心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ロゼルス家

29 新たな野望

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 僕は田舎の男爵家の三男に生まれた。男爵家といっても持っているものは爵位しかなかった。たぶん平民の方が金持ちだっただろう。日々食べるものにも苦労するような暮らし。どうにかしようにも父はお人好しなうえに金儲けを毛嫌いしていた。

 爵位とは国のために働くようにと与えられた特権。貴族は国のためにあり私利私欲のために動いてはいけない。父はそう考えていた。そのため困っている平民がいれば父はすぐに手助けしてしまう。それは立派なことだけど、何故見知らぬ子どもに食べ物を与えるのだろうか。その結果自分の子どもが飢えることを何とも思わないのだろうか。貴族だろうが同じ人間だ。食べなければお腹が空く。しかし父は僕たち家族に我慢を強いていた。だから我が家は貧乏なままだった。

 そんな毎日に終止符が打たれる日が来た。同じ貴族の派閥だという伯爵家から養子の打診が来たのだ。次兄はすでに近くの商人に弟子入りが決まっており、弟はまだ小さいとのことで僕が養子になることが決まった。これでもうお腹が空いて眠れないなんてこともなくなると僕は安心した。それにもしかしたら、と僕はあることを期待していた。

 それは勉強することだ。読み書きと簡単な計算さえできれば他は必要ない。父はそんな考えだった。勉強の機会は自分で作るものであり、親が与えるものではない。頑なに父はそう言っていたが、父自身が学ぶことを放棄したため今の我が家の惨状があるのだ。僕はそう確信していた。

 その家には僕とそう年の変わらない姉妹がいた。姉のほうはアリー、妹はアニーといった。似通った名前で時々、どちらを呼んでいるのかわからない時がある。ややこしいなと思っていたが、どうやらそれは最初からそのつもりらしかった。この家もおかしいと僕は思ったが、貴族というのはもしかしたらそんなものかもしれない。他を知らないが、僕は深く考えることをやめた。

 日々の食事に困るほどではないが、この家も大きな財産があるわけではなかった。そのためか姉のアリーを財産家に嫁がせることに執念を燃やしている。すでに財産もあり格上の家との婚約が整っているようだった。しかしアリーは性格に難がある。初めて会ったとき僕を見て彼女はこう言った。

「あんたが貧乏男爵の子?うちに来れてラッキーね」

 そう言って彼女は僕を蔑んだ目で見た。人を見下すその態度に吐き気が起きそうになった。貴族とはこういうものなのか。化粧で人形みたいな顔をし、無駄に着飾った女。その服にいくらかかったのだろう。その金でどれだけの食べ物が買えるのだろう。彼女が僕を蔑むのであれば、僕も彼女を心の中で蔑んだ。そうするにふさわしい人間だと思ったのだ。

 アリーはいつも具合が悪いと言って部屋から出てこなかった。中で何をしているのかわからない。嫁ぐことが決まっているのなら、やることはいくらでもあるのではないか。しかし義父母はそんなアリーに何も言わない。むしろアリーの機嫌を損ねないように最大限気を遣っている。

「それじゃあ、ラガンとの結婚はやめにするわ」

 何か気に入らないことがあるとアリーはいつもそう言った。それを聞くと義父母は慌て出す。そしてまるで泣いている赤ん坊をあやすようにあれこれおべっかを言い出すのだ。

 最初に見た時は心底驚いた。そもそもアリー本人がラガン家に嫁がなければ自分の暮らしはどうなるか、本人は考えたことがあるのだろうか。ロゼルス家は伯爵家ではあるが、贅沢ができるような家ではない。養子になり色々と学ぶにつれそれが分かってきた。ロゼルス家はラガン家と縁を結ぶことで貴族派閥の中で一定の地位を確保できると考えていた。実際それは真実であろう。そしてそれはアリーでもアニーでも同じで、どちらでもいいはずだった。

 しかし、先方のラガン家ではアリーを求めているそうだ。昔からの約束事でラガン家に男、ロゼルス家に娘が生まれたためこの婚約は成立したという。アリーの方が長子である、アリーの方が見栄えがいい、アリーの方が華やかである。色々と理由をつけ、ラガン家はアリーにこだわり続けた。アリーが病弱だと分かっても、婚約はアニーとは結ぼうとしなかったそうだ。

 お飾りの嫁なら妹のアニーでもいいのにと僕は思う。一緒に暮らしていたら、アリーはお金をかけて見栄えをよくしているに過ぎないということが分かる。同じことをすれば妹のアニーも器量よしと言われるだろう。僕はそう思ったが、一方で病弱で使えない嫁の方が何かと都合がいいのかもしれないとも思った。自分では何もできない綺麗なだけの女を相手は求めているのだ。そう思って自分を納得させた。

 妹のアニーは姉とは違いいつもオドオドした様子だった。着ている服も見窄らしく、表情も暗い。それはアリーがアニーを常に監視して、少しでも気に食わないことがあれば叱責するからだった。きっかけは何でもよく、アリーの気まぐれだ。そうしてアニーに暴言を浴びせ、時には暴力を振るう。使用人も義父母も何もしない。アリーに逆らってはいけないのだ。この家の異常さに僕は落胆していた。

 この家だけではない。婚家先になるラガン家は本当に何も知らないのだろうか。もしアリーが嫁げなければアニーを代わりに嫁がせる、義父母はそのつもりでいたからいつでもアニーはアリーのそばにいた。ラガン家との縁は何が何でも結ばなければならないのだ。結婚相手のブライアンが家に来れば、アニーもその場に立ち会うことになっている。アニーを見れば何か気づくことがあると思うのだが、ブライアンは不機嫌そうな目でアニーを見るだけだった。

 アニーはどう思っていたのだろう。アニーはいつもアリーが着古した服を着て、暗い表情をしていた。いつもアリーに虐げられ誰にも守ってもらえない。そんな毎日をどんな気持ちで送っていたのだろうか。

 僕はこの家の養子だ。いずれは僕がこの家を継ぐことになる。だから、僕がアニーを救おう。アリーがこの家を出れば僕の天下になる。それを実現させるために僕は勉強した。見ていると義父母は何も考えていないようだ。アリーを嫁がせれば安泰だと思い込んでいる。本当にそうだろうか。あのアリーで本当に大丈夫なのだろうか。何か不始末をして相手を怒らせるのではないか。僕は心配していたが、義父母は特に気にしていないようだ。

 それならば、と僕は考えていた。アニーのために。この家のために。僕はできること全てをやるつもりでいた。

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