心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ドナ

49 靴を買いに

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 盛大に見送られ店を出る。そういえばヴィンス様はどうしただろうと見ると、少し離れたところにいるのが見えた。数人の女性と一緒だ。知り合いに会ったのだろうか。こちらに気づくとすぐに走ってきた。

「おい、いいこと聞いたぞ」

 ニコニコと機嫌よく笑っている。女性に囲まれて嬉しかったのだろうか。別にどうでもいいことだけどと思いつつも、何だか釈然としない。

「女が好きな店はどこか聞こうと思って、ちょうど買い物帰りの人がいたから聞いてみた」

 さっきまで一緒にいた女性たちを見ると、みんな同じ店の袋を抱えている。スファニーの袋だ。若い女性に人気のアクセサリーを扱っている店である。

「知らない女性に聞いたのか?」

 スティーブ様が驚いたように聞いている。

「そうだけど」

 ヴィンス様はそれがどうしたという感じで、軽く答えている。

「すぐ近くらしいから行ってみようぜ」

 そう言ってヴィンス様は私の手を引いて店に向かおうとした。

「ちょっと待て。どこの誰かわからない見ず知らずの女性に聞いて、それを簡単にドナに勧めていいのか?」

 スティーブ様に言われてヴィンス様は少し考えるようなそぶりを見せたが、

「とりあえず、行ってみようぜ」

と、私の手を引く。

「女性のセンスを疑うわけではないけど、ドナに相応しいお店かどうか吟味する必要があるんじゃないか?」

 スティーブ様が難しい顔で難しく言っている。
 
「スファニーはアクセサリーが主体のお店です!」

 歩き出そうとするヴィンス様に逆らい、私は叫んだ。

「へ?それが何?」

 ヴィンス様は不思議そうな顔で私を見た。大声を出したせいか、スティーブ様も不思議そうな顔で私を見ている。

「今日は靴を買いに来たんですよね」

 私ははっきりと今日の目的を言った。2人が私のエスコートの係になった。2人の身長に合わせて靴が必要なので、今日はその靴を買いに来た。それが今日の目的だ。

「では靴のお店に行かないと」

 ヴィンス様もスティーブ様も呆気に取られた顔をしている。しばらくして

「なるほど」

 と、スティーブ様が呟いた。

「つまり、ドナはスファニーには行きたくないということ?」

 冷静に、そんなふうに言われたら私は躊躇してしまう。別に行きたくないわけではない。女性に人気のスファニーのアクセサリーを見てみたいと言う気持ちはあるし。あわよくば身につけたいとも思う。でも今日はその日ではない。2人はただでさえ時間がないのだ。その2人の時間をもらっている以上、余計なことはしたくない。

「い、今は靴のお店に行きましょう」
「わかったよ、とりあえず靴のお店に行こう」

 ヴィンス様が白旗を上げてくれた。靴のお店に向かうことにする。幸いすぐ近くにお店はあるようなのですぐに向かった。

「い~らっしゃいまっせぇ~」

 そのお店には個性的な店員さんがいた。背丈はとても高く、肩幅はがっしりしている。確かに男性なのだが、口調が柔らかい。少し面食らったが、とにかく靴を買わないといけないのだ。

「あ、どぉんなお靴をお求めですかぁ~?」

 独特な口調に私は面食らったが、とにかくさっさと靴を買おうと決めている。店員さんの質問にスティーブ様が説明している。

「え?王族と謁見する可能性がある?」

 さっきまでと違い店員さんの口調が変わった。目つきが鋭くなり、様子が明らかに違う。

「お嬢様。とりあえず、こちらの靴をお履きください」

 私の足のサイズを確認すると、一足の靴を差し出された。何の変哲もないプレーンな靴だ。それを履いて鏡の前に立つ。

「パートナーの方、こちらへ」

 スティーブ様とヴィンス様が同時に私の横に立つ。

「はいはいはい、了解いたしました」

 店員さんは店の奥に引っ込むと、何足かの靴を手にして戻ってきた。どの靴も素敵な靴だ。こんな靴を自分が履くのかと思うと、何だか嬉しくなってきた。こんな靴を履けるとは思わなかったのだ。こんなに素敵な靴を履くのは私ではなく姉だったからだ。

「こちらの靴を履いて、まずはあなたと歩いてみましょう」

 店員さんがスティーブ様と歩くように指示を出す。私は店内の数メートルをスティーブ様にエスコートされて歩く。ヴィンス様が見ているので何だか照れ臭かったけど、歩いているととても歩きやすいことがわかった。

「もう一度、今度はあなたと」

 今度はヴィンス様と一緒に歩く。スティーブ様とは違うことに気づいた。スティーブ様は私に合わせてエスコートしてくださっている。でもヴィンス様は私を引っ張り誘導してくれる感じがする。それが嫌というわけではなく、安心できる感じなのだ。うまく言えないけど、どちらのエスコートも心地よいのだ。

「ふふっ、よくわかりましたぁ」

 店員さんがイタズラっぽく笑った。先程までどこか張り詰めていたような気がしたのだが、今は最初の砕けた感じになっている。

「あなたがエスコートするなら、こういった靴がいいですよぉ」

 と、店員さんがスティーブ様に説明している。スティーブ様はそれを真剣に聞き、靴を手に取ったりしていた。

「あなたなら、こっちでぇす」

 ヴィンス様に勧めた靴はデザイン性の高い感じのものだ。歩きにくいのではと思ったが、

「大丈夫ですよぉ。安心して履いてみてくださいぃ」

と、言われたので履いてみる。履いた瞬間は失敗した、と思ったがヴィンス様にエスコートされたらそんなことはなかった。むしろ歩きやすい気さえする。

「どうですかぁ」

 店員さんの声にスティーブ様が振り返った。

「色違いで3足頂こう」

 え?そんなにいる?

「俺は4足もらおうか」

 は?ヴィンス様まで?

「僕ももう1足頂こう。全部で8足あれば、向こうでは問題ないだろう」
「そ、そんなにいらないですよ」

 1足ずつ、計2足で十分だ。私が説明すると2人は勢いよく否定した。

「何言っているんだ。1日1足ってわけにいかないだろう?」
「俺たちの威信にもかかわるんだ」

 何言っているんだろう。2人の言っていることがよく分からなくなってきた。

「お嬢様、エスコートする男性が買ってくれるって言うんだから、素直に甘えなくちゃダメですよぉ」

 そういうものなのか。何だか申し訳ないけど、素直に買って頂くことにしよう。私はにっこり笑ってお礼を言おうと2人を見た。するとスティーブ様は顔を押さえて天を仰ぎ、ヴィンス様は後ろを向いて震えていた。

「お嬢様、小悪魔なのねぇ」

 店員さんに言われるが何のことか分からず、私は2人がこっちを向いてくれるまで待つことにしたのだった。
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