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ドナ
51 降ってわいた婚約話
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「ドナ、落ち着いて」
レティシア様に優しく言われるが、余計に悲しくなる。涙が止まらない。
「大丈夫よ、だからもう少し話を聞いてほしいの」
私はハンカチで目を拭うと、あらためて顔を上げた。スティーブ様とヴィンス様と目が合った。心配そうな目をしているスティーブ様がにっこりと笑ってくれる。ヴィンス様は真っ赤な顔をして目を逸らしてしまった。でも不安そうな様子が離れていても分かる。
「打診されたのは本当だが、非公式だ。私が個人的に言われただけだから」
エリック様が早口で説明する。陛下と個人的に話をする仲なのか。と、思うとレティシア様とエリック様ってすごい立場だったのだと再確認した。
「そもそも本気でドナを第三王子の婚約者にということであれば、そう簡単に決まる話ではない。タセル国だって手放すつもりはないだろう」
そう言われ、少し安心した。タセル国が私を留めてくれるかはわからないが、私の出自を考えたら簡単に王族と婚約はできないだろう。
「それで、ね」
レティシア様が笑った。何か意味があるような含みのある笑いだ。
「ドナが先に婚約してしまえばいいと思うのよ」
婚約?私と婚約してくれるなんて、そんな人がいるのだろうか。今は教授の助手をしながら刺繍を教えている。それなりに人間関係は広がってはいるが、個人的な付き合いをするような間柄の人は少ない。それに、いまだにブライアン様のような背格好の人を見かけると身体が震えることがある。
「わ、私と婚約してくださる方なんているのでしょうか」
私は素直に声に出した。
「何を言っているんだ!」
「そうよ、ドナ」
「今まで黙っていたんだが、ドナを紹介してほしいとあちこちから言われていたんだ」
「ずっとドナの負担を考えて先延ばしにしていたの」
一斉に言われ、誰が何を言っているのかわからなかった。
「ドナは今はこの国で一番有名な女性と言っていいくらいよ」
「婚約者なんてよりどりみどり状態なんだから」
何を言っているのか正直わからなかった。婚約者がよりどりみどり?そんなわけがあるはずがない。私ははっきり言って地味だ。着飾ることも最低限だし、正直そんな気もあまりない。お母様や伯母様が気遣って服やアクセサリーを揃えてくれるので、それをつけてるだけなのだ。そんな私と婚約したいという男性がいるというのか?
「でもね、これは最初からどうかなって思っていたんだけど」
そう言ってマリア様が話し出した。落ち着いた声が私を安心させる。
「スティーブかヴィンスと婚約しない?」
は?驚いて私はマリア様を凝視した。と、同時にスティーブ様とヴィンス様も視界に入る。スティーブ様はニコニコと笑っている。少し前のめりになっている気がする。ヴィンス様はやはり真っ赤な顔をして天井を見上げていた。
「元々エリオットのところに子どもがいなかったから、いずれは2人のうちどちらかを養子にするつもりだったの。でもドナを養女に迎えたから、ではどちらかと結婚してもらえないかと思ったのよ」
「タセルではよくあることなんだよ。養子の子が親戚の子と結婚するってことはね。もちろん、ドナが好きな人ができて結婚したいというのなら、家からドナをお嫁に出すことも賛成するよ」
お父様が優しい目をして私に説明してくれる。本当に私のことを考えてくれているのだとわかる。
「で、でも・・・」
婚約なんてそんな簡単なことではない。前の時もそうだった。家の存続のために生まれてすぐに婚約した姉とブライアン様。姉にもしものことが起きて破談にならないために私が誕生した。そこに私の意思は関係がなかった。今同じことがスティーブ様とヴィンス様の身に起きている。私が国に戻らなくて済むように、王子と婚約しなくて済むように、彼らは私と婚約させられてしまうのだ。
「お2人は反対・・・と思います」
私は俯き、2人の顔を見なくてすむように言った。この場で彼らが反対することはできないだろう。私なんかと婚約したら、2人の未来に傷をつけることになる。
「反対って・・・。そんな話したことないよね」
スティーブ様の声に私は顔を上げた。
「女の子を迎えるって聞いた時から、僕たちの結婚相手の候補だって認識でいたんだ」
「もちろん、お互いがうまくいかないようなら、話は無かったことにするつもりだったんだよ。結婚はイヤイヤするものでもないしね」
お父様から、結婚はイヤイヤするものではないと言ってもらえて安心した。でも同時に思った。最初から結婚相手の候補ってスティーブ様は言った。つまり向こうは私をそういう目で見ていたということなのだ。
「だから今回2人もエスコートをするって名乗りをあげたんだよ。そろそろきちんとしたほうがいいと思ってね」
単純に身近な男性だったからエスコートを引き受けてくれたわけではないのか。でもそう言われても色々と追いついていない。私は2人のことをそういうつもりで見てこなかったのだ。
「とはいえ、ドナにそのつもりがなければこの話はないことになるわ」
スティーブ様の目が少し寂しそうに見えた。ヴィンス様は相変わらず視線が合わないのでどんな表情をしているのか不明だ。でも耳が赤くなっている。
「今は婚約者候補として2人を見てくれないかな」
お父様から言われ、私は冷静に考えてみた。結婚は別にしても今の私にとって2人は一番信用できる男性である。2人を利用してしまうことになるが婚約者候補がいれば、王子との結婚話はたち消えになるだろう。
「すぐに返事はしなくていいのよ。どちらを選んでくれても構わないし、選ばなくてもいいのよ。2人も納得しているの」
スティーブ様を見ると微笑みながらうなづいている。そしてヴィンス様を見ると、ようやく私を見てくれた。真っ赤な顔をしている。
「俺と兄上以外の相手を選ぶようなら、俺が吟味して俺が納得する相手にしろ!じゃないとお前の結婚は許さねぇ」
と、早口で捲し立てられた。
「それは儂も同じだな」
「確かに」
「そのとおり」
ライニール様、伯父様、お父様がうなづき合っている。マリア様や伯母様、お母様は笑い合っている。レティシア様は少し困ったような顔で男性陣を見ながら、私に微笑んでくれた。私はいきなりの話でまだついていけず、ぼんやりと考えてしまったのだった。
レティシア様に優しく言われるが、余計に悲しくなる。涙が止まらない。
「大丈夫よ、だからもう少し話を聞いてほしいの」
私はハンカチで目を拭うと、あらためて顔を上げた。スティーブ様とヴィンス様と目が合った。心配そうな目をしているスティーブ様がにっこりと笑ってくれる。ヴィンス様は真っ赤な顔をして目を逸らしてしまった。でも不安そうな様子が離れていても分かる。
「打診されたのは本当だが、非公式だ。私が個人的に言われただけだから」
エリック様が早口で説明する。陛下と個人的に話をする仲なのか。と、思うとレティシア様とエリック様ってすごい立場だったのだと再確認した。
「そもそも本気でドナを第三王子の婚約者にということであれば、そう簡単に決まる話ではない。タセル国だって手放すつもりはないだろう」
そう言われ、少し安心した。タセル国が私を留めてくれるかはわからないが、私の出自を考えたら簡単に王族と婚約はできないだろう。
「それで、ね」
レティシア様が笑った。何か意味があるような含みのある笑いだ。
「ドナが先に婚約してしまえばいいと思うのよ」
婚約?私と婚約してくれるなんて、そんな人がいるのだろうか。今は教授の助手をしながら刺繍を教えている。それなりに人間関係は広がってはいるが、個人的な付き合いをするような間柄の人は少ない。それに、いまだにブライアン様のような背格好の人を見かけると身体が震えることがある。
「わ、私と婚約してくださる方なんているのでしょうか」
私は素直に声に出した。
「何を言っているんだ!」
「そうよ、ドナ」
「今まで黙っていたんだが、ドナを紹介してほしいとあちこちから言われていたんだ」
「ずっとドナの負担を考えて先延ばしにしていたの」
一斉に言われ、誰が何を言っているのかわからなかった。
「ドナは今はこの国で一番有名な女性と言っていいくらいよ」
「婚約者なんてよりどりみどり状態なんだから」
何を言っているのか正直わからなかった。婚約者がよりどりみどり?そんなわけがあるはずがない。私ははっきり言って地味だ。着飾ることも最低限だし、正直そんな気もあまりない。お母様や伯母様が気遣って服やアクセサリーを揃えてくれるので、それをつけてるだけなのだ。そんな私と婚約したいという男性がいるというのか?
「でもね、これは最初からどうかなって思っていたんだけど」
そう言ってマリア様が話し出した。落ち着いた声が私を安心させる。
「スティーブかヴィンスと婚約しない?」
は?驚いて私はマリア様を凝視した。と、同時にスティーブ様とヴィンス様も視界に入る。スティーブ様はニコニコと笑っている。少し前のめりになっている気がする。ヴィンス様はやはり真っ赤な顔をして天井を見上げていた。
「元々エリオットのところに子どもがいなかったから、いずれは2人のうちどちらかを養子にするつもりだったの。でもドナを養女に迎えたから、ではどちらかと結婚してもらえないかと思ったのよ」
「タセルではよくあることなんだよ。養子の子が親戚の子と結婚するってことはね。もちろん、ドナが好きな人ができて結婚したいというのなら、家からドナをお嫁に出すことも賛成するよ」
お父様が優しい目をして私に説明してくれる。本当に私のことを考えてくれているのだとわかる。
「で、でも・・・」
婚約なんてそんな簡単なことではない。前の時もそうだった。家の存続のために生まれてすぐに婚約した姉とブライアン様。姉にもしものことが起きて破談にならないために私が誕生した。そこに私の意思は関係がなかった。今同じことがスティーブ様とヴィンス様の身に起きている。私が国に戻らなくて済むように、王子と婚約しなくて済むように、彼らは私と婚約させられてしまうのだ。
「お2人は反対・・・と思います」
私は俯き、2人の顔を見なくてすむように言った。この場で彼らが反対することはできないだろう。私なんかと婚約したら、2人の未来に傷をつけることになる。
「反対って・・・。そんな話したことないよね」
スティーブ様の声に私は顔を上げた。
「女の子を迎えるって聞いた時から、僕たちの結婚相手の候補だって認識でいたんだ」
「もちろん、お互いがうまくいかないようなら、話は無かったことにするつもりだったんだよ。結婚はイヤイヤするものでもないしね」
お父様から、結婚はイヤイヤするものではないと言ってもらえて安心した。でも同時に思った。最初から結婚相手の候補ってスティーブ様は言った。つまり向こうは私をそういう目で見ていたということなのだ。
「だから今回2人もエスコートをするって名乗りをあげたんだよ。そろそろきちんとしたほうがいいと思ってね」
単純に身近な男性だったからエスコートを引き受けてくれたわけではないのか。でもそう言われても色々と追いついていない。私は2人のことをそういうつもりで見てこなかったのだ。
「とはいえ、ドナにそのつもりがなければこの話はないことになるわ」
スティーブ様の目が少し寂しそうに見えた。ヴィンス様は相変わらず視線が合わないのでどんな表情をしているのか不明だ。でも耳が赤くなっている。
「今は婚約者候補として2人を見てくれないかな」
お父様から言われ、私は冷静に考えてみた。結婚は別にしても今の私にとって2人は一番信用できる男性である。2人を利用してしまうことになるが婚約者候補がいれば、王子との結婚話はたち消えになるだろう。
「すぐに返事はしなくていいのよ。どちらを選んでくれても構わないし、選ばなくてもいいのよ。2人も納得しているの」
スティーブ様を見ると微笑みながらうなづいている。そしてヴィンス様を見ると、ようやく私を見てくれた。真っ赤な顔をしている。
「俺と兄上以外の相手を選ぶようなら、俺が吟味して俺が納得する相手にしろ!じゃないとお前の結婚は許さねぇ」
と、早口で捲し立てられた。
「それは儂も同じだな」
「確かに」
「そのとおり」
ライニール様、伯父様、お父様がうなづき合っている。マリア様や伯母様、お母様は笑い合っている。レティシア様は少し困ったような顔で男性陣を見ながら、私に微笑んでくれた。私はいきなりの話でまだついていけず、ぼんやりと考えてしまったのだった。
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