心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ロゼルス家

36 悪いのは誰

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 少々時間がかかったが、義父母がやってきた。その姿を見て医者は絶句した。二人とも顔色が悪く痩せ衰えている。義父はふらつきながら何とか自力で歩いているが、義母はメイドに両腕を支えられていた。

 医者は明らかに動揺し、目を伏せた。

「アリーが病気だと・・・」

 義父がか細い声で医者に尋ねた。

「は、はい」

 医者は僕の方をチラリと見た。僕を見ても僕は何も答えられない。

「アリー嬢のことは彼に全てお話しておきましょう」

 医者は諦めたように首を振った。最初から僕だけに話してくれていたらよかったのだ。僕が養子であるということや当主に話すべきと考えたのだろう。それも理解できる。

「お二人にも薬を出しましょう。まずは診察をすべきですね」

 アリーのことは後にすることにしたのか。医者は義父母の診察を始めた。この家の人間の3人が病気だ。呪われた家。僕の頭の中にそんな言葉が浮かんだ。きっとアニーを虐げていたから罰が当たったのだ。僕はそう思うことにした。

 夕方近くになって医者はようやく僕のところに戻ってきた。義母は休むことにしたそうだが、義父だけはふらつきながらも同席した。義父母は心労のせいで食欲をなくし、そのため体力も衰えたのが原因と言われた。時間がかかるだろうが、ゆっくり静養して体力を戻すしかないだろうと言われる。そんなことはわかっていたことだ。医者じゃなくても言えることだ。だが、僕はそれを神妙な顔で聞き入れた。

 そしていよいよアリーについてだ。アリーが怪しげな場所へレイモンドと行ったことはわかっている。そこでは全く知らない者同士で関係を持つと言っていた。お互いが誰かわからない状態で夫婦でしかしないようなことをする、とレイモンドが言っていた。アリーはそんなことをしていたのだ。

 どうやらアリーはそこで病気をもらってしまったようだ。医者は口ごもり、遠回しにそのことを伝えてきた。男を相手にする女性はよくその病気になるらしい。しかし貴族の未婚の令嬢がそんな病気になってしまうなど考えられない。

 義父は意外にも冷静に話を聞いている。目を背けることもなく医者の顔をまっすぐ見つめていた。医者はそんな義父に応えるかのように言葉を返している。治るのかどうか、医者にもわからないと言う。同じような症状の患者を診たことはあるそうだが、相手は労働者がほとんどで治療する金がないため医者にかからない。そのため医者も治療経験が足らずどうしていいかわからないと言うのだ。

「どうしたらいいんですか?」

 僕は素直に聞いた。医者に診てもらうのが一番だろうが、口外してもらっては困る。アリーは貴族の令嬢なのだ。怪しげな場所に行って不名誉な病気をもらってしまったなんて世間に知られるわけにはいかない。ただでさえアリーは婚約解消された身なのだ。嫌な女ではあるが、これ以上可哀想な目に遭わせるのは気の毒だ。

「先生」

 義父が穏やかに声を出した。

「アリーは今まで通り、先生に診察をお願いします」

 そう言って義父は頭を下げた。義父の指は震えていた。よく見たら義父は泣いていた。あんな女でも娘であれば涙を流せるのか。そんな愛情があるのなら、もっと早く何かをしてくれていればよかったのに。そう思ったが手遅れだ。

 アリーは本当にベッドに寝たきりになった。起きていると支離滅裂なことを言って出ていこうとする。病気のせいで幻覚が見えるそうで、何もないところを指さして叫んだり誰もいないのに話したりしている。医者が言うには病気だけではなく、使われていた怪しげな薬の影響もあるらしい。

 使用人たちは怯えるし、動きまわるアリーを押さえつけるのに大変だった。時にアリーは暴力的になり使用人も生傷が絶えない。義父は医者に言ってアリーを常に薬で眠らせるようにしてしまった。

 そんなある日、僕は義父母に呼ばれた。義父母は相変わらず痩せていて顔色が悪かった。

「ピート、お前はこの家のためにアリーと結婚しろ」

 アリーと結婚?それだけは嫌だ。しかし拒否することはできなかった。僕はこの家のために養子になったのだ。

「アリーは今まで通り、病弱で社交界に出られないと言っておこう」
「アリーと結婚すればあなたも安泰ね」

 安泰とはどういう意味か。正式にこの家を継ぐという意味か。それが安泰といえるのだろうか。アリーは子を作れないだろう。僕としても作りたくはない。この家の血筋は途切れてしまうのだが、それでいいのだろうか。

「適当にメイドに子を産ませ、アリーが産んだことにすればいいだろう」

 義父は何を言っているのだろうか。僕はきっとポカンとバカな顔をして義父を見ているのだろう。義母は笑っていた。ここ最近は沈鬱な顔をしているだけだったのに、僕を見て笑っていた。

「アリーは病弱なのに子を産んだので命を落とすのね」
「あぁ、かわいそうだが仕方がない」

 何を言っているのか分からなかった。まだ起こってもいない、起こるはずもないようなことなのに、どうして義父母は断定して言っているのだろうか。

「お義父様にはずいぶんいろいろ言われたわ。アリーを産んだら嫁いで初めて褒められたの。でもそれはラガンに息子ができたからよ。私を褒めてくれたわけじゃないの。アリーがすぐに病気になって、そうしたら役立たずって罵られたわ。すぐにもう1人娘を産めって。そんな簡単に生まれるわけないじゃない?だからメイドにも協力してもらったわ」

 義母は笑顔だった。メイドに協力?何を?

「あの時いた若いメイドに子どもを産んでもらったわ。女が生まれてくれてよかったわ。男はいらないから、どこかの田舎の貧乏貴族にお金と一緒に渡したの」

 目の前では義母がまだ笑っている。僕は今、何を聞いたのだろうか。

「今度こそ、役に立ってもらわないと」
「子は親のために働くものよね」

 目の前にいる男と女はそう言って笑っているようだ。僕にはまるで化け物のようにしか見えなかった。


 
 
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