心の中にあなたはいない

ゆーぞー

文字の大きさ
上 下
62 / 69
ドナ

62 ダンスの後の

しおりを挟む
 パーティは順調に進んでいる。音楽が流れ、ダンスの時間となった。私は控えめに1曲だけ踊るつもりだった。ヴィンス様には申し訳ないが、スティーブ様にお願いしようと思っていた。

 ダンスは得意ではないが、最低1曲は踊らなくてはいけないというルールがあるようだ。仕方なく練習を重ねてはいたが、あまり好きになれない。ヴィンス様はダンスは得意、というより身体を動かすことが大好きなのでなんというか動きも激しい。うまく誘導してくれはするのだが、正直言って疲れてしまうのだ。

 一方スティーブ様は穏やかな踊り方をする。踊り方でも性格が出るのが面白い。それでスティーブ様にお相手してもらえればいいなと思っていた。

 ところがである。どういうわけか陛下から誘いを受けてしまった。陛下から誘われて踊らないわけにはいかない。

「わ、私、ダンスは不得手でして・・・」

 と、一応は伝えておく。万が一でも足を踏んだり、ステップが乱れることが起こり得ることを伝えておいた方がいいだろう。

「ハハハ、大丈夫大丈夫」

 陛下はそう言って笑う。

「妃もダンスが不得手で、よく足を踏まれたものだよ。私の足は鋼でできているからね。どれだけピンヒールで踏まれても慣れているから大丈夫」

 と、楽しそうに言われてしまった。

「まぁぁ、陛下と踊られるなんて」
「やはりタセルの才女は違いますね」
「堂々としていらっしゃるし、立ち振る舞いも完璧ですわね」

 何を見て言っているのかわからないが、そんな声が聞こえてくる。そんな声を聞いてしまうと緊張してしまう。ただでさえ目立っているのに、国王陛下とダンスを踊るなんて注目されないわけがない。全員が私たちを見ているのだ。

「外野の言うことは気にせず、音楽だけに集中しなさい」

 陛下に言われ、私は緊張しながら身体を動かす。

「何も気にせず、楽しみなさい。パーティは本体楽しむものなんだから」

 踊りながら陛下に言われる。楽しむこと。そんなことを意識しながら、なんとか1曲を踊り終えた。陛下のリードが完璧なせいか、ミスもなく踊れた。これでもう踊らなくていいだろう。

「さ、次は私だな」

 踊り終えて元の場所に戻ると、何故だか目をキラキラさせたエリック様が手を差し出した。

「私ならもっとドナを綺麗に見せることができる」

 と、やる気満々なエリック様を断ることができず、私はすぐに2曲目のダンスに向かう。

「娘と踊るのが私の夢だったんだ。叶えてくれてありがとう」

 娘ではないのだが、そんなことを言われたら嫌な気持ちにはならない。そうして2曲目が終わり、今度こそ休憩できると思った。しかし

「お次は俺だな」

 当たり前のようにヴィンス様が待っていた。

「え?」

 と、何か言う前に中央に連れて行かれる。ついていけるだろうかと不安になったが、思いのほか穏やかで踊りやすかった。

「疲れただろう」

 踊り終わると当たり前のようにスティーブ様。そして休憩することもなく、4曲続けて踊る羽目になる。

「す、少し休憩させてください」

 息も絶え絶えになり、やっとのことで言葉を絞り出す。知らない男性が近づいてきたが、とても踊ることはできない。

「申し訳ないね」

 エリック様が私の代わりに謝ってくれた。スティーブ様にそのままエスコートされて、会場の外に出る。ヴィンス様がグラスを持って待っていた。

「こうでもしないと、変な男がドナを狙っていたからな」

 渡されたグラスを受け取り一気に飲み干した。喉がカラカラだったことにやっと気がついた。

「まったく。スキを見せたら近づいてきそうだったな」

 スティーブ様とヴィンス様が何やら言い合っていたが、聞かないことにした。

「ドナ、少しお化粧を直しましょう」

 マリア様が来てくれた。確かに4曲も踊ったし、室内は暑かった。化粧も落ちて酷い顔をしているのかもしれない。そう思うと不安になる。

「軽食も用意してあるわ。少し食べて休憩しなさい」
「僕たちは戻りますので」
「えぇ、少ししたら迎えに来てちょうだい」

 休憩室に入り、ソファに座り込む。足の指先が少し痛い。疲れてはいるけど、気持ちが高揚しているのかフワフワした感じがする。パーティに出てダンスを踊るなんて初めての経験だ。うまくできていたのか不安もあったが、案外踊るのは楽しかった。

「ダンスは楽しかった?」

 マリア様に聞かれ、私は素直にうなづいた。

「まさか陛下と踊るなんてビックリね」
「はい、まさか私なんかをお誘いくださるなんて思いませんでした」
「私なんか、なんて言っちゃダメよ。あなたは招待されて来ているんだから」

 そう言われても、国王陛下とダンスを踊るなんて。自分で自分が信じられなかった。私は用意してもらった軽食を口に入れる。

「美味しい」

 思わず呟いてしまった。

「もっと食べなさい」

 マリア様に勧められて私は用意されたものを全て食べていた。

「ヴィンスもスティーブもうまくエスコートできてたわ。あの子たちもやるもんね」
「お2人のリードのおかげで失敗せずに済みました」
「あら、ドナもうまく踊れてたわ。練習の成果が出てよかったわね」

 マリア様と笑いながらそんな話をする。化粧と髪も直してもらい、違うドレスに着替えた。ダンスで汗をかいていたので有り難かった。

「さ、第2幕の開幕よ」

 休憩室を出ると、スティーブ様とヴィンス様が立っていた。

「お待たせ。さ、エスコートをお願いね」

 私たちが会場に戻ろうと歩き出した時。

「アニー!」

 突然の声に私の心臓が大きく鼓動した。廊下の先にいた人。それはブライアン様だった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

処理中です...