることにも過敏だった。まったくもってバカバカしい。
他人が何を言おうと為すべきことを為した皇太后は立派な方だ。
ただ、過去はともかく今後に向けて気になることはある。
「ねえ、雲雀。今の皇太后様に敵意を持っていそうな人の噂を聞いたことない?」
「敵意? 敵意ですか? うーん、敵意……」
雲雀はしばらく頭の中の記憶をさらってくれたようだが、これといって該当する噂はないようだった。
「先帝ととりまきの貴族は皇太后様を嫌ってましたが、今は新帝の御代で皇太后様は隠居なさってますし、今の陛下は義母の皇太后様を大切にしておられます。別に敵意を持つ人はいないんじゃないでしょうか……お嬢様、何か気がかりでも?」
「これは他の人に言わないで欲しいんだけど。今回、皇帝陛下から戴家に双輝石の注文があったわ」
「あ、それそれ。その双輝石って何ですか? 私も気になっていたんですぅ」
「屋外と屋内とで色が変わるとても珍しい宝石よ。先の西妃様が琥の国を出るときに、その護符の虎の瞳に使われていたの。今回それと同じ物を用意するように皇帝陛下から内密の使者が来たわ」
雲雀が身をのけぞらせた。
「うわあ。内密ってところに何かきな臭い感じがしますねぇ。紛失……盗難?」
「ね? 何か不穏な事情があるとしか思えないでしょ?」
「皇太后様もようやく落ち着かれたのに、そんな大切なものを盗られるなんて……」
「皇太后様の心情も気の毒だし、琥の商人にとっても大問題なのよ」
雲雀が不思議そうな顔をしている。この辺の事情は董の民には分からないだろう。
「琥は砂漠に囲まれてこれといった産業がないの。だから交易で生計を立てているわ。琥の王女が西妃として董の後宮に入ることで、東西交易の守護者となる。そして、皇帝が代替わりした今、琥の商人としては次の西妃の入内を考えなければならないの」
雲雀は「ええっと」と何かを思い出す顔をする。
「でも、確か琥王国って内紛で西妃を董に送るどころではないのでは?」
「よく知ってるわね」
董の庶民の娘にまで噂が届いているとは。白蘭は嘆息した。
確かに今の琥王は董との朝貢関係から離脱しようとしている。琥の西にも董とは別の大帝国があり、そこから送り込まれた若い姫君に丸め込まれた琥王は、そちらの属国になろうとしているのだ。
「でも、戴家をはじめとする商家は琥王の勝手にはさせないわ。何としても輿入れに適当な姫を董の後宮に入れる。ただ、先の西妃様の護符が盗まれるようでは、今の後宮に西からの妃を害そうとする者たちがいるんじゃないかと心配なわけでね」
「なるほど」
「私が董に来たのは西妃の護符が消えた謎を知るためよ。先の西妃様のため、琥の商人のため、そして、東西交易で生計を立てている全ての民のために」
白蘭はもう身体を拭くのはここまでにしようと、衝立に掛けてあった自分の肌着に手をのばした。雲雀が慌ててそれを手に取り、立ち上がった白蘭に着付けてくれる。
「謎解きには時間がかかるだろうって覚悟してる。だから、その間に雲雀にきちんと読み書きを教えてあげられるわ」
雲雀は嬉しそうに「はいっ」と元気な返事を返し、そして付け加えた。
「あの、読み書きを教えて下さる授業料もお給金からお支払いします」
ほう。雲雀は本当に自立心の強い子だ。こんな子に「恵んであげる」と上からの態度を取るべきじゃない。
「授業料なんていらないって言ってもいいんだけど。それじゃあ教える方も教わる方も緊張感がなくなるわね。私は雲雀からちゃんと授業料を貰う。そして、そのぶん責任を持って教えるわ」
雲雀も「よろしくお願いいたします!」と誇りに満ちた笑みを返した。
「雲雀はどう? ボケーッとしたアホ相手に会話するの苦にならない?」
「うーん、まあ、確かに話してる相手の頭が悪いとイラっとするかもですねぇ……」
「でしょう? 西妃として後宮に入るのは王族の娘としての責務だけど、気が合わない男の相手までするのは面倒くさいじゃない」
「……」
「夜伽がないって哀れむ人がいるけど。例えばさ、夜は読書とかで好きに過ごしたいのに、どうでもいい男に来られても嫌だと思うよ」
「……寂しくないでしょうか?」
「私なら別に寂しいとも思わないけど? 家の都合で嫁いだだけの相手とはあまり関わりなく過ごしたいわね。別邸で自分の好きなように過ごす方がいい。バカの相手ってイライラするし」
「お嬢様、さっきから身も蓋もないことをおっしゃいますね」
あんな親を見てればね、と白蘭は胸の内で思う。若い女にうつつを抜かす父も愚かだが、そんなバカの寵愛を失ったからといって、自分の立場も何かもほっぽり出して狂乱するばかりだった母も無能な女だ。おかげで娘の私が危うく食い詰めるところだったじゃないか。男に愛されるかどうかより、自分に与えられた役割をきちんと果たすことの方がずっと大事なことだと白蘭は信じている。
「皇太后様は充実した人生だと思うわ。確かとても優秀な宰相がいて、彼と一緒に政を動かしていたのでしょう? やりがいがあったでしょうね。それに今上帝が賢帝の器だと讃えられるのもその薫陶を受けてのことでしょう?」
「そりゃそうですけど……」
「私は皇太后様を尊敬するわ。別に他人が哀れもうと人の幸せなんて他人が決めることではないしね」
他人の評価など気にすることはない。母は父の寵愛の有無だけでなく、寵愛を失って人からあざけられることにも過敏だった。まったくもってバカバカしい。
他人が何を言おうと為すべきことを為した皇太后は立派な方だ。
ただ、過去はともかく今後に向けて気になることはある。
「ねえ、雲雀。今の皇太后様に敵意を持っていそうな人の噂を聞いたことない?」
「敵意? 敵意ですか? うーん、敵意……」
雲雀はしばらく頭の中の記憶をさらってくれたようだが、これといって該当する噂はないようだった。
「先帝ととりまきの貴族は皇太后様を嫌ってましたが、今は新帝の御代で皇太后様は隠居なさってますし、今の陛下は義母の皇太后様を大切にしておられます。別に敵意を持つ人はいないんじゃないでしょうか……お嬢様、何か気がかりでも?」
「これは他の人に言わないで欲しいんだけど。今回、皇帝陛下から戴家に双輝石の注文があったわ」
「あ、それそれ。その双輝石って何ですか? 私も気になっていたんですぅ」
「屋外と屋内とで色が変わるとても珍しい宝石よ。先の西妃様が琥の国を出るときに、その護符の虎の瞳に使われていたの。今回それと同じ物を用意するように皇帝陛下から内密の使者が来たわ」
雲雀が身をのけぞらせた。
「うわあ。内密ってところに何かきな臭い感じがしますねぇ。紛失……盗難?」
「ね? 何か不穏な事情があるとしか思えないでしょ?」
「皇太后様もようやく落ち着かれたのに、そんな大切なものを盗られるなんて……」
「皇太后様の心情も気の毒だし、琥の商人にとっても大問題なのよ」
雲雀が不思議そうな顔をしている。この辺の事情は董の民には分からないだろう。
「琥は砂漠に囲まれてこれといった産業がないの。だから交易で生計を立てているわ。琥の王女が西妃として董の後宮に入ることで、東西交易の守護者となる。そして、皇帝が代替わりした今、琥の商人としては次の西妃の入内を考えなければならないの」
雲雀は「ええっと」と何かを思い出す顔をする。
「でも、確か琥王国って内紛で西妃を董に送るどころではないのでは?」
「よく知ってるわね」
董の庶民の娘にまで噂が届いているとは。白蘭は嘆息した。
確かに今の琥王は董との朝貢関係から離脱しようとしている。琥の西にも董とは別の大帝国があり、そこから送り込まれた若い姫君に丸め込まれた琥王は、そちらの属国になろうとしているのだ。
「でも、戴家をはじめとする商家は琥王の勝手にはさせないわ。何としても輿入れに適当な姫を董の後宮に入れる。ただ、先の西妃様の護符が盗まれるようでは、今の後宮に西からの妃を害そうとする者たちがいるんじゃないかと心配なわけでね」
「なるほど」
「私が董に来たのは西妃の護符が消えた謎を知るためよ。先の西妃様のため、琥の商人のため、そして、東西交易で生計を立てている全ての民のために」
白蘭はもう身体を拭くのはここまでにしようと、衝立に掛けてあった自分の肌着に手をのばした。雲雀が慌ててそれを手に取り、立ち上がった白蘭に着付けてくれる。
「謎解きには時間がかかるだろうって覚悟してる。だから、その間に雲雀にきちんと読み書きを教えてあげられるわ」
雲雀は嬉しそうに「はいっ」と元気な返事を返し、そして付け加えた。
「あの、読み書きを教えて下さる授業料もお給金からお支払いします」
ほう。雲雀は本当に自立心の強い子だ。こんな子に「恵んであげる」と上からの態度を取るべきじゃない。
「授業料なんていらないって言ってもいいんだけど。それじゃあ教える方も教わる方も緊張感がなくなるわね。私は雲雀からちゃんと授業料を貰う。そして、そのぶん責任を持って教えるわ」
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