京都市左京区下鴨女子寮へようこそ!親が毒でも彼氏がクソでも仲間がいれば大丈夫!

washusatomi

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第25話 再びの烏丸御池

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 京都国際マンガミュージアムは地下鉄烏丸御池駅のすぐ傍だ。そして武田氏は、美希が電車を降りるホームのベンチで待ち合わせようと提案した。

 夕食の席で、それを聞いた新市さんが「ホーム?」とお箸を止めて「普通、駅の改札とかで待ち合わせない?」と疑問を呈する。

 金田さんも「変わってるね」と訝しむが、由梨さんが静かに見解を述べた。

「烏丸御池駅では清水さんと祇園祭宵山で待ち合わせたでしょう? 美希ちゃんに辛い思い出があるんじゃないかと気を遣ってくれたんじゃないかしら」

 金田さんは納得いかなそうだ。

「そこまで細かく気を回すかなあ? もしそうなら見上げた男だと感心するけど」
 
 金田さんは氏に感心するべきだろう。

 京都市営地下鉄は東京とは違って下手をすると十分近く間隔が空く。ちょっと早めに到着しようとすると想定以上に早く着き過ぎてしまうのだ。

 そうして待ち合わせよりもかなり早く烏丸御池駅に降り立ったのに、氏はすでに到着済みだった。まるで美希に一人で過ごす時間を作らせまいとするかのように。

「や、やあ。ええと、午前中だから『おはよう』か。早く到着したんだな。さて行こうか」

 それからの氏はぎこちないほど饒舌だ。マンガミュージアムが元は小学校の校舎だったとは前に聞いたが、設計者は京都市の技師であったとしか伝わっていないこと。昭和の初期に南館、北館と順次建てられたこと。そして、ミュージアムにリニューアルする際どこに手を入れたかということ。下調べしてきたであろう情報を、一瞬の沈黙をも作ることなく述べ立てる。

「あ、今日は地下から烏丸御池交差点の西北の出口に出るから。出るとすぐにハローワークがある。角を折れると交番があって……」

 西北の角。それは清水さんと待ち合わせた東南の角とは対角線上になる。別にハロワに赴く事情は美希にはないが、あの夜とは別の場所に行くのだと氏は強調したいのだろう。明らかに美希に気を使っている。

 烏丸通りを北上するあたりでネタが尽きたのか氏の声が途切た。美希が「あのう」と言うと、「な、なんだ?」と氏は慌て、そして前方を「ええと、あ、あの旗がミュージアムの入り口だ」と指さした

「烏丸御池東南に名建築があるんですよね? 戦前に吉田鉄郎さん設計で京都中央電話局として建てられ、最近、隈研吾さんがお洒落な商業施設としてリニューアルした……」

「ああ『新風館』か。だが……」

「私が宵山でうろうろしてたあたりですね? あの時はありがとうございました」

 氏が「あの辺が嫌な場所じゃないなら、後で案内するが……」と複雑な声音で答える。

「大丈夫です。素敵な建築なんでしょう?」

 氏はどこか美希を探るような顔で、だけど口元だけは薄く笑みを浮かべて見せた。

「ああ、新旧どちらの魅力もあるいいデザインだ」

「じゃあ漫画の後で行きましょう」

 このやりとりの後、氏は気が抜けてしまったらしい。それまでの能弁はどこへやら。なんとなく注意散漫にぼうっと歩く。せっかくミュージアムの趣深い建築が見えてきたにもかかわらず。そこで、美希の方から話題を振る。

「四角い縦長の窓があると、天井が高い昔の洋館って感じがしますね。それより時代が下がると人間に必要な分しか高さがなかったりしますし」

「ああ、うん、まあ……」としか返さない氏は上の空のまま集中が戻らない。

「でも、四角い窓だけじゃなくて、上が半円で柔らかい印象の窓もありますね」

「うん……」

「温かみのある建物で良かったです。小学生って小さい子どもが多いじゃないですか。曲線がある方が楽しいですよ」

 氏はここで美希を「へえ」と見た。

「そうだな。うん。子どものための校舎だもんな」

 ミュージアムで入場料を払い、そして若い学校の先生のように朗らかな受付の人と「こんにちは」と挨拶を交わして、かつての学び舎の中を見て回る。

 四角く太い柱が首の高さまで濃い茶色で塗られている。それは、磨き込まれた床板や扉の木の色に調和した色だ。その上部に柔らかで淡いクリーム色のアーチが緩やかに立ち上がり大きく空間を包む。その奥の階段には幅広で滑らかな石造りの手すりが巡らされていた。

 美希が「やっぱり小学校ですね」と呟くと、氏が「内部の何を見てそう思う?」と問いかけた。

「受ける印象が優しいです。四角い柱の角は面取りしてありますし、手すりの石も丸くて角がないでしょう? それにあちこちアーチがあって楽しい感じがします」

 氏はいつものように目を細めた。烏丸御池駅近辺での不自然さはもうない。

「なるほどな」
 
 かの名作『ベルばら』が、氏が立ち入れない少女漫画だけの場所にあるのではないかという懸念は杞憂に終わった。時代を画するような名作は少年少女問わずメインルームに集められていたのだ。

「そうか。ここにあったか。だが、男の俺一人で読むのは……」

「あそこの椅子の男性は一人で少女漫画を読んでますよ?」

「しかし……」

 他の誰かに可能でも、氏が無理だと言うなら無理なのだろう。

「いいですよ。私も隣で一緒に読みます。今日は『ベルばら』を武田さんに譲って、私は炭川さん推薦の『ガラスの仮面』を読んでます」

「ああ、『ガラかめ』も有名だね。寮の娯楽室に無いの? あってもおかしくないのに」

「前はあったんだそうです。でも、いつまで経っても未完なのにキレた寮生が『未練を断つため』って処分したとか」

「少年漫画や小説でも似たようなことはあるな。うん、そう思う気持ちは分からんでもない」

「炭川さんが『紅天女』の手前までで一区切りつけた方がいいと言ってました。もっとも今日一日でそんなに読めなさそうですが」

「そうか。じゃあ、読めるところまで読もうか。俺も『ベルばら』が終わったらそれを読もう」

「はい」
 
 時間はあっという間に経過する。面白くて面白くてお腹が減っても昼食を取ろうと思えない。そして、あと三十分で閉館だというアナウンスが流れてくる。

「もう五時か。あまり時間がないな!」

 氏と二人、急ぎ足で烏丸御池交差点に向かう。しかし、いざ信号を渡る段になって氏が速度を落とした。彼より前に出た美希が振り返る。

「心配して下さるのは分かります。清水さんのことですよね?」

 氏は眉を下げて困った顔をする。

「確かに何も思わないわけじゃありません。でも、さっきも言いましたが、ここは武田さんが私を助けてくれた場所です。それに今は、この場所を避けたい気持ちより、素敵な建築を見たい気持ちの方が勝ります」

「……」

「武田さんが建築について実物といっしょに色々教えて下さったので、解像度が上がったんです。前に来た時には普通のオフィス街にしか見えませんでしたが、今日は近現代の名建築が埋もれている場所だと知っています。違う空間を歩いている感じなんですよ?」

 武田さんのおかげです、と美希が繰り返すと、氏は破顔一笑した。

「それは非常に喜ばしい。うん、ありがとう」

 お礼を言っているのは私です、と美希はペコリと頭を下げた。
 
 旧中央電話局はベージュの煉瓦造りだった。赤煉瓦ならいかにも明治期あたりの古い建物だとすぐに分かるが、この色だと普通のビルとの違いが目立たない。祇園祭では不機嫌な清水さんの背中を混乱した気持ちで追っていたし、この建物と同じ東側の歩道を通っていたから、それでこの建物に気づきにくかったのだろう。

 だが、今日は六車線ある烏丸通りの向かい側、西の歩道を歩くので建築の良さがよく分かる。やはり天井の高さを窺わせる縦長の四角の窓に時代を感じるし、最上階では上が半円の窓が連なっているのでリズムのある造形だ。名のある建築家の作品ならではだろう。
 
「え?」

 その建物の中に入ると、内部に森があった。

「凄い! 中庭が森になってる! 糺の森を切り取ってきたようです……」

 和モダンですっきりと外観を整えられた建物に囲まれて、広い中庭がある。足元には小川が流れ、下草の中から樹木が立ち上がる。人工的ではなく、自然の森を再現したかのようだ。

 紅葉に桜、躑躅、紫陽花……と美希が知っている名前を挙げると、氏が「花柄が好きなだけあって植物に詳しいんだ?」と問う。そんなことはないので「いえ、詳しくなりたいんですけど、機会が無くて」と返すと、氏が「ああ、家が都内じゃなあ」と合点する。

「庭はあるんですけど、資産家だった祖父がつくった和風の庭園で専門の業者さんが手入れするんです。だから素人が思い付きで何かを植えづらくて」

 似合わないことを承知で植木鉢にチューリップとかを育ててもいいのだが……。

「植物を育てる根気が私にはあまりなくて。女の子らしくなくてスミマセン……」

 氏は意に介さない。

「好きでもないのに無理に育てる必要はない。君は花を育てる他人を褒めればいい。君がその人のやる気を育てれば、世界は花で満たされる」

 美希が「なんかカッコいいこと言いましたね」と笑うと、氏は「だろう?」と得意そうに応じて見せた。

 氏が「植物に詳しくなりたければ……」とスマホを取り出す。

「北山通に京都府立植物園がある。なかなか立派な施設らしい。下鴨女子寮からも近いはずだ。えーっと今、グーグルマップで確認してる……って、え?」

「どうしたんですか?」

「植物園の近くの北山通にイノブンがあるらしい」

 氏は指をせわしなく動かし、そして美希に画面を見せる。イノブン北山店のウェブサイトだ。北山通は、寮から見て大学と反対方向なので行ったことがない。

「四条以外にも北山通に店舗があるんですね」

「俺は……」

 美希は皆まで言わせない。

「分かってます。偽装彼女と一緒に見て回りたいんですよね? 私も見たいですから二人で行きましょう!」
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