心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ロゼルス家

37 真実を知った今

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 僕とアリー、アニーは異母きょうだいだった。アニーと僕の母はそれぞれ違うが、父は同じである。あれは義父ではなく本当の父だった。教えられても僕としては彼は義父のままだった。

 男である僕が生まれたなら後継者として残してもよかったのではないかと思ったが、義母が激しく抵抗したそうだ。当時からずっと勤めている使用人のザックが僕に教えてくれた。

 娘を欲した義父は手当たり次第にメイドに手を出し、何人かが妊娠した。そのことを知った義母は鬼のようになり、メイドたちに暴力や暴言を繰り返した。病弱なアリーを産んだ義母では、次の妊娠は望めないという爺様たちの考えがあったそうだ。そのこともあったため、義母は毎日メイドたちに当たり散らした。

 さすがに義父も対策を考え、妊娠したメイドたちは別邸で働かせることにした。メイドの仕事を続けさせていたのだ。自分たちの勝手な思惑で妊娠させ、休ませることなくメイドたちは働かせていた。

 まともに生まれなかった子もいたと聞く。僕は男だったので手放されたが、アニーは女だったので手元に置かれた。アニーを産んだメイドはアニーを出産後すぐに息を引き取ったそうだ。アリーはアニーがメイドが産んだ子であることを知っていた。だからあんなに虐げていたのだ。

 この家で何をすればいいのだ。僕は何も考えられなかった。ここから出ていきたい。そう思った。どこか遠くへ行って一から人生を作り直したい。現実的ではないが、僕はそう考えていた。大都市に出れば僕でもできる仕事があるだろう。荷物をまとめ、この家を出て行こう。

「こちらにピート様が戻られ、私は安堵いたしました」

 話をしてくれたザックが恭しく僕に挨拶をする。その仕草が嘘くさくて僕は辟易していた。僕はこの家の後継者かもしれないが、こんな家継ぐ必要はない。今すぐなくなってしまえばいいのだ。

「このままロゼルス家を盛り立ててください」

 ザックは何故か熱い視線で僕の手を取った。僕は驚いて手を引っ込めようとしたが、彼は意外にも力強くしっかりと僕の手を握っている。だいたい、そんなことを言われても僕にはそのつもりはないのだ。そんな義理もないし、そもそも盛り立てる力もない。この家はおそらくこのまま没落していくだろうし、そうすることが望ましいのだ。

 しかしザックは僕の手を握ったまま話し出した。その手の熱さに僕は動けなかった。

「私の家は代々ロゼルス家に仕えておりました。私の妹もメイドで勤めておりました」

 ザックはそう言って目を伏せた。身体中が震えている。メイド、という言葉に僕の心臓が締め付けられた。この人も犠牲になったのか。それなのにこの家に今も仕えている。どんな気持ちでいたのだろうか。

「あの時、男児を出産し、自分で育てたいと願っておりましたが、生まれた子どもはすぐに取り上げられどこかの家へ養子に出されました。私たちに何の断りもなくです」

 僕は黙ってザックを見た。目を真っ赤にした彼も僕を見返していた。

「妹は失意のまま・・・」

 そのまま彼は黙りしばらくの間何も言わなかった。僕もただ彼を見ていた。彼は初めて僕がこの家に来た時に僕を貴族の家の子として扱ってくれた。アリーは僕を無下に扱いそれに追従したメイドたちも、後継者で迎えられたはずの僕をぞんざいに扱った。彼は僕を見てどう思ったのだろう。

「私の主人はピート様です」

 ようやく絞り出した言葉に僕は握られていた手を握り返した。思いのほか手に力が入ってしまったが、緩めることはできなかった。



 そうして僕はアリーと名ばかりの結婚をした。アリーはもう人前には出せなくなっていた。ずっと薬で眠らされている。メイドたちは陰で眠り姫などと呼んでいる。大人しく眠っていればいいのだが、時々目覚めて訳のわからない状態になる。

 薬がだんだんと効かなくなってきたので、義父母はもっと強い薬を出せと医者に言った。医者はこれ以上薬を使うとアリーが危険だと言う。

「危険?これ以上危険なことなどないだろう」

 義父の激昂した声を医者はどう受け止めたのだろうか。

 その日の夜、僕は庭にいた。眠れない夜、僕は時々庭を散策したりして過ごしていた。月明かりで庭はぼんやりと明るい。ふと気づくと少し先に誰かがいるのが見えた。白い服を着ている。

 近づくと女だった。長い髪は手入れが行き届かず、ボサボサなままだった。顔は青白くカサついていた。痩せ衰えて手足は細く棒のようで、目は虚になってガラス玉のようにも見えた。

 アリーだった。

 久しぶりに見るアリーはまるで老婆の幽霊のようで僕はゾッとした。

「ブライアン様はどうして来られないのかしら」

 アリーは蚊の鳴くような声で言った。

「だから新しいドレスを買ってもらえないのね」

 誰に言っているつもりなのか、アリーは虚な目のまま言い続けた。

「アニーはどこへ行ったの?刺繍もしないで」

 アニーのことは覚えているんだ、と僕は感心した。アリーの世界ではブライアンとアニーしかいないのではないか。僕はぼんやりとアリーの言葉を聞いていた。

「新しいドレスを買ってもらったら、この前のドレスはアニーにあげなくちゃいけないわね。リボンとフリルを切り裂いてやらなきゃ」
「メイド以下のアニーにはそれがお似合いだわ。下劣な生まれのくせにどうして私のそばでどんなつもりかしら」

 アリーは時々歪んだ笑みを浮かべる。その顔を見ていると吐き気がした。メイド以下?メイドを何だと思っているんだ?メイドがお前の世話をしているんだ。メイドがいなければお前は生きていられないのだぞ。

 そんなことを言ってやってもアリーにはもう理解できないだろう。

「このままでは風邪をひきます。送っていきますよ」

 僕は笑顔を作って手を差し出した。目の前にいるのは、僕の異母姉であり僕の妻だ。アリーは僕の声に反応したのか、少し顔を動かした。そうして僕は彼女の手を取った。初めてのエスコート。彼女は素直に従う。

 僕たちは歩き出した。月が雲に隠れて一気に暗くなった。

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