心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ロゼルス家

35 アリーの異変

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 アリーの婚約は完全に解消となった。しかし義父母は諦めきれずに何度かラガン家に交渉したが、その都度玉砕している。義父は一気に老けてしまい、義母は痩せ衰えている。そんな状況であるが、アリーは相変わらず出かけて行く。

 義父母も止めればいいのにと思うが、その気力も無くしてしまったようだ。

「アニー、アニーはどこにいるんだ?」
「そうよ、ラガン家はアニーを代わりにと言ったわ。アニーはどこ」

 思い出したように義父母はアニーのことを口にする。そんなことを言っても無駄だ。アニーの行方はわからない。それにたとえアニーが見つかったとしても、自分でアニーは遠方に嫁いだとラガン家に嘘を言ってしまった。もうどうすることもできないのだ。

 アリーは修道院にでも入れるか、この家で今まで通り病弱な令嬢として生きていくしかないだろう。僕としては修道院に入れてしまうのがいいと思っている。これ以上アリーに煩わされたくない。


「ふふふっ、今日は妖精さんに会いにいくのよ」

 ある日見かけたアリーの様子に僕はギョッとした。玄関の前に立っているアリーは寝巻きを着ていたが、家宝とも言える一番高いネックレスとイヤリングをつけていた。目つきが怪しい。

「妖精さんは私のそばにいるの」

 異様な様子にメイドたちは少し離れた場所に立ちすくんでいる。

「みんなにも見える?ここに妖精さんがいるわ」

 アリーは何もない空間を指さし、一人でおかしそうに笑っている。

「どうしました?」

 使用人たちは集まっているのだが、誰もアリーに近づこうとしない。確かにアリーの様子は変だった。僕が声をかけても気づかないのか、何も答えずに相変わらず楽しそうに笑っている。

「誰?そこにいるのは!出てらっしゃい!」

 僕が肩を叩こうと近づくと、今度は全然違う方向を向いたかと思うと突然怒鳴り出した。

「わかっているのよ!」

 彼女は明らかに何もない場所を見ている。そして何かがいるかのようにそこに向かって怒鳴り続ける。そうかと思えば、今度はいきなり怯え出した。

「虫!虫が壁から湧いて出てきたわ!掃除をサボったのね。お仕置きしてやるわ!」

 恐怖で動けなかった。アリーの様子は明らかに変だ。何もない場所を指さし、明らかに何かを見ているようだがそこに何もない。僕はアリーを部屋に連れて行くように命じ、医者を呼ぶように手配した。使用人たちは怯えながらもアリーを部屋に連れていく。

 気がつけば、僕のそばにレイモンドがいた。呆然とした表情で立っていた。

「レイモンド、何か知っていることはないか?」

 アリーとレイモンドはずっと一緒だった。何が起きているのかきっと知っているはずだ。僕が尋ねると、レイモンドはじっと僕を見つめてきた。

「あんなことは夫婦でないとしてはいけないんですよ」

 しばらく何も言わずにただ僕を見ていたが、静かに話し出した。

「レイモンドは・・・したのか?」

 聞かなくていいことだった。アリーはそれを求めていたが、レイモンドはずっと拒んでいた。僕はレイモンドが屈したのだろうと思っていた。それでアリーの気が済むならそれでいいと思っていた。

「あるところに行けば、アリー様の願いが叶ったんです」

 僕の質問に答えずにレイモンドは話し続けた。

「暗闇の中で人々はハプニングを求め合うんです。そこでアリー様の願いが叶えられました」

 前に行った店で見知らぬ客たちが話していたことを思い出した。レイモンドは話し続けていたが、僕はもう聞かなくてもわかっていた。

「レイモンド、お前はクビだ」

 僕はそれだけ言うと、僕が渡せるだけの金を彼に握らせた。

「これを持ってここを出ていけ」

 レイモンドは静かにうなづいた。

「一度はアリー様の願いを自分で叶えようと思いました。あんなことは夫婦でないと許されないのです。僕は夫にはなれない。だから、別の人が叶えればいいと・・・」

 レイモンドの背中を見送り、しばらくしたら医者が来た。

「また、お嬢様の診察か」

 僕を見ると医者は言った。定期的にアリーの診察をしてもらっているが、彼女が本当は健康であるとわかっていた。面倒くさそうな様子を隠しもせず、医者はアリーの部屋へ向かう。僕は歩いていく医者の横に並ぶと、

「今日は本当の診察です」

と、言った。医者が立ち止まったので僕も立ち止まる。

「絶対口外しないでください。診察結果は僕だけに教えてください」

 僕の言葉に医者は一瞬戸惑った様子だったが、すぐうなづいた。アリーの部屋の前に行くと、アリーの甲高い奇妙な声が聞こえてきた。何を言っているか聞き取れないが、意味のない声を言い続けているようだった。医者は驚いたように僕を見たが、僕はそれを無視して部屋のドアを開けた。

 ずいぶん長い時間が経過した。医者は明らかに疲れた顔をしていた。すぐに結果が知りたかったが、医者が話すのを待っていた。

「同じ症状の患者を何人か見ている」

 重い口を開き、医者は僕の顔を見ずに話した。僕も医者の顔を見られず、何となく医者の指を見ていた。

「お嬢様は最近おかしな所へ行ったのではないか?」

 僕は何も言わずに医者の指に注目していた。人差し指でテーブルをトントンと叩いている。

「同じ症状の患者は、行ったと言っていた。未婚の貴族の令嬢が行くような場所ではないところだ。そこでは見知らぬ男女が出会い・・・」

 そこで言葉が途切れた。僕に気を遣ったのだろう。言いたいことはわかっている。そこでは夫婦がすべきことをするのだろう。

「問題はそこではある薬を使うのです。気持ちを落ち着かせるためとか、見知らぬ相手でも・・・」

と、またもや言葉が途切れる。医者は咳払いをし、そのまま黙ってしまった。痺れを切らし、僕は続きを促すように顔を上げた。医者の目は赤くなっていた。

「貴族のご令嬢に大変な試練が降りかかってしまった。ご両親にもお伝えしたいが、ご婦人の耳に入れるのはよしたほうがいいかもしれない」

 僕だけが聞いて対処すればいいと思ったが、そういうわけにはいかないようだ。僕は使用人に義父母を呼ぶように言った。義父母が来るまで、医者はブツブツと何かを呟いていた。よく聞くと、それは神への祈りの言葉だった。僕はそれを聞きながら、心臓が脈打つのを感じていた。
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