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一章

人魚、シーラに出会う④

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ー人魚は水の中にいてるんじゃないか。こんな森の深くにいるわけないだろ。ー




 シーラたちが出て行ってから、ナダルはいい機会だと思いナングに言った。

 「ナング。あの子たちと一緒に川を下って行きなさい。そしてもう一度やり直しなさい。人間に復讐しようと考えないでさ。」

 ナダルは穏やかな顔で言った。ナングは見た目はこれから大人になる女性だが、人よりも長く生きる人魚としてはまだ幼子同然だ。

 ナダルは、ナングには海に出て、新たな仲間たちと共に人生を歩んでほしいと考えていた。

 ナングはそれを聞いた時、暗い顔をしていた。

 ナングの暗い顔をしているのを見てもナダルは背中を押すように一言言った。

「行っておいで。大丈夫さ。」



 ナングが出て行ってまだ一日しか経っていなかった。

 しかし、ナダルには不安が胸一杯にあった。(いいんだ。旅立ってもらうのは嬉しいがなんだか悲しい。こういうものだ。)

 ナダルがナングに初めて出会ったのは、この小さな小屋がまだなかった頃だった。

 約6年前。

 上流からゆっくりと重たい荷物を背負って、川辺の石ころを足ツボ代わりにその上を歩いていたナダル。

 歩いて行く途中に川原に何かが打ち上げられている。

 それは、うつ伏せでぐったりしていた。きれいな長い青い髪が乱れている。上半身は裸で、透き通るかのように白い肌をしていたが、所々ミミズ腫れや青痰があった。手には巾着袋が握ってあった。

 「おい、大丈夫か!」

 ナダルは声を掛けて、痛々しい体を仰向けにした。その時、それが女の子だと気付いた。顔を見ると、まだとても幼い。

 (酷いことをするもんだ。まだ子供なのに。)

 ナダルはその子の両脇を持ち上げて陸に上げた。そしたら驚いた。下半身に足ではなく、魚のような鱗がびっしりと張り巡らせられており、足先にヒレがあったのだ。

 (魚人族の子か。もしかして、噂の見世物商人たちがこの先の村に滞在しているのか。)

 ナダルはその子に薄いボロい布で包んであげ、抱えて森のある方に向かって歩き出した。
 
 ナダルは急いで森に入ると小さな三角のテントを樹木の間に建てた。

 (商人たちは自分たちの獲物を逃したりしない。きっと追ってくるはずだ。この子は人魚だ。高価な獲物なら尚更だな。)

 テントで人魚の女の子を寝かせてあげ、川から水を汲んできて、一部は鍋に入れて沸かし、もう一つはその子の体を拭いてあげた。

 鍋が沸騰したら薬箱から腫れを治すものと、その子の体内の熱を下げるものを出して、すり鉢の中に入れて粉薬にして、お湯に入れる。

 ナダルは女の子に体と頭を少し起こして、少し温くなった薬湯の入った碗の飲み口を口につけた。

 女の子は目を開けることはできていなかったが、口の中に入ってきた温い、苦いものを少しずつ飲み込んでいった。

 全部飲み終えたら、ナダルは女の子を寝かせてあげた。

 そして、女の子の周りに結界を張った。それは、他の人から見つからないような仕組みでできた結界である。

 ナダルがそれを解かない限り、女の子はそこから出てくることもできないが、他の人には触れられないことになっているのだ。

 ナダルが一安心して、戦斧を持って離れている場所にある樹木を何本も倒していく。一本の樹木をまた少し厚みのある板にしていく。

 ナダルはいくら男でも、戦斧を使って木を薙ぎ倒していくのは大変である。

 木材が大体揃うと、次は草や低木を刈って地面を平らに均していく。更地になった地面に穴を掘って、小屋にとって重要な柱となる木の幹を四本入れていく。

 その柱に沿って木の板を並べて、板同士が離れないように下の板に切り込みを入れ、上の板にはその切り込みに嵌るように慎重に切り込みを入れていく。

 それらを繰り返していけば、小屋の壁は完成した。後は屋根を付けるだけだ。簡単だけど、雨風を凌げる暖かい空間ができたらいい。ナダルはそう思っていた。

 屋根を貼る前にナダルは休憩を取った。真上にあった太陽はいつの間にか地平線に隠れようとしていた。

 テントの中に入って女の子の様子を見ていた。しかし、不思議なことに魚のような下半身はなく、人間の二本の足になっていた。陸にも対応している種族なのかとナダルは感心していた。

 (気持ちよさそうに眠っている。どうやら熱は上がっていないようだ。よかった。)ナダルは胸を撫で下ろした。

 ナダルは結界を解き、女の子にもう一度薬湯を飲ませてから屋根を作っていった。

 しかし、その途中、三人くらいの人の足音が遠くから聞こえる。ナダルは人ではあるが嗅覚と聴覚はとても優れている。

 聞こえる。匂う。

 彼らは何やら武器を持っているのだと。

 ナダルは女の子に結界を張る。しかしナダルはテントや小屋には結界を張らない。もし、結界を解いたときに見られていたら厄介だと思っていたからだ。

 彼らは段々と近づいてくる。ナダルは平然を装って屋根に板を貼っていく。

 あと、板を一枚貼れば完成のところに、腰に剣刺した男が二人と槍を手に持った男が一人いた。

 槍を持っていた男が言った。

「やあ、お兄さん。小屋作りに精がでるねぇ。」

 ナダルは男を見ずに返答した。

「ああ。」

「ところで、ここに俺たちの獲物、そう、人魚なんて見なかったかい?」

 男たちは口角を上げて笑みを浮かべているがその目はとても乾いていた。まるで全てがわかっているかのように。

「人魚は水の中にいてるんじゃないか。こんな森の深くにいるわけないだろ。」

 ナダルはきつく言った。

 男は鼻を少し動かした。

「匂うんだよ。魚臭い匂いがよ。お前さん、隠してるんだろ?あれは俺たちの獲物なんだよ。渡さなかったらどうなると思う?」

 ナダルは焦っていたがなんだか笑いたくなった。

「臭いのはお前の鼻の穴なんじゃない?僕は旅をする薬師さ。蓄膿症に効く薬を売ってあげようか?あと、渡す以前に僕は人魚なんて知らないよ。」

 男はその薬師が何を言っているかはわからなかったが馬鹿にされていることはわかった。
 
 男は高く飛び上がり槍をナダルに目掛けて振り下ろした。ナダルは持っている戦斧で槍を受け止めたが、折角完成しかけた屋根の板が壊れてしまった。
 
 下に落ちた時に、剣を構えた男が二人ナダルに飛びかかった。

 一対三では無事に勝てる気がしないと思ったナダルは、懐からお手製の煙玉を地面に叩きつけた。

 視界を奪われた男たちはよろけてしまい、その時を狙ってナダルは戦斧の柄の部分を男たちの鳩尾に入れた。

 煙が晴れた時には、男たちは地面の上でお腹を押さえて悶え、目からは涙が出ていた。ナダルはゴーグルを着用していた。

「殺さなかっただけ感謝してね。目痛いでしょ。薬師には喧嘩を売らないことだね。」

 槍を持っていた男が言った。

「悪かった。目を治してくれ。」

「じゃ、金を出して。」
 
 男が手探りで懐から金の入った巾着を取り出して、ナダルに差し出した。

「毎度あり。しばらくここに住むからいつでも来てねー。」

 男たちが帰った後にナダルは屋根を完成させた。辺りはすっかり夜になってしまった。

(まだ、もう一踏ん張りしないと。床も作った方がいいな。今夜は冷えるだろう。)

 床を貼り終え、ナダルは女の子を抱えて小屋の中に入る。もう一度体を拭いてあげて寝かせた。小屋の中の端っこに土を敷き、石ころをそれで囲んだ。そして、火を移すと小屋の中は少し暖かくなった。

(今日は、一段と疲れたな。しばらくはここに居よう。この森には珍しい薬が手に入るかもしれない。)

 ナダルは袋から干し肉と乾燥させていた根菜類を壁にかけて寝てしまった。

 朝、ナダルは何かが自分の首を絞めていることに気づいて目を覚ました。女の子が自分の上に跨り、首に手を掛けていたのだ。

「……」

 女の子は無言で、ただ手に力を込める。ナダルを見る目は、赤く燃え上がっている意志が込められていた。

 ナダルは女の子の両腕を持って簡単に外して言った。

「痛いよ。僕はあいつらと違う。さあ、ご飯にしよう。あ、僕はナダルだよ。」

 最も簡単に両腕を外された女の子はびっくりしていた。
 
 女の子の名前はナング。赤目族人魚のナング。まだ、十歳という幼さ。

 


 時が経って今、ナダルはナングと出会った時のことを思い出していた。住んでいるこの小屋も改造を繰り返して大きくなってしまった。

 最初は足りないものばかりであったがナングと過ごしていくうちに色々増えていった。

 壁の柱には、ナングの成長の証に線を掘っていた。ナダルはそれに触れるとこう思った。

(思い出はあるが、出て行くとするとこの小屋も潰さないといけないな。)

 ナダルは元々旅する薬師。旅をしながら珍しい薬を作る。そして一人前の薬師になると決めていた。だから誰かの面倒を見る必要がない今旅立たないといけないのだ。

 その日の夜、ナダルは荷物を纏めていた。金銭的なものは床下に隠していたナダルは、その戸を開けると見慣れた巾着があった。

 ナングと初めて会った時に、預かって欲しいと言っていたナングの両親の形見。巾着の中には両親の鱗が二枚入っていた。

 人魚の鱗、それは万能薬にもなると言われている。しかし、それを調合できるレシピをナダルはナングに協力してもらったが今まで成功していない。できたものは全て毒となっている。

 ナングの両親の鱗を持ったまま、ナダルは立ち尽くしていた。

 この小屋を潰して更地にしてしまえば、ナングはこの場所が分からなくなる。ナダルは次は北へ向かう予定だがこれをナングへ届けるとならば、反対方向になる。

 ナダルは悩んだが、結局はナングに会いに行くことに決めた。

 




 ところで、シーラたちはカーイのいる村外れから、ブンのお陰で村の中へ行くことができていた。しかし、村は昼間は大勢の人で賑わっており、シーラとウドはナングと逸れてしまっていたのだった。

「ウド、ナングどこへいったのかな。こんな人混みの中じゃ、匂いが分からないよ。」

 シーラは海辺の砂の上で座って、夕陽を眺めて言った。ウドはシーラの肩に手を置いて黙ったままだった。波がゆっくりと岸を打ち付けている音が遠くから聞こえる。

 しばらくして、ウドは言った。

「きっと海に戻ったんだよ。」

 


 
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