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私、兄のように慕っていました ※ルーシー視点

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 10歳の頃から、メイドとしてお屋敷に入った私は、他の使用人の方とも仲が良い方だと思います。
 特にメイドのメアリーさんは、私がブラウン子爵家に来た時からいるベテランのメイドで、とても頼りになる先輩です。同じくメイドのシンディーは、15歳の時にブラウン子爵家にやって来た同い年のメイドで、よくこの2人と恋愛の話をします。
 それから、フットマンのハロルド。5歳年上で、私がお屋敷に来た頃、一番歳が近い使用人がハロルドでした。
 私の兄もちょうど5歳年上だったので、お屋敷に来たばかりで心細かった私には、ハロルドと兄が重なり、よく悩みを相談したものです。呼び捨てで良いと言ってくれたり、一緒に当時の家政婦長にいたずらをしては怒られたりと、まるで本当の兄妹のように接してきました。
 お皿を割っては、当時まだペイジボーイだったハロルドに、仕事終わりに泣きつくのも日課の1つで、きっと私の涙を見た回数は、家族に次いで多いでしょう。



 だから仕事終わりに、お茶でもと声をかけられた時、私はいつものだと思ったのです。
 流石に8年もお屋敷勤めをしていますと、些細なミスは減りますので、愚痴を言う回数は減りましたが、仕事終わりにお茶を飲みながら、たびたび色々な話をしていました。

「ルーシー」

 仕事を終え、いつもの待ち合わせ場所であるキッチンに併設の使用人ダイニングへと行けば、椅子に座り、片手を上げたハロルドが出迎えました。
 ハロルドは制服を着たままです。ハロルドは長身で制服が似合う男性です。艶のある黒髪を丁寧にセットし、清潔感のある服装、ライオネル様とはまた違う整った顔立ちで、女性からよくモテていました。
 私はこの兄のような友人が少し誇らしくもあります。

「お疲れ様、ハロルド」

 そう言いながら、彼の横に座る前にお茶を入れようとすれば、片手で制されます。これは、ハロルドが飲み物を入れてくれるという合図です。
 昔から、ハロルドの方から話があるときは、必ずこうやって飲み物を入れてくれました。たっぷりのミルクにほんの少しはちみつを溶かしたその贅沢な飲み物は、必ず内緒だからな、という言葉とセットで渡されました。

「何かあったの?」

 ハロルドが話をしたがっていることを察して、そう問えば、彼は少し迷ったように切れ長のダークグレーの瞳を彷徨わせました。

「いや、俺は別に何も。それよりルーシー、大変だったな」

 何か言いたげなのに、ハロルドは逆に私に話し出すように促します。話を向けられたので、しょうがなく、つい先日のクビ騒動と実家での縁談騒動について話しました。
 しかし、詳細は知らないとしても、お話し好きのメイドもいる当家ですから、ハロルドの耳にも概要が入っているはずです。
 私に話を聞いておきながら、どこか上の空な様子も気にかかります。

「ハロルド、やっぱり今日おかしいわ」
「……本当は話したいことがあって呼び出したんだ。ライオネル様がお前にラブレターを出したり、口説くことを止めていたのは知っているよな」

 私が言うと、ハロルドは少し困った顔をしてから話し出しました。

「ハロルドたちも止められていた?」
「ああ」
「でも、それはおかしいわ。新しく入った人ならともかく、昔からの人はみんなそんな風には私のこと見てないもの」

 ライオネル様の徹底ぶりに笑いながら、ハロルドの方を見れば、彼はなぜだか困ったような顔をしています。

「……違うの?」

 恐る恐る尋ねれば、ハロルドが小さく頷きます。
 でも、昔からこのお屋敷にいる人たちは皆年上です。特に男性はハロルドを除けば、皆10歳以上年上で、結婚している人も多いのです。私は1人1人の顔を思い浮かべましたが、私のことを好いていそうな人は分かりませんでした。

「分からないわ」

 素直にお手上げのポーズをしながら、ハロルドに言えば、彼はじっと私の目を見つめてきました。彼の綺麗なダークグレーの瞳が、何かを決意したかのように熱を帯び、それが恥ずかしくて目を逸らそうとすると、名前を呼ばれました。

「ルーシー、俺だよ。俺は君のことが好きだ」

 自分の顔の横に挙げていた手を大きな手に包まれ、じっと瞳をのぞき込まれて、顔に熱が集まるのを感じます。
 ハロルドが、私のことを好き? でも、ハロルドは私にとって兄のような人で。

「困らせたくて伝えたわけじゃないけど、それでも何もしないままライオネル様と結婚するのを見てはいられなかった」

 混乱する私の耳にハロルドの優しい声が届きます。私の手を握るハロルドの手が熱く、目を逸らしたくても逸らしてはいけない気がします。

「いつから?」
「いつの間にか。でも自覚したのは、5年前かな。ルーシーが入れた紅茶が好評で、旦那様からも『紅茶を入れるのはルーシーに頼みたい』って言われたって、ルーシーが俺に一番に報告してくれた時。あの嬉しそうな顔を見て、俺はルーシーのことが好きだって気付いた」

 そんなにも前からハロルドが私のことを好きかと思うと、ずっと兄として慕っていたのが申し訳なくて、思わず俯いてしまいます。ライオネル様に告白された時にも思いましたが、私はとても鈍感で、人の気持ちに疎いのかもしれません。

「だから、そんな顔させたくないんだって」

 ハロルドの少しだけ悲しそうな声にパッと顔を上げれば、こちらを見て優しく微笑む瞳とかち合いました。
 ハロルドはチラッとダイニングの扉を気にしてから、立ち上がります。

「俺に申し訳ないとか、そういうのはいらないから。ルーシーの笑ってる顔が好きだし。少しだけ、意識して」

 そう言って、握っていた私の手の甲に口づけを落としてから、ダイニングの扉の方へ行ってしまいます。
 もっと聞かないといけないことがある気がして、止めようとすると、ハロルドはいたずらっぽく微笑みました。その顔は、昔一緒にいたずらをしていた時の顔で、今日のハロルドの顔は今まで見たことない顔ばかりだったので、少しだけ安心してしまいます。
 ハロルドはその顔のまま、扉を内側に開きました。と、廊下から誰かがダイニングに転がり込んできます。

「ライオネル様、私はこれで失礼いたしますので」

 ハロルドはその誰かの顔も見ずに、フットマンとしての声色でそう言うと、そのままダイニングから出て行ってしまいます。振り返ったその顔は、いたずらっぽい微笑みで、最後まで気を使われた気がしました。

「あの、ライオネル様……」

 ハロルドの優しさにじんわりとしていたのですが、ハッといつまでもライオネル様を床に転がしておくわけにはいかないと気がついて、慌ててライオネル様の側にしゃがみ込みます。
 ライオネル様は制服姿のままです。いつもお屋敷に戻られるとすぐに着替えをするはずなので、どうやら玄関から部屋に行く途中で、使用人ダイニングから声が聞こえて、立ち止まったようです。今日のお帰りは遅いとは聞いていましたが、こんなに遅いなんて。
 別にどこかを打ったわけではなさそうです。私がしゃがみ込んでいるのに気が付いて、制服の埃をはたきながら立ち上がりました。

「あいつ、気が付いててそのまま開けやがったな」
「あの?」
「いや、なんでもない。ルーシー、今日は全然話せなかったから君を探して会いに、……あいつそれも計算に入れてやがったな」

 ライオネル様がぶつぶつと悪態をついているのは聞かなかったことにしましょう。
 にこりと笑って、私の歩調に合わせながら、いつものように会話の途中に甘い言葉を織り交ぜるライオネル様でしたが、なんだか今日は格好がつかないご様子で、つい笑ってしまうのは、きっと許して頂けますよね?
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