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ロゼルス家
33 もう会えないのだろうか
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爺様が亡くなり程なくしてラガン家から婚約解消の申し出があった。実際アリーを娶ることは害でしかないだろう。病弱だと言って何もして来なかったうえ、性格は最悪。そのうえ、別の男と遊び歩く放蕩ぶり。我が家によほどの財産か権力があるなら別であるが、そんなものはない。我が家と縁を結んでもラガン家には何の意味もないのだ。
正直言ってアリーを嫁がせた後、向こうから返品される可能性が高い。その際どうしたらいいのだろうか。僕はそんなことを真剣に考えている。だが義父母やアリーはおめでたいことに何の心配もなかったようだ。そして婚約解消を今突きつけられて、初めて困惑している。
「この私と婚約を解消するなんて、どういうことよ!」
「アリーほどの美人を捨てるなんて、身の程しらずというものですわ」
「あぁ、どうにかしないといけないな」
アリーと義父母は憤っているが、先方から申し出があったのだから想定しなければならない。とはいえ、このままでは我が家は衰退するしかない。強引な爺様に任せて何もしてこなかったのだ。年頃の貴族の令息は大抵婚約しているし、あのアリーではどこにも嫁に出せない。婚約を解消されたのだから修道院へ行ってもらえればと僕は密かに考えたが、義父母が容認するわけがなかった。
アリーと義父母は何かを画策しているようだが、僕はこの家をどうにかできないか頭を悩ませていた。アリーがラガン家に嫁げば我が家も安泰と、何故か義父母は楽観的に捉えていた。はっきり言って何の根拠もない。アリーのドレスやアクセサリーで湯水のように金を使っていて、財産はほとんど残っていないのだ。
そんなある日、アニーがいなくなった。夜中のうちに家を出たのだろう。どこかへ行くとしても彼女はお金を持っていなかった。アリーには惜しみなくお金を出したのに、アニーはお金もないし満足な洋服も買い与えられていなかった。仮にも伯爵家の令嬢なのにだ。
アリーは金切り声を上げてアニーを見つけて来いと使用人に命じた。アリーの相手をしたくなくて、僕もアニーを探しに家を出た。
アニーはどこへ行ったのだろう。僕は後悔していた。アニーは痩せていて、辛そうだった。もっと僕ができることがあったはずだ。アニーがいないという事実に僕は打ちのめされていた。
何日か探したが、アニーの行方はわからなかった。それほど遠くへ行けたはずがないと思うが、もしかしたら馬車か馬で遠くへ行ってしまったのかもしれない。誰かに手引きしてもらったのか、いや、そんな人がいたとは思えない。知り合う機会すらなかったのだ。屋敷の誰かが手を貸したのだろうか。そんなことをしてもしバレたら、アリーが何をするかわからない。そんなことができる人間はいない。
屋敷の中にアニーの味方はいないのだ。僕も含めて。なんてひどい話だろう。僕が知るアニーはアリーに虐げられる可哀想な子だった。病弱だったアリーの代わりに生まれたスペア。でも決してアリーにはなれない。一生スペアのまま。
そんな自分に嫌気が差したのだろうか。自分の意思で出たのなら、それは仕方がないことだ。彼女の意思を尊重しよう。でも・・・。黙って行ってしまった彼女にもう一度会いたい。何も言えないままだったことが悔しい。もう少し我慢してくれていたら、僕が彼女の居場所を作れるはずだったのだ。
「もう見つからないかもしれないですね」
「戻らない方が幸せですよ」
今日も使用人たちとアニーを探したが、結局は何の手掛かりも見つからなかった。屋敷に帰るときっとアリーに問いただされる。毎日アリーはどこを探したか、本当に探したのかと聞いてくる。中にはサボっていたのだろうと罵声を浴びせられた者もいた。僕たちはそれが嫌で今日は何となく街の食堂に集まっていた。
下町のやや柄の悪い男が入るような店だった。使用人たちの行きつけらしい。こういう店の方が仕事の愚痴などをこぼしやすいのだろう。僕は彼らの雇い主という立場だったが、何のためらいもなく仲間に迎えられた。貧乏男爵だの田舎者だのアリーから散々罵られているせいだろう。
「下手に見つかったら、アリーお嬢様にどんな目に遭わされるか」
「これだけ探しても見つからないのだから、きっと遠くで幸せになっていると思いましょう」
そうだ、そう思おう。誰もがアニーの幸せを心の中で祈っていた。いつしか彼らと酒を酌み交わし、彼らの本音を聞いたりした。夜も更けて客たちも大声で騒いでいる。
「とにかく、女が積極的になれるのよ」
酔客の声が聞こえてきた。
「そこはハプニングを楽しむところなわけよ」
「でも知らない客同士だろ?」
「だからいいわけ。暗闇の中、結構有名な貴族も参加してるらしいよ」
下品な笑いを交わしながら、男たちの話が続いている。
「そろそろお開きにしましょう」
誰かの言葉に僕たちは店を出た。ずいぶん長居をしたようだが、それほど遅い時間ではなかった。数人が別の店に寄ると言い、僕は帰ることにした。一緒に来たのはレイモンドだった。
「アリー様のお誘いを断る方法はないでしょうか」
まだ、断っている段階なのかと僕は呆れてしまった。もうとっくに誘いを受けたのだと思っていたのだ。
「僕のせいで婚約が解消になるのではないですよね」
それは違うと僕が言ってやると、レイモンドは安心したように笑った。それからしばらくは黙って歩いていたのだが、ふと彼が言った。
「さっきの店の会話、聞いていましたか?」
おそらく酔客が話していたことだろうと僕は思ったが、首を傾げ何の話か聞き返した。
「いえ、いいんです」
レイモンドが何を考えているかわからないが、僕はそんなことはどうでも良かった。僕にはアニーの方が重要だったのだ。おそらくアニーとはもう会えないかもしれない。会えたとしても、もう前のような関係ではないだろう。何故かそんなふうに思った。
正直言ってアリーを嫁がせた後、向こうから返品される可能性が高い。その際どうしたらいいのだろうか。僕はそんなことを真剣に考えている。だが義父母やアリーはおめでたいことに何の心配もなかったようだ。そして婚約解消を今突きつけられて、初めて困惑している。
「この私と婚約を解消するなんて、どういうことよ!」
「アリーほどの美人を捨てるなんて、身の程しらずというものですわ」
「あぁ、どうにかしないといけないな」
アリーと義父母は憤っているが、先方から申し出があったのだから想定しなければならない。とはいえ、このままでは我が家は衰退するしかない。強引な爺様に任せて何もしてこなかったのだ。年頃の貴族の令息は大抵婚約しているし、あのアリーではどこにも嫁に出せない。婚約を解消されたのだから修道院へ行ってもらえればと僕は密かに考えたが、義父母が容認するわけがなかった。
アリーと義父母は何かを画策しているようだが、僕はこの家をどうにかできないか頭を悩ませていた。アリーがラガン家に嫁げば我が家も安泰と、何故か義父母は楽観的に捉えていた。はっきり言って何の根拠もない。アリーのドレスやアクセサリーで湯水のように金を使っていて、財産はほとんど残っていないのだ。
そんなある日、アニーがいなくなった。夜中のうちに家を出たのだろう。どこかへ行くとしても彼女はお金を持っていなかった。アリーには惜しみなくお金を出したのに、アニーはお金もないし満足な洋服も買い与えられていなかった。仮にも伯爵家の令嬢なのにだ。
アリーは金切り声を上げてアニーを見つけて来いと使用人に命じた。アリーの相手をしたくなくて、僕もアニーを探しに家を出た。
アニーはどこへ行ったのだろう。僕は後悔していた。アニーは痩せていて、辛そうだった。もっと僕ができることがあったはずだ。アニーがいないという事実に僕は打ちのめされていた。
何日か探したが、アニーの行方はわからなかった。それほど遠くへ行けたはずがないと思うが、もしかしたら馬車か馬で遠くへ行ってしまったのかもしれない。誰かに手引きしてもらったのか、いや、そんな人がいたとは思えない。知り合う機会すらなかったのだ。屋敷の誰かが手を貸したのだろうか。そんなことをしてもしバレたら、アリーが何をするかわからない。そんなことができる人間はいない。
屋敷の中にアニーの味方はいないのだ。僕も含めて。なんてひどい話だろう。僕が知るアニーはアリーに虐げられる可哀想な子だった。病弱だったアリーの代わりに生まれたスペア。でも決してアリーにはなれない。一生スペアのまま。
そんな自分に嫌気が差したのだろうか。自分の意思で出たのなら、それは仕方がないことだ。彼女の意思を尊重しよう。でも・・・。黙って行ってしまった彼女にもう一度会いたい。何も言えないままだったことが悔しい。もう少し我慢してくれていたら、僕が彼女の居場所を作れるはずだったのだ。
「もう見つからないかもしれないですね」
「戻らない方が幸せですよ」
今日も使用人たちとアニーを探したが、結局は何の手掛かりも見つからなかった。屋敷に帰るときっとアリーに問いただされる。毎日アリーはどこを探したか、本当に探したのかと聞いてくる。中にはサボっていたのだろうと罵声を浴びせられた者もいた。僕たちはそれが嫌で今日は何となく街の食堂に集まっていた。
下町のやや柄の悪い男が入るような店だった。使用人たちの行きつけらしい。こういう店の方が仕事の愚痴などをこぼしやすいのだろう。僕は彼らの雇い主という立場だったが、何のためらいもなく仲間に迎えられた。貧乏男爵だの田舎者だのアリーから散々罵られているせいだろう。
「下手に見つかったら、アリーお嬢様にどんな目に遭わされるか」
「これだけ探しても見つからないのだから、きっと遠くで幸せになっていると思いましょう」
そうだ、そう思おう。誰もがアニーの幸せを心の中で祈っていた。いつしか彼らと酒を酌み交わし、彼らの本音を聞いたりした。夜も更けて客たちも大声で騒いでいる。
「とにかく、女が積極的になれるのよ」
酔客の声が聞こえてきた。
「そこはハプニングを楽しむところなわけよ」
「でも知らない客同士だろ?」
「だからいいわけ。暗闇の中、結構有名な貴族も参加してるらしいよ」
下品な笑いを交わしながら、男たちの話が続いている。
「そろそろお開きにしましょう」
誰かの言葉に僕たちは店を出た。ずいぶん長居をしたようだが、それほど遅い時間ではなかった。数人が別の店に寄ると言い、僕は帰ることにした。一緒に来たのはレイモンドだった。
「アリー様のお誘いを断る方法はないでしょうか」
まだ、断っている段階なのかと僕は呆れてしまった。もうとっくに誘いを受けたのだと思っていたのだ。
「僕のせいで婚約が解消になるのではないですよね」
それは違うと僕が言ってやると、レイモンドは安心したように笑った。それからしばらくは黙って歩いていたのだが、ふと彼が言った。
「さっきの店の会話、聞いていましたか?」
おそらく酔客が話していたことだろうと僕は思ったが、首を傾げ何の話か聞き返した。
「いえ、いいんです」
レイモンドが何を考えているかわからないが、僕はそんなことはどうでも良かった。僕にはアニーの方が重要だったのだ。おそらくアニーとはもう会えないかもしれない。会えたとしても、もう前のような関係ではないだろう。何故かそんなふうに思った。
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