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ドナ
58 始まりの予感
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「これは・・・!」
エリック様の小さな呟きが聞こえたが、何を意味するのかわからなかった。スティーブ様とヴィンス様はポカンとした顔をしている。
「あなたたち、何か言うことはないの?」
マリア様の声で全員がハッとした様子になった。
「綺麗だよ、こんなレディは他にはいないね」
「ドナ、やはり僕の目に狂いはなかったようだ。とてもよく似合っている」
エリック様とスティーブ様の言葉に私は恥ずかしくなった。マリア様のお説教の後に3人は部屋に入ってきた。そして今私の目の前に立っていて、私のことを褒めてくれている。
きちんとした化粧をしたことも初めてだったし、髪を綺麗に結い上げてもらったことも初めてだ。こんなに高そうで綺麗なドレスを着たことも初めてだし、高価なアクセサリーも初めてだ。そもそも今までこんな格好をするのは私ではなく姉だったのだ。
私がこんな服を着るなんて。心の中に浮かびそうになる考えを私は必死で覆そうとした。
私もこんな格好をする権利がある。今まで自分は、表に出る人間ではないと思っていた。でもそれは違う。綺麗なドレスを着て、化粧をして人前に出ることができるのだ。自分を否定することはもうしない。私は気持ちを切り替えるようにあえて微笑んで目の前にいる人を見返した。
3人とも正装だ。
スティーブ様は髪をオールバックにして額を見せている。いつもは自然に前髪を下ろしているので、何だか見ていると落ち着かない。すごく大人っぽくて、知らない人に思えてきた。じっと見ていると目が合った。軽く微笑んだ顔はいつものスティーブ様だった。
ヴィンス様は私を見ているようで見ていない。頭をガシガシと掻いてみたり、天井を向いたり窓の方を見たりで忙しなかった。騎士なだけあってすごく決まっているし、姿勢がすごくいい。それなのに何だか落ち着きがないし、私を見ようともしないので少し腹が立ってしまった。
それでも2人はとても格好良かったし、誇らしい気持ちになった。そういえば、正装した男性を見るのはいつぶりだろうか。前の時に父やブライアン様の正装を見ているはずだが、あまり覚えていない。ブライアン様はいつも私のことを睨んでいたから、あまり見ないようにしていたのだ。
あの時のブライアン様は今のスティーブ様やヴィンス様と比べてどうだろうか。そんな質問を自分にしてみた。どうしてそんなことを考えたのかわからなかった。ブライアン様は姉の婚約者であり夫だったけど、もしかしたら私の夫になるかもしれない人だった。でもきっと、私が今スティーブ様やヴィンス様を思う気持ちとは違うことが分かった。同じにはならないことが理解できた。
「スティーブ様もヴィンス様もとても素敵です」
純粋に思ったことを述べた。彼らは本当に格好良かった。今日は若い女性もきっと参加されるのだろう。こんなにかっこいい人がいたらみんな驚くだろう。結婚の打診があるかもしれない。そう思ったらなんだか胸がモヤモヤした。そのモヤモヤを私は無理やり押し込めた。
「ヴィンス、何か言うことはないの?」
マリア様に促されたヴィンス様は私をじっと見たまま固まってしまっている。普段男性の中で生活しているし、こんなに着飾った格好の私に馴れないのだろう。明らかに挙動不審だ。スティーブ様のように褒めてもらいたいとは思っていないけど。それでも何も言ってくれないのは寂しかった。
「ヴィンス・・・」
隣にいたスティーブ様に肘を突かれ、ヴィンス様はバッと姿勢を正した。
「ま・・・馬子にも衣装ってやつだな」
やっとという感じでヴィンス様が出した言葉に
「ヴィンス!レディになんてことを言うの!」
マリア様はそう言ってヴィンス様の頭を叩いた。
「ハハハ、ヴィンスじゃそう言うしかないだろうな」
エリック様は笑いながら、私をじっと見た。何故私を見るのだろうと不思議に思ったが、目を逸らすことができずにただぼんやりとエリック様を見返した。
「ヴィンスはもう少し女性の扱いを学んだ方がいいだろうな。剣を振るだけじゃ、女性は守れないからな」
「そ、それはどういう・・・」
ヴィンス様に返答することなく、エリック様は軽くウインクした。誰に向かってなのか、どうしてなのかよくわからなかった。でもそのウインクがすごく格好良く見えた。
そのタイミングで家令の人が近づくとエリック様に何やら耳打ちをした。エリック様の表情が一瞬こわばったように見えた。
「さあ、ドナ。最初のエスコートは私だ」
まるで芝居をしているみたいに大袈裟な感じでエリック様が言う。差し出されたエリック様の手に私は反射的に手を乗せた。もう始まるのか。私は深呼吸をする。
「え?どういうことですか?」
「ずるいですよ」
スティーブ様とヴィンス様の抗議にエリック様は穏やかに微笑んでいる。
「先ぶれがありましたから。国王陛下がいらっしゃるそうです」
は?確かに国王陛下がお忍びで来られるとは聞いていた。しかしそれは遅い時間にこっそりと、と思っていたのだ。こんなに朝早くから来るなんて聞いていない。
「聞いていませんよ」
私の思っていたことをスティーブ様が言ってくれた。
「今、言いましたよ。陛下の先ぶれを賜るだけでも光栄なことです。名誉を感じなさい」
飄々とした感じでエリック様は言っている。
「さぁ、ドナ。行きましょう」
優雅な仕草でエリック様は歩き出した。私も従う。
「こんなに綺麗な女性だとは陛下も思っていないだろうな」
私に自信をつけるためだろう。エリック様は歩きながら、優しい声で話してくれた。着飾った女性を褒めるのは当たり前のことだ。貶す男性がいるわけがない。それが紳士の嗜みというものだ。だから私は本気にはせず、お礼を言った。
「本気にしていないだろう?」
エリック様は笑顔だったけど、目つきは真剣だった。
「ドナは自分のことが分かっていないと思う。決して1人にはならず、私かスティーブ、ヴィンスと一緒にいること。いいね」
もしかしたら私がこの国で生まれたアニーであることを知る人がいるかもしれない。そうだ、忘れてはいけない。ここは生まれた国。これから始まることを考えなくてはならない。私は気を引き締めて歩みを進めた。
エリック様の小さな呟きが聞こえたが、何を意味するのかわからなかった。スティーブ様とヴィンス様はポカンとした顔をしている。
「あなたたち、何か言うことはないの?」
マリア様の声で全員がハッとした様子になった。
「綺麗だよ、こんなレディは他にはいないね」
「ドナ、やはり僕の目に狂いはなかったようだ。とてもよく似合っている」
エリック様とスティーブ様の言葉に私は恥ずかしくなった。マリア様のお説教の後に3人は部屋に入ってきた。そして今私の目の前に立っていて、私のことを褒めてくれている。
きちんとした化粧をしたことも初めてだったし、髪を綺麗に結い上げてもらったことも初めてだ。こんなに高そうで綺麗なドレスを着たことも初めてだし、高価なアクセサリーも初めてだ。そもそも今までこんな格好をするのは私ではなく姉だったのだ。
私がこんな服を着るなんて。心の中に浮かびそうになる考えを私は必死で覆そうとした。
私もこんな格好をする権利がある。今まで自分は、表に出る人間ではないと思っていた。でもそれは違う。綺麗なドレスを着て、化粧をして人前に出ることができるのだ。自分を否定することはもうしない。私は気持ちを切り替えるようにあえて微笑んで目の前にいる人を見返した。
3人とも正装だ。
スティーブ様は髪をオールバックにして額を見せている。いつもは自然に前髪を下ろしているので、何だか見ていると落ち着かない。すごく大人っぽくて、知らない人に思えてきた。じっと見ていると目が合った。軽く微笑んだ顔はいつものスティーブ様だった。
ヴィンス様は私を見ているようで見ていない。頭をガシガシと掻いてみたり、天井を向いたり窓の方を見たりで忙しなかった。騎士なだけあってすごく決まっているし、姿勢がすごくいい。それなのに何だか落ち着きがないし、私を見ようともしないので少し腹が立ってしまった。
それでも2人はとても格好良かったし、誇らしい気持ちになった。そういえば、正装した男性を見るのはいつぶりだろうか。前の時に父やブライアン様の正装を見ているはずだが、あまり覚えていない。ブライアン様はいつも私のことを睨んでいたから、あまり見ないようにしていたのだ。
あの時のブライアン様は今のスティーブ様やヴィンス様と比べてどうだろうか。そんな質問を自分にしてみた。どうしてそんなことを考えたのかわからなかった。ブライアン様は姉の婚約者であり夫だったけど、もしかしたら私の夫になるかもしれない人だった。でもきっと、私が今スティーブ様やヴィンス様を思う気持ちとは違うことが分かった。同じにはならないことが理解できた。
「スティーブ様もヴィンス様もとても素敵です」
純粋に思ったことを述べた。彼らは本当に格好良かった。今日は若い女性もきっと参加されるのだろう。こんなにかっこいい人がいたらみんな驚くだろう。結婚の打診があるかもしれない。そう思ったらなんだか胸がモヤモヤした。そのモヤモヤを私は無理やり押し込めた。
「ヴィンス、何か言うことはないの?」
マリア様に促されたヴィンス様は私をじっと見たまま固まってしまっている。普段男性の中で生活しているし、こんなに着飾った格好の私に馴れないのだろう。明らかに挙動不審だ。スティーブ様のように褒めてもらいたいとは思っていないけど。それでも何も言ってくれないのは寂しかった。
「ヴィンス・・・」
隣にいたスティーブ様に肘を突かれ、ヴィンス様はバッと姿勢を正した。
「ま・・・馬子にも衣装ってやつだな」
やっとという感じでヴィンス様が出した言葉に
「ヴィンス!レディになんてことを言うの!」
マリア様はそう言ってヴィンス様の頭を叩いた。
「ハハハ、ヴィンスじゃそう言うしかないだろうな」
エリック様は笑いながら、私をじっと見た。何故私を見るのだろうと不思議に思ったが、目を逸らすことができずにただぼんやりとエリック様を見返した。
「ヴィンスはもう少し女性の扱いを学んだ方がいいだろうな。剣を振るだけじゃ、女性は守れないからな」
「そ、それはどういう・・・」
ヴィンス様に返答することなく、エリック様は軽くウインクした。誰に向かってなのか、どうしてなのかよくわからなかった。でもそのウインクがすごく格好良く見えた。
そのタイミングで家令の人が近づくとエリック様に何やら耳打ちをした。エリック様の表情が一瞬こわばったように見えた。
「さあ、ドナ。最初のエスコートは私だ」
まるで芝居をしているみたいに大袈裟な感じでエリック様が言う。差し出されたエリック様の手に私は反射的に手を乗せた。もう始まるのか。私は深呼吸をする。
「え?どういうことですか?」
「ずるいですよ」
スティーブ様とヴィンス様の抗議にエリック様は穏やかに微笑んでいる。
「先ぶれがありましたから。国王陛下がいらっしゃるそうです」
は?確かに国王陛下がお忍びで来られるとは聞いていた。しかしそれは遅い時間にこっそりと、と思っていたのだ。こんなに朝早くから来るなんて聞いていない。
「聞いていませんよ」
私の思っていたことをスティーブ様が言ってくれた。
「今、言いましたよ。陛下の先ぶれを賜るだけでも光栄なことです。名誉を感じなさい」
飄々とした感じでエリック様は言っている。
「さぁ、ドナ。行きましょう」
優雅な仕草でエリック様は歩き出した。私も従う。
「こんなに綺麗な女性だとは陛下も思っていないだろうな」
私に自信をつけるためだろう。エリック様は歩きながら、優しい声で話してくれた。着飾った女性を褒めるのは当たり前のことだ。貶す男性がいるわけがない。それが紳士の嗜みというものだ。だから私は本気にはせず、お礼を言った。
「本気にしていないだろう?」
エリック様は笑顔だったけど、目つきは真剣だった。
「ドナは自分のことが分かっていないと思う。決して1人にはならず、私かスティーブ、ヴィンスと一緒にいること。いいね」
もしかしたら私がこの国で生まれたアニーであることを知る人がいるかもしれない。そうだ、忘れてはいけない。ここは生まれた国。これから始まることを考えなくてはならない。私は気を引き締めて歩みを進めた。
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