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ドナ
53 宿でお泊まり
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今日泊まる予定の宿は、確かタセル国に来る時にも泊まった宿だった。あの時はまだ不安な気持ちも大きくて、落ち着きがなかったと思う。宿の中は見るからに高級な調度品が並んでいるし、料理のお皿もキラキラして見えた。全てのものが洗練されていて素晴らしかったし、こんな宿に泊まるレティシア様はすごい富豪なんだなと感心した。
実際私も本当は貴族だったはずだが、名ばかりの貴族だった。ほとんど家から出ずに生活していたし、洋服は姉のお古だったし、装飾品もつけたことがなかった。育ちは平民以下だったわけだ。
レティシア様はさすが生まれも育ちも貴族なので、堂々として品もあるし凛とした美しさがあった。もしかしたら、とあの時私は思った。レティシア様は侯爵なので伯爵家の娘の私とはやはり身分が違うが、それでもレティシア様のように常に堂々と振る舞うことはできるのではないか。家から出て違う環境で生活していけば、もっと自信を持って生きていけるのではないか
確かそんなことを考えたのだ。それから私はタセルで新しい家族に恵まれ、新しい生活が始まった。新しい自分は望む自分だろうか。あの時決意したことは今叶えられているのだろうか。
「予約はできているから部屋へ行こうか」
馬車を降り、当たり前のようにスティーブ様とヴィンス様に連れられて行く。そこは以前泊まった部屋ではなく、なんと離れの一棟を丸ごと予約されていた。確かあの時レティシア様が泊まられた部屋だったはずだ。
あぁそうか。スティーブ様とヴィンス様はこの部屋に泊まるのか。私は前に泊まった1人用の部屋を思い出した。ベッドはフカフカで天井が高く、とても落ち着く部屋だった。
「へぇ、なかなかいい部屋だな」
ヴィンス様はドアを開け、中に入っていく。リビングルームのようでテーブルの上には大きなお皿にたくさんの果物が乗せられていた。ヴィンス様はソファに座り、果物を選んでいる。
左右にドアがあり、スティーブ様が開けて中を確認している。どうやらリビングルームを中心に左右にベッドルームがあるようだ。
「じゃ、今日は3人で一緒の部屋だね」
中の確認が終わるとスティーブ様がにっこりと笑顔になって、右側のドアを指差した。
「え?私もここに泊まるんですか?」
「そうだよ、ベッドは大きいから大丈夫」
「は?」
「は?って・・・。俺たちと泊まらないでどこに泊まるつもりなんだよ」
りんごを手にしたヴィンス様が心底驚いたような顔をしていた。
「ど、どこって。前にもここに泊まったことがあるんで、てっきり向こうの建物のお部屋だと・・・」
ハァァ、と大きなため息が聞こえた。スティーブ様である。
「ドナ、それは使用人用の部屋だよ」
使用人用の部屋?
「おそらく前の時はレティシア様とご一緒だったから、向こうの建物になったんだろうね。でも今は僕たちと一緒だよ」
「だいたい、なんで自分は違う建物に泊まるなんて勘違いすんだ?おかしいだろ」
え?なんでって、それこそなんで?なんで一緒の部屋に3人で泊まるの?心の中では色々と言葉が浮かぶが、実際声にならない。あまりに2人が当たり前な顔をしているので、私の方が間違っている気がしたのだ。
「僕たちはドナの婚約者候補。今から慣れてもらわないと」
「そうそう、これからひとつ屋根の下で同居するんだしな」
「えっ!」
驚く私にスティーブ様は穏やかにニコニコと微笑んでいるし、ヴィンス様はニヤニヤと笑っている。
「知らなかった?婚約者候補になったら、実際に結婚したことを想定して生活してみるんだよ」
「俺と兄上で順番に試してみるんだよ。なんたって俺たちは未来の夫になるかもしれないんだからな」
そんな話聞いたことがない。私が知らないだけでタセルではそうなのだろうか。お2人のことは嫌いではないけれど、結婚となると話は違う。いくら婚約者候補と言われても、すぐにそういう目では見られない。どうしよう。結婚を想定ってどんなことをするのだろうか。
「もうっ。何を馬鹿なこと言ってるの!」
怒鳴り声が聞こえ私は振り返った。ドナの前でマリア様とライニール様が真っ赤な顔で仁王立ちしている。そうだった。お2人も違う馬車で一緒に来てくれているのだ。
「何も知らないドナを揶揄うだなんて!」
「お前たち、覚悟はできているんだろうな」
揶揄う?そこでようやく私は2人に揶揄われていたことに気づいた。よかった、と心底ホッとした。
「そう怒らないでくださいよ」
「ドナの反応が面白くて」
真面目なスティーブ様がそんなことをするなんて信じられない。ヴィンス様なら考えられなくはないけど、むしろ部屋はないとか言って私を慌てさせるようなことを言いそうだった。
「あんたたち、明日からはドナと違う馬車にするわね」
「えっ、それは困りますよ」
マリア様の剣幕にスティーブ様は慌てている。慌てるスティーブ様も珍しい。いつも冷静で非の打ち所がないのがスティーブ様だったからだ。こういう一面もあるのだなと私は率直に感心していた。
「全く、エスコートが聞いて呆れる」
ライニール様はヴィンス様の頭に拳骨を落とした。ゴズっという嫌な音がした。人ごとだが思わず顔が歪んでしまう。
「イッテェ・・・」
涙目になったヴィンス様は私を見ると、ゴメンと唇を動かした。
「こっちの部屋は私とドナの部屋ね」
そう言ってマリア様は部屋に案内してくれた。ベッドが2つ並んでいる。
「私と一緒だけど大丈夫よね」
マリア様が何故か少し申し訳なさそうに言うので、私は思いっきり言いきった。
「よろしくお願いします。安心しました」
するとマリア様は困った顔をしながら笑った。何故だろうと思ったけど、どうでもいいやと思ったのだった。
実際私も本当は貴族だったはずだが、名ばかりの貴族だった。ほとんど家から出ずに生活していたし、洋服は姉のお古だったし、装飾品もつけたことがなかった。育ちは平民以下だったわけだ。
レティシア様はさすが生まれも育ちも貴族なので、堂々として品もあるし凛とした美しさがあった。もしかしたら、とあの時私は思った。レティシア様は侯爵なので伯爵家の娘の私とはやはり身分が違うが、それでもレティシア様のように常に堂々と振る舞うことはできるのではないか。家から出て違う環境で生活していけば、もっと自信を持って生きていけるのではないか
確かそんなことを考えたのだ。それから私はタセルで新しい家族に恵まれ、新しい生活が始まった。新しい自分は望む自分だろうか。あの時決意したことは今叶えられているのだろうか。
「予約はできているから部屋へ行こうか」
馬車を降り、当たり前のようにスティーブ様とヴィンス様に連れられて行く。そこは以前泊まった部屋ではなく、なんと離れの一棟を丸ごと予約されていた。確かあの時レティシア様が泊まられた部屋だったはずだ。
あぁそうか。スティーブ様とヴィンス様はこの部屋に泊まるのか。私は前に泊まった1人用の部屋を思い出した。ベッドはフカフカで天井が高く、とても落ち着く部屋だった。
「へぇ、なかなかいい部屋だな」
ヴィンス様はドアを開け、中に入っていく。リビングルームのようでテーブルの上には大きなお皿にたくさんの果物が乗せられていた。ヴィンス様はソファに座り、果物を選んでいる。
左右にドアがあり、スティーブ様が開けて中を確認している。どうやらリビングルームを中心に左右にベッドルームがあるようだ。
「じゃ、今日は3人で一緒の部屋だね」
中の確認が終わるとスティーブ様がにっこりと笑顔になって、右側のドアを指差した。
「え?私もここに泊まるんですか?」
「そうだよ、ベッドは大きいから大丈夫」
「は?」
「は?って・・・。俺たちと泊まらないでどこに泊まるつもりなんだよ」
りんごを手にしたヴィンス様が心底驚いたような顔をしていた。
「ど、どこって。前にもここに泊まったことがあるんで、てっきり向こうの建物のお部屋だと・・・」
ハァァ、と大きなため息が聞こえた。スティーブ様である。
「ドナ、それは使用人用の部屋だよ」
使用人用の部屋?
「おそらく前の時はレティシア様とご一緒だったから、向こうの建物になったんだろうね。でも今は僕たちと一緒だよ」
「だいたい、なんで自分は違う建物に泊まるなんて勘違いすんだ?おかしいだろ」
え?なんでって、それこそなんで?なんで一緒の部屋に3人で泊まるの?心の中では色々と言葉が浮かぶが、実際声にならない。あまりに2人が当たり前な顔をしているので、私の方が間違っている気がしたのだ。
「僕たちはドナの婚約者候補。今から慣れてもらわないと」
「そうそう、これからひとつ屋根の下で同居するんだしな」
「えっ!」
驚く私にスティーブ様は穏やかにニコニコと微笑んでいるし、ヴィンス様はニヤニヤと笑っている。
「知らなかった?婚約者候補になったら、実際に結婚したことを想定して生活してみるんだよ」
「俺と兄上で順番に試してみるんだよ。なんたって俺たちは未来の夫になるかもしれないんだからな」
そんな話聞いたことがない。私が知らないだけでタセルではそうなのだろうか。お2人のことは嫌いではないけれど、結婚となると話は違う。いくら婚約者候補と言われても、すぐにそういう目では見られない。どうしよう。結婚を想定ってどんなことをするのだろうか。
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怒鳴り声が聞こえ私は振り返った。ドナの前でマリア様とライニール様が真っ赤な顔で仁王立ちしている。そうだった。お2人も違う馬車で一緒に来てくれているのだ。
「何も知らないドナを揶揄うだなんて!」
「お前たち、覚悟はできているんだろうな」
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「そう怒らないでくださいよ」
「ドナの反応が面白くて」
真面目なスティーブ様がそんなことをするなんて信じられない。ヴィンス様なら考えられなくはないけど、むしろ部屋はないとか言って私を慌てさせるようなことを言いそうだった。
「あんたたち、明日からはドナと違う馬車にするわね」
「えっ、それは困りますよ」
マリア様の剣幕にスティーブ様は慌てている。慌てるスティーブ様も珍しい。いつも冷静で非の打ち所がないのがスティーブ様だったからだ。こういう一面もあるのだなと私は率直に感心していた。
「全く、エスコートが聞いて呆れる」
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そう言ってマリア様は部屋に案内してくれた。ベッドが2つ並んでいる。
「私と一緒だけど大丈夫よね」
マリア様が何故か少し申し訳なさそうに言うので、私は思いっきり言いきった。
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