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ドナ
44 ヴィンス様と出かける
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翌日、ヴィンス様が迎えに来てくださった。約束通り、靴を買いに行くのだ。何も2人で買いに行かなくてもいいと思う。私の買い物なのだから私1人で行けばいいだけだ。しかしそうではないとお父様にもお母様にも言われる。エスコートの相手と歩調を合わせるためにも、試し履きをして一緒に歩くことは必要なことなのだと言う。
そう言われれば、そういうものなのかと思い私は納得した。考えてみれば、男性のエスコートが必要な場に行くのは初めてだ。初めての相手がヴィンス様なのは悪いことではない。兄のような存在だし、気をつかう相手でもないからだ。
今日は私用で出かけるのでいつもの騎士の制服ではない。私服のヴィンス様は白いシャツに黒いズボンで、ハッキリ言えば地味である。しかし何でもないシャツなのに鍛えられた身体のせいか、すごくオシャレに見える。
「じゃあ、行くか」
そう言って、馬車に乗る前にヴィンス様が手を差し伸べてくれた。一瞬何かと思いぼんやりとその手を見つめてしまう。ヴィンス様は騎士だ。毎日訓練をしているので手は分厚くゴツゴツした印象。大きくて太い指だが、頼もしくもある。
「お前何見てんだよ」
私が何もせずにぼんやりしているので、ヴィンス様は少し大きな声を出した。思わず肩がビクっと震えてしまう。
「あ、ごめん・・・」
ヴィンス様は慌てたようにすぐに謝ってくれた。私が時々男性に対して不安げな表情をしたり、怯えた様子をすることに気づいているのだ。もう過去のことだと分かっているのに、いまだにブライアン様のことを思い出して怯えてしまうことがある。特に似たような男性を見ると動悸がする。幸い、ヴィンス様もスティーブ様もブライアン様にはあまり似ていないので怖いと思うことはない。
私はヴィンス様を安心させるように笑顔を向けた。ヴィンス様の顔が赤くなっているように見える。気のせいだと思いながら、ヴィンス様の手に自分の手を重ねた。ヴィンス様の手の暖かさが伝わってくる。そして私たちは馬車に乗り、向かい合わせに座った。
「まずはルヴィトへ行くか」
ヴィンス様がサラリと言う。その言葉に私は驚いて目を剥いた。ルヴィトは高級な店なのだ。
「え?」
私の反応にヴィンス様のほうが驚いた顔をした。
「なんだ、ガッジ派か?」
ガッジも高級な店だ。どちらも若い女性の憧れの店だ。男性にどちらかの店の商品を買ってもらうことは、若い女性にとっては一種のステイタスのようなものだ。
「い、いえ。もう少し別のお店でも・・・」
私は小さな声で言う。ルヴィトもガッジも気楽に行っていい店ではない。値段もそうなのだが、男女で一緒に行くということは特別な仲という証明でもあるのだ。つまりは婚約しているか結婚していると思われてしまう。関係のない私たちが行くべきではないのだ。
私はどう言おうか考えていた。おそらくヴィンス様は何もわからず言っただけなのだろう。彼は子どもの頃から騎士になるためだけに身体を鍛えてきた。それしかしてこなかったと言える。そんな彼の口からルヴィトやガッジの名前が出たことは驚きだった。知ってたのかと感心したくらいだ。だから何も知らずに言っただけなのだろう。
「女はルヴィトやガッジが好きなんだろ?」
私がはっきり答えないので業を煮やしたのか、ヴィンス様は頭をガシガシと掻きながら言った。
「わ、私はそれほどでもありませんので。もう少し歩きやすい靴のほうが・・・」
実際、どちらの店の靴も歩きやすくはない。お母様やヴィンス様のお母様でもあるイザベラ伯母様も歩きにくい靴と言っていた。でもわざわざ歩きにくい靴を履くのもパートナーのためだと言う。完璧なエスコートをさせるために、女性は身を削るものなのだ。と、お母様と伯母様に力説された。淑女の嗜みの一つと覚えておきなさいと釘を刺されたのだが、私はそんなことしたいとは思えなかった。淑女なんて、私には無縁なものだと思っている。
しかし、今目の前のヴィンス様にそんなことは通用しそうもなかった。ヴィンス様は少し目を細め、私のことをただ見ている。
「歩きやすい靴ねぇ・・・」
何やら不穏な雰囲気になった。ヴィンス様の眉間に深い皺が誕生している。これは機嫌の良くない証拠だ。
「お前、俺がエスコートできないと思ってないか?」
「え?」
そんなことはない。実際にエスコートされた経験がないので言い切れはしないけど、日頃鍛えている方なのできっと完璧なエスコートをしてくださるだろう。それに、ヴィンス様は人気がある。騎士の中でもダントツに女性ファンが多い。何度か模擬試合で優秀な成績を収めているし、ルックスも恵まれている。ヴィンス様にエスコートされるなんて他の女性なら天にも昇る気持ちであろう。むしろ、私なんかをエスコートするヴィンス様に申し訳ないと思っている。
「いいか、エスコートは簡単なもんじゃねえんだ。女が困難な状況に身を置いたなら、それを華麗に助けるのが男ってもんだ。女が色々努力している最中、男は遊んでいるんじゃねぇ。女を守るために尽力しているのが男ってもんだ」
何故かヴィンス様の男論が始まった。要するに、歩きやすい靴を選んだ時点で相手を侮辱しているに等しいらしい。任せられる相手ではない、と言っているようなものだという。それが一般の話なのかわからないが、ヴィンス様に逆らうと面倒だなと思った。
「で、では。他の店も見てからでもいいでしょうか」
ルヴィトとガッジは最終手段にしよう。もし何も知らないヴィンス様があの店に行ってしまったら、余計な誤解が生まれることになる。嘘でもヴィンス様のお相手が私、なんてことがファンの人に知られたらとんでもないことになるからだ。
「よし、分かった。靴屋を全て見ることにしよう」
靴屋って幾つあるのだろうか。1日で終わるのだろうか。と、私は色々と考えてしまった。しかしヴィンス様とルヴィトやガッジに行くわけにはいかない。なんとか別の店で良いものがあればいいな、と私は心の中で祈るのだった。
そう言われれば、そういうものなのかと思い私は納得した。考えてみれば、男性のエスコートが必要な場に行くのは初めてだ。初めての相手がヴィンス様なのは悪いことではない。兄のような存在だし、気をつかう相手でもないからだ。
今日は私用で出かけるのでいつもの騎士の制服ではない。私服のヴィンス様は白いシャツに黒いズボンで、ハッキリ言えば地味である。しかし何でもないシャツなのに鍛えられた身体のせいか、すごくオシャレに見える。
「じゃあ、行くか」
そう言って、馬車に乗る前にヴィンス様が手を差し伸べてくれた。一瞬何かと思いぼんやりとその手を見つめてしまう。ヴィンス様は騎士だ。毎日訓練をしているので手は分厚くゴツゴツした印象。大きくて太い指だが、頼もしくもある。
「お前何見てんだよ」
私が何もせずにぼんやりしているので、ヴィンス様は少し大きな声を出した。思わず肩がビクっと震えてしまう。
「あ、ごめん・・・」
ヴィンス様は慌てたようにすぐに謝ってくれた。私が時々男性に対して不安げな表情をしたり、怯えた様子をすることに気づいているのだ。もう過去のことだと分かっているのに、いまだにブライアン様のことを思い出して怯えてしまうことがある。特に似たような男性を見ると動悸がする。幸い、ヴィンス様もスティーブ様もブライアン様にはあまり似ていないので怖いと思うことはない。
私はヴィンス様を安心させるように笑顔を向けた。ヴィンス様の顔が赤くなっているように見える。気のせいだと思いながら、ヴィンス様の手に自分の手を重ねた。ヴィンス様の手の暖かさが伝わってくる。そして私たちは馬車に乗り、向かい合わせに座った。
「まずはルヴィトへ行くか」
ヴィンス様がサラリと言う。その言葉に私は驚いて目を剥いた。ルヴィトは高級な店なのだ。
「え?」
私の反応にヴィンス様のほうが驚いた顔をした。
「なんだ、ガッジ派か?」
ガッジも高級な店だ。どちらも若い女性の憧れの店だ。男性にどちらかの店の商品を買ってもらうことは、若い女性にとっては一種のステイタスのようなものだ。
「い、いえ。もう少し別のお店でも・・・」
私は小さな声で言う。ルヴィトもガッジも気楽に行っていい店ではない。値段もそうなのだが、男女で一緒に行くということは特別な仲という証明でもあるのだ。つまりは婚約しているか結婚していると思われてしまう。関係のない私たちが行くべきではないのだ。
私はどう言おうか考えていた。おそらくヴィンス様は何もわからず言っただけなのだろう。彼は子どもの頃から騎士になるためだけに身体を鍛えてきた。それしかしてこなかったと言える。そんな彼の口からルヴィトやガッジの名前が出たことは驚きだった。知ってたのかと感心したくらいだ。だから何も知らずに言っただけなのだろう。
「女はルヴィトやガッジが好きなんだろ?」
私がはっきり答えないので業を煮やしたのか、ヴィンス様は頭をガシガシと掻きながら言った。
「わ、私はそれほどでもありませんので。もう少し歩きやすい靴のほうが・・・」
実際、どちらの店の靴も歩きやすくはない。お母様やヴィンス様のお母様でもあるイザベラ伯母様も歩きにくい靴と言っていた。でもわざわざ歩きにくい靴を履くのもパートナーのためだと言う。完璧なエスコートをさせるために、女性は身を削るものなのだ。と、お母様と伯母様に力説された。淑女の嗜みの一つと覚えておきなさいと釘を刺されたのだが、私はそんなことしたいとは思えなかった。淑女なんて、私には無縁なものだと思っている。
しかし、今目の前のヴィンス様にそんなことは通用しそうもなかった。ヴィンス様は少し目を細め、私のことをただ見ている。
「歩きやすい靴ねぇ・・・」
何やら不穏な雰囲気になった。ヴィンス様の眉間に深い皺が誕生している。これは機嫌の良くない証拠だ。
「お前、俺がエスコートできないと思ってないか?」
「え?」
そんなことはない。実際にエスコートされた経験がないので言い切れはしないけど、日頃鍛えている方なのできっと完璧なエスコートをしてくださるだろう。それに、ヴィンス様は人気がある。騎士の中でもダントツに女性ファンが多い。何度か模擬試合で優秀な成績を収めているし、ルックスも恵まれている。ヴィンス様にエスコートされるなんて他の女性なら天にも昇る気持ちであろう。むしろ、私なんかをエスコートするヴィンス様に申し訳ないと思っている。
「いいか、エスコートは簡単なもんじゃねえんだ。女が困難な状況に身を置いたなら、それを華麗に助けるのが男ってもんだ。女が色々努力している最中、男は遊んでいるんじゃねぇ。女を守るために尽力しているのが男ってもんだ」
何故かヴィンス様の男論が始まった。要するに、歩きやすい靴を選んだ時点で相手を侮辱しているに等しいらしい。任せられる相手ではない、と言っているようなものだという。それが一般の話なのかわからないが、ヴィンス様に逆らうと面倒だなと思った。
「で、では。他の店も見てからでもいいでしょうか」
ルヴィトとガッジは最終手段にしよう。もし何も知らないヴィンス様があの店に行ってしまったら、余計な誤解が生まれることになる。嘘でもヴィンス様のお相手が私、なんてことがファンの人に知られたらとんでもないことになるからだ。
「よし、分かった。靴屋を全て見ることにしよう」
靴屋って幾つあるのだろうか。1日で終わるのだろうか。と、私は色々と考えてしまった。しかしヴィンス様とルヴィトやガッジに行くわけにはいかない。なんとか別の店で良いものがあればいいな、と私は心の中で祈るのだった。
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