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ドナ
42 家族の末路
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その後ロゼルス家は両親が病気のため引退を宣言し、養子になったピートが当主となったという。あの両親が病気になるとは思えなかったが、姉のことで心労が重なったそうだ。やはり両親は姉が大事だったのだと確認できた。
私がいなくなって、彼らはどう思っただろうか。探そうとしたのだろうか。今さらながらそんなことを考えてみたが、何となくそんなことはなかったように思った。私を見つけ出すことよりも姉をどうにかしてブライアン様と結婚させようとしただろう。私がいなくても姉さえ結婚させれば良かったのだ。前の時と違って姉は刺繍も翻訳もないからただの穀潰しでしかないわけだが、そんなことはどうでもいい話だ。
前の時、ピートが当主になったのはいつだったのだろうか。私には知らされていなかったからよくわからないが、こんなに早くはなかったと思う。ケイラやアダムが誕生した時、両親はラガン家にやってきてバカみたいな声で姉を褒めていた。その時はまだ健在だったわけだから、ずいぶんと早い引退になってしまった。以前とは何もかもが変わったということだろうか。
当主の代替わりの際には審査が行われる。他に当主となるべき人間がいないか、財産の状態はどうかなどいろいろと調べられるのだ。記録上ではロゼルス家では姉以外の子どもはいないことになっていた。そのことを聞いたピートは驚愕し、もう1人娘がいたと証言した。しかし記録にないため、ピートが可愛がられている使用人を家族だと勘違いしたのだろうという結論になった。
「君の家族を悪くいうのは申し訳ないと重々承知している。しかし言いづらいことだが、ロゼルス家は少し他と違う考えを持っている家柄だったんだよ」
エリック様が何とか遠回しに伝えようとして下さっている。はっきりと言えば、我が家は変わっていて付き合いづらいおかしな家だったのだろう。
「もう関係ない家のことです。正直に言っていただいて構いません。だから私も逃げ出したのですから」
私はエリック様に向かい、ニッコリと笑った。エリック様が苦笑されているが、私は構わなかった。自分の家の話と思えば恥ずかしいが、今はもう違うのだと割り切っていた。
「我が国には古くから派閥というものが貴族の中ではあってね」
ロゼルス家やラガン家とエリック様の家は違う派閥だ。同じ派閥の家の家紋を刺繍させられていたから分かっていた。あの刺繍でおそらく派閥の繋がりを強固にしていたのだ。刺繍を配ることでブライアン様は派閥のトップに君臨している、とメイドたちが噂しているのを聞いたことがある。
「私とは違う派閥なのだが、君の家の派閥は昔から仲間意識が強くて排他的だったんだ。自分たち以外は認めない、中には国にとって必要ないと言い出す人間もいたくらいでね。特にロゼルス家はその筆頭だったんだ」
エリック様は言葉を選んでいるのだが、苦々しそうな口元は隠せずにいた。申し訳なさそうな素振りはあるのだが、いろいろと思うところがあったのだと思う。それでも何とか紳士的な対応を続けて下さっている。
「ロゼルス家で使用人を家族のように可愛がるとは思えなかったんだ。自分たちだけが偉いと言わんばかりで、使用人の扱いがひどいと評判だったからね」
そんな評判が立っていたとは知らなかった。でも確かに使用人への対応は良いものではなかった。当時はそんなものだと思っていたが、タセル国に来たらそれは間違いとわかったのだ。ここでは全ての人に敬意を持って接するのが当たり前なのだ。
「ドナが最初に着ていたドレスはロゼルス家で注文したものということは判明していたの。だからドナはロゼルス家の関係者だろうと思ったわ。でも調べたらロゼルス家に娘は1人しかいないとわかった。それでね・・・」
「新しい名前や身分を渡すには、どこの誰かわからないとできない。どうして新しい身分が必要かも吟味しないと誰でも別人になって必要な責任を放棄してしまうことになる。本来ならもっと時間がかかるはずだった。でもドナは満足に食事も与えてもらえなかったようだし、何もしないでロゼルス家に帰してしまったら大変なことになると想像できた。だからドナの正体を探るのは後回しにして、先に新しい身分を与えたんだよ」
レティシア様の目が不安げに揺らいでいた。私が知らなかっただけで、いろいろと大変なことがあったのだ。それを思うとあの時逃げ出して、そしてレティシア様に巡り会えて本当に良かったと思う。もし今ここにいなければどうなっていたか、想像するとゾッとする。
「今は派閥なども緩和されているんだ。前までは違う派閥の人間とは話してはいけないとまで言う人間がいたが、そんなことはなくなった。それは何故かわかるかな?」
突然聞かれて私は何も答えられなかった。祖父は、違う派閥の人間はおかしな噂を社交界で言いふらすつもりでいるから、口を聞いてはいけないと言っていた。時には、話すだけではなく目が合うだけで因縁をつける奴もいるとか、年頃の娘をたぶらかして山奥に連れて行くとまで言われた。何を思ってそこまで言っていたのかわからないが、他の派閥を敵視していたことはわかる。
「ドナの翻訳した本だよ」
「え?」
「あの本を読む人が増えて、お互い感想を言い合うようになったんだ。それがきっかけになって派閥の垣根が取り外されるようになったんだよ」
エリック様は興奮したように話されている。目をキラキラと輝かせているのだが、私としてはそれがどうしたという気持ちだ。
「ドナはどれだけのことをしたか分かっていないみたいだが、これはすごいことなんだ。誇るべきことだよ」
実感が沸かないけどそういうものなのか、と私はエリック様を見ていた。見るとレティシア様も笑顔なので釣られて笑った。何だかよくわからないけど、祖父が守ろうとしていたものを壊したのだということは理解した。そのことはとても良いことだと思った。
私がいなくなって、彼らはどう思っただろうか。探そうとしたのだろうか。今さらながらそんなことを考えてみたが、何となくそんなことはなかったように思った。私を見つけ出すことよりも姉をどうにかしてブライアン様と結婚させようとしただろう。私がいなくても姉さえ結婚させれば良かったのだ。前の時と違って姉は刺繍も翻訳もないからただの穀潰しでしかないわけだが、そんなことはどうでもいい話だ。
前の時、ピートが当主になったのはいつだったのだろうか。私には知らされていなかったからよくわからないが、こんなに早くはなかったと思う。ケイラやアダムが誕生した時、両親はラガン家にやってきてバカみたいな声で姉を褒めていた。その時はまだ健在だったわけだから、ずいぶんと早い引退になってしまった。以前とは何もかもが変わったということだろうか。
当主の代替わりの際には審査が行われる。他に当主となるべき人間がいないか、財産の状態はどうかなどいろいろと調べられるのだ。記録上ではロゼルス家では姉以外の子どもはいないことになっていた。そのことを聞いたピートは驚愕し、もう1人娘がいたと証言した。しかし記録にないため、ピートが可愛がられている使用人を家族だと勘違いしたのだろうという結論になった。
「君の家族を悪くいうのは申し訳ないと重々承知している。しかし言いづらいことだが、ロゼルス家は少し他と違う考えを持っている家柄だったんだよ」
エリック様が何とか遠回しに伝えようとして下さっている。はっきりと言えば、我が家は変わっていて付き合いづらいおかしな家だったのだろう。
「もう関係ない家のことです。正直に言っていただいて構いません。だから私も逃げ出したのですから」
私はエリック様に向かい、ニッコリと笑った。エリック様が苦笑されているが、私は構わなかった。自分の家の話と思えば恥ずかしいが、今はもう違うのだと割り切っていた。
「我が国には古くから派閥というものが貴族の中ではあってね」
ロゼルス家やラガン家とエリック様の家は違う派閥だ。同じ派閥の家の家紋を刺繍させられていたから分かっていた。あの刺繍でおそらく派閥の繋がりを強固にしていたのだ。刺繍を配ることでブライアン様は派閥のトップに君臨している、とメイドたちが噂しているのを聞いたことがある。
「私とは違う派閥なのだが、君の家の派閥は昔から仲間意識が強くて排他的だったんだ。自分たち以外は認めない、中には国にとって必要ないと言い出す人間もいたくらいでね。特にロゼルス家はその筆頭だったんだ」
エリック様は言葉を選んでいるのだが、苦々しそうな口元は隠せずにいた。申し訳なさそうな素振りはあるのだが、いろいろと思うところがあったのだと思う。それでも何とか紳士的な対応を続けて下さっている。
「ロゼルス家で使用人を家族のように可愛がるとは思えなかったんだ。自分たちだけが偉いと言わんばかりで、使用人の扱いがひどいと評判だったからね」
そんな評判が立っていたとは知らなかった。でも確かに使用人への対応は良いものではなかった。当時はそんなものだと思っていたが、タセル国に来たらそれは間違いとわかったのだ。ここでは全ての人に敬意を持って接するのが当たり前なのだ。
「ドナが最初に着ていたドレスはロゼルス家で注文したものということは判明していたの。だからドナはロゼルス家の関係者だろうと思ったわ。でも調べたらロゼルス家に娘は1人しかいないとわかった。それでね・・・」
「新しい名前や身分を渡すには、どこの誰かわからないとできない。どうして新しい身分が必要かも吟味しないと誰でも別人になって必要な責任を放棄してしまうことになる。本来ならもっと時間がかかるはずだった。でもドナは満足に食事も与えてもらえなかったようだし、何もしないでロゼルス家に帰してしまったら大変なことになると想像できた。だからドナの正体を探るのは後回しにして、先に新しい身分を与えたんだよ」
レティシア様の目が不安げに揺らいでいた。私が知らなかっただけで、いろいろと大変なことがあったのだ。それを思うとあの時逃げ出して、そしてレティシア様に巡り会えて本当に良かったと思う。もし今ここにいなければどうなっていたか、想像するとゾッとする。
「今は派閥なども緩和されているんだ。前までは違う派閥の人間とは話してはいけないとまで言う人間がいたが、そんなことはなくなった。それは何故かわかるかな?」
突然聞かれて私は何も答えられなかった。祖父は、違う派閥の人間はおかしな噂を社交界で言いふらすつもりでいるから、口を聞いてはいけないと言っていた。時には、話すだけではなく目が合うだけで因縁をつける奴もいるとか、年頃の娘をたぶらかして山奥に連れて行くとまで言われた。何を思ってそこまで言っていたのかわからないが、他の派閥を敵視していたことはわかる。
「ドナの翻訳した本だよ」
「え?」
「あの本を読む人が増えて、お互い感想を言い合うようになったんだ。それがきっかけになって派閥の垣根が取り外されるようになったんだよ」
エリック様は興奮したように話されている。目をキラキラと輝かせているのだが、私としてはそれがどうしたという気持ちだ。
「ドナはどれだけのことをしたか分かっていないみたいだが、これはすごいことなんだ。誇るべきことだよ」
実感が沸かないけどそういうものなのか、と私はエリック様を見ていた。見るとレティシア様も笑顔なので釣られて笑った。何だかよくわからないけど、祖父が守ろうとしていたものを壊したのだということは理解した。そのことはとても良いことだと思った。
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