心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ラガン家

28 告白

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 父が引退し俺は当主となった。マリーベルは張り切ってお披露目をすると言い出した。お茶会だパーティだと盛り上がっているが、俺は気が進まなかった。

 やろうとしていることは間違ってはいない。通常であれば大々的にパーティを開き、俺がラガン家の当主になったと知らしめるものなのだ。前の時もそうだった。3日間パーティを開き、アニーが作った刺繍入りハンカチを妻のアリーが作ったと参加者全員に配った。
 
 だが、今はそんなことはできない。正直俺はパーティはしなくていいと思っている。する必要もないと思っているくらいだ。しかしマリーベルは違う。ようやく自分の思いどおりのことができるようになったと息巻いている。

「ワインはどれを用意しますか? グラスはこれでいいでしょうか」

 マリーベルから手渡されたリストを俺は一瞥するとめまいが起きそうになった。高いとか希少価値があるなど有名なワインが並んでいるが、味の統一性がない。単に高いワインを並べただけ。品のなさが丸わかりだ。

 母は再三、マリーベルには品がないと言っていた。確かにその通りかと思う。しかしマリーベルは得意満面な表情で俺の反応を待っている。

「どこにこんな金があると思っているんだ」

 俺の言葉を聞いてマリーベルは驚いた顔で俺を見た。

「お披露目ですよ。奮発しなくてどうするのですか」
「予算を考えろ」

 俺はそう言うと背を向けた。マリーベルと向き合う気にはならなかった。

「でも・・・」

 不満げな声が俺の耳に響いてくる。身体中を見えない縄で縛られたみたいに不快な感覚が残った。

「お披露目などしなくてもいい」
「そんな!」

 マリーベルは泣きそうな声を出した。そうやって使用人たちに可哀想な自分をアピールするのだ。当主になって余裕のない夫を支える健気な自分、を演出しているのかもしれない。最近になって、マリーベルはわざと俺を怒らせているような気がする。俺に冷たくされて落ち込んでいると使用人たちは慰める。そうやって家の中に味方を増やし居場所を確保しているように思うのだ。

 それはアリーもやっていた手だった。病弱な自分をアピールし味方になる人間で周囲を囲い、本当の自分を見せないようにする。

 俺は家を出た。向かう場所は図書クラブだ。やらなくてはいけないことは山積みだが、今は息抜きが必要なのだ。

「ブライアンではないですか」

 図書クラブへ向かう途中でピートに会った。

「ちょうどよかった。少し話ができませんか」

 ピートに誘われ、俺たちは店に入った。

「実は結婚が決まったんです」

 席についてすぐにピートが言った。別に何の感想もない。あぁそうかとしか思わなかったが、まさか式に参列しろとでも言うのだろうか。ピートは俺の元の婚約者候補の家の人間だ。すでに縁は切れているのだ。
 
 俺が複雑な表情をしているのがわかったのか、ピートは少し間を置いてから言った。

「相手はアリーです」
「は?」

 アリーは御者と結婚するのではないのか。俺たちがロゼルス家に行った時、アリーは御者といちゃついていた。

「彼女と結婚して家を継ぐのが一番自然と思いまして。アリーはそちらに嫁げなくなりましたから」
 
 アリーは御者と付き合っていた。それは結婚前からずっとで、子どもを2人産んで俺との子どもだと偽っていた。結局は御者と一緒に死ぬことになった。

 御者ではなくピートと結婚?俺は何とも言えず、呆然とピートを見た。彼の表情は変わらないまま、口元が軽く微笑んでいた。

「わかっていますよ。アリーとレイモンド、うちの御者見習いですが2人の関係ですよね。彼はクビにしましたよ」

 ピートはなんでもないようにサラリと話したが、レイモンドがどうなったか知るのが怖かった。雇い主の未婚の令嬢に手を出した使用人は、令嬢にあらぬ噂がつかないように秘密裏に制裁を受けるものなのだ。おそらくはピートも何かをしたはずだ。ただクビにして追い出しただけではないはずだ。しかしピートが何をしたのかは想像できないし、したくない。

 ピートがわざわざ俺に話したのは俺が言うわけがないからだ。それは俺が使用人に婚約者候補を寝取られた哀れな男だからだ。貴族の男であれば誇りを持って相手の男に立ち向かうべきだった。あの時、俺がレイモンドを殺したとしても何の問題もなかったのだ。

 ピートはアリーとレイモンドが一緒にいたから俺が婚約を解消したと思っているのだろう。だが実際は違う。そのことはピートは知らない。

「本当はアニーと結婚するはずだったんですがね」

 アニー、と聞いて俺の胸がトクンと鳴った。

「アリーは家を出るはずでしたから。それにしてもアリーとアニーなんてね」

 ピートはクスクスと笑う。

「アリーが病弱で嫁げなかったことを考えてアニーを産んだんですよ。言い間違えても聞き間違えても構わないように、似たような名前をつけたんです。アリーがいなくなってもアニーが入れ替われるようにって」

 ピートはおかしくてたまらないというふうにゲラゲラと笑い出した。俺からしたら不憫な話でしかないのにどうしてこんなに笑うのだろう。

「ラガン家の方でアリーがいいと言ったんですよね。アリーは病弱で嫁げないかもしれないから、婚約はアニーとして欲しいとこちらがお願いしたら、器量のいいアリーの方がいいって」

 そうではない。アリーがいいと言ったのはロゼルス家と縁を結びたくなかったからだ。病弱なアリーならきっと婚姻の時までもたないだろうから、アニーとは婚約しなかったのだ。器量の良し悪しなど言ったつもりはなかった。

「アリーの器量が良かったのは、アニーに化粧をさせなかったからですよ。洋服もお古を着させて満足に食事も食べさせなかった。アリーがラガン家に嫁がなければロゼルス家は成り立たなかった。アリーは段々と暴君になって、誰の言うことも聞かなくなっていました」

 ピートは笑うことをやめ、そしてゾッとするくらいに冷たい目で俺を見ていた。

「本当ならアリーが消えてアニーが残るはずだったんです。病弱なアリーは大人にはなれなかったでしょう」

 アニーは消えてアリーが残った。アニーはどこに消えたのだろう。どうして消えてしまったのか。本当はどこに消えてしまったのか。

「病弱なアリーは本当は病弱ではなかったんです。全て仮病だったんですよ」

 ピートは吐き捨てるようにそう言うと、顔を歪ませた。

「本当ならアリーはブライアン、あなたが娶るはずだった。僕はアニーと結婚するはずだった」

 血走った彼の両目が俺を見ていた。俺は動けないまま、ただ彼の口が動くのを見ていた。

 


 

 
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