心の中にあなたはいない

ゆーぞー

文字の大きさ
上 下
44 / 69
ドナ

44 ヴィンス様と出かける

しおりを挟む
 翌日、ヴィンス様が迎えに来てくださった。約束通り、靴を買いに行くのだ。何も2人で買いに行かなくてもいいと思う。私の買い物なのだから私1人で行けばいいだけだ。しかしそうではないとお父様にもお母様にも言われる。エスコートの相手と歩調を合わせるためにも、試し履きをして一緒に歩くことは必要なことなのだと言う。

 そう言われれば、そういうものなのかと思い私は納得した。考えてみれば、男性のエスコートが必要な場に行くのは初めてだ。初めての相手がヴィンス様なのは悪いことではない。兄のような存在だし、気をつかう相手でもないからだ。

 今日は私用で出かけるのでいつもの騎士の制服ではない。私服のヴィンス様は白いシャツに黒いズボンで、ハッキリ言えば地味である。しかし何でもないシャツなのに鍛えられた身体のせいか、すごくオシャレに見える。

「じゃあ、行くか」 

 そう言って、馬車に乗る前にヴィンス様が手を差し伸べてくれた。一瞬何かと思いぼんやりとその手を見つめてしまう。ヴィンス様は騎士だ。毎日訓練をしているので手は分厚くゴツゴツした印象。大きくて太い指だが、頼もしくもある。

「お前何見てんだよ」

 私が何もせずにぼんやりしているので、ヴィンス様は少し大きな声を出した。思わず肩がビクっと震えてしまう。

「あ、ごめん・・・」

 ヴィンス様は慌てたようにすぐに謝ってくれた。私が時々男性に対して不安げな表情をしたり、怯えた様子をすることに気づいているのだ。もう過去のことだと分かっているのに、いまだにブライアン様のことを思い出して怯えてしまうことがある。特に似たような男性を見ると動悸がする。幸い、ヴィンス様もスティーブ様もブライアン様にはあまり似ていないので怖いと思うことはない。

 私はヴィンス様を安心させるように笑顔を向けた。ヴィンス様の顔が赤くなっているように見える。気のせいだと思いながら、ヴィンス様の手に自分の手を重ねた。ヴィンス様の手の暖かさが伝わってくる。そして私たちは馬車に乗り、向かい合わせに座った。

「まずはルヴィトへ行くか」

 ヴィンス様がサラリと言う。その言葉に私は驚いて目を剥いた。ルヴィトは高級な店なのだ。

「え?」

 私の反応にヴィンス様のほうが驚いた顔をした。

「なんだ、ガッジ派か?」

 ガッジも高級な店だ。どちらも若い女性の憧れの店だ。男性にどちらかの店の商品を買ってもらうことは、若い女性にとっては一種のステイタスのようなものだ。

「い、いえ。もう少し別のお店でも・・・」

 私は小さな声で言う。ルヴィトもガッジも気楽に行っていい店ではない。値段もそうなのだが、男女で一緒に行くということは特別な仲という証明でもあるのだ。つまりは婚約しているか結婚していると思われてしまう。関係のない私たちが行くべきではないのだ。

 私はどう言おうか考えていた。おそらくヴィンス様は何もわからず言っただけなのだろう。彼は子どもの頃から騎士になるためだけに身体を鍛えてきた。それしかしてこなかったと言える。そんな彼の口からルヴィトやガッジの名前が出たことは驚きだった。知ってたのかと感心したくらいだ。だから何も知らずに言っただけなのだろう。

「女はルヴィトやガッジが好きなんだろ?」

 私がはっきり答えないので業を煮やしたのか、ヴィンス様は頭をガシガシと掻きながら言った。

「わ、私はそれほどでもありませんので。もう少し歩きやすい靴のほうが・・・」

 実際、どちらの店の靴も歩きやすくはない。お母様やヴィンス様のお母様でもあるイザベラ伯母様も歩きにくい靴と言っていた。でもわざわざ歩きにくい靴を履くのもパートナーのためだと言う。完璧なエスコートをさせるために、女性は身を削るものなのだ。と、お母様と伯母様に力説された。淑女の嗜みの一つと覚えておきなさいと釘を刺されたのだが、私はそんなことしたいとは思えなかった。淑女なんて、私には無縁なものだと思っている。

 しかし、今目の前のヴィンス様にそんなことは通用しそうもなかった。ヴィンス様は少し目を細め、私のことをただ見ている。

「歩きやすい靴ねぇ・・・」

 何やら不穏な雰囲気になった。ヴィンス様の眉間に深い皺が誕生している。これは機嫌の良くない証拠だ。

「お前、俺がエスコートできないと思ってないか?」
「え?」

 そんなことはない。実際にエスコートされた経験がないので言い切れはしないけど、日頃鍛えている方なのできっと完璧なエスコートをしてくださるだろう。それに、ヴィンス様は人気がある。騎士の中でもダントツに女性ファンが多い。何度か模擬試合で優秀な成績を収めているし、ルックスも恵まれている。ヴィンス様にエスコートされるなんて他の女性なら天にも昇る気持ちであろう。むしろ、私なんかをエスコートするヴィンス様に申し訳ないと思っている。

「いいか、エスコートは簡単なもんじゃねえんだ。女が困難な状況に身を置いたなら、それを華麗に助けるのが男ってもんだ。女が色々努力している最中、男は遊んでいるんじゃねぇ。女を守るために尽力しているのが男ってもんだ」

 何故かヴィンス様の男論が始まった。要するに、歩きやすい靴を選んだ時点で相手を侮辱しているに等しいらしい。任せられる相手ではない、と言っているようなものだという。それが一般の話なのかわからないが、ヴィンス様に逆らうと面倒だなと思った。

「で、では。他の店も見てからでもいいでしょうか」

 ルヴィトとガッジは最終手段にしよう。もし何も知らないヴィンス様があの店に行ってしまったら、余計な誤解が生まれることになる。嘘でもヴィンス様のお相手が私、なんてことがファンの人に知られたらとんでもないことになるからだ。

「よし、分かった。靴屋を全て見ることにしよう」

 靴屋って幾つあるのだろうか。1日で終わるのだろうか。と、私は色々と考えてしまった。しかしヴィンス様とルヴィトやガッジに行くわけにはいかない。なんとか別の店で良いものがあればいいな、と私は心の中で祈るのだった。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...