心の中にあなたはいない

ゆーぞー

文字の大きさ
上 下
28 / 58
ラガン家

28 告白

しおりを挟む
 父が引退し俺は当主となった。マリーベルは張り切ってお披露目をすると言い出した。お茶会だパーティだと盛り上がっているが、俺は気が進まなかった。

 やろうとしていることは間違ってはいない。通常であれば大々的にパーティを開き、俺がラガン家の当主になったと知らしめるものなのだ。前の時もそうだった。3日間パーティを開き、アニーが作った刺繍入りハンカチを妻のアリーが作ったと参加者全員に配った。
 
 だが、今はそんなことはできない。正直俺はパーティはしなくていいと思っている。する必要もないと思っているくらいだ。しかしマリーベルは違う。ようやく自分の思いどおりのことができるようになったと息巻いている。

「ワインはどれを用意しますか? グラスはこれでいいでしょうか」

 マリーベルから手渡されたリストを俺は一瞥するとめまいが起きそうになった。高いとか希少価値があるなど有名なワインが並んでいるが、味の統一性がない。単に高いワインを並べただけ。品のなさが丸わかりだ。

 母は再三、マリーベルには品がないと言っていた。確かにその通りかと思う。しかしマリーベルは得意満面な表情で俺の反応を待っている。

「どこにこんな金があると思っているんだ」

 俺の言葉を聞いてマリーベルは驚いた顔で俺を見た。

「お披露目ですよ。奮発しなくてどうするのですか」
「予算を考えろ」

 俺はそう言うと背を向けた。マリーベルと向き合う気にはならなかった。

「でも・・・」

 不満げな声が俺の耳に響いてくる。身体中を見えない縄で縛られたみたいに不快な感覚が残った。

「お披露目などしなくてもいい」
「そんな!」

 マリーベルは泣きそうな声を出した。そうやって使用人たちに可哀想な自分をアピールするのだ。当主になって余裕のない夫を支える健気な自分、を演出しているのかもしれない。最近になって、マリーベルはわざと俺を怒らせているような気がする。俺に冷たくされて落ち込んでいると使用人たちは慰める。そうやって家の中に味方を増やし居場所を確保しているように思うのだ。

 それはアリーもやっていた手だった。病弱な自分をアピールし味方になる人間で周囲を囲い、本当の自分を見せないようにする。

 俺は家を出た。向かう場所は図書クラブだ。やらなくてはいけないことは山積みだが、今は息抜きが必要なのだ。

「ブライアンではないですか」

 図書クラブへ向かう途中でピートに会った。

「ちょうどよかった。少し話ができませんか」

 ピートに誘われ、俺たちは店に入った。

「実は結婚が決まったんです」

 席についてすぐにピートが言った。別に何の感想もない。あぁそうかとしか思わなかったが、まさか式に参列しろとでも言うのだろうか。ピートは俺の元の婚約者候補の家の人間だ。すでに縁は切れているのだ。
 
 俺が複雑な表情をしているのがわかったのか、ピートは少し間を置いてから言った。

「相手はアリーです」
「は?」

 アリーは御者と結婚するのではないのか。俺たちがロゼルス家に行った時、アリーは御者といちゃついていた。

「彼女と結婚して家を継ぐのが一番自然と思いまして。アリーはそちらに嫁げなくなりましたから」
 
 アリーは御者と付き合っていた。それは結婚前からずっとで、子どもを2人産んで俺との子どもだと偽っていた。結局は御者と一緒に死ぬことになった。

 御者ではなくピートと結婚?俺は何とも言えず、呆然とピートを見た。彼の表情は変わらないまま、口元が軽く微笑んでいた。

「わかっていますよ。アリーとレイモンド、うちの御者見習いですが2人の関係ですよね。彼はクビにしましたよ」

 ピートはなんでもないようにサラリと話したが、レイモンドがどうなったか知るのが怖かった。雇い主の未婚の令嬢に手を出した使用人は、令嬢にあらぬ噂がつかないように秘密裏に制裁を受けるものなのだ。おそらくはピートも何かをしたはずだ。ただクビにして追い出しただけではないはずだ。しかしピートが何をしたのかは想像できないし、したくない。

 ピートがわざわざ俺に話したのは俺が言うわけがないからだ。それは俺が使用人に婚約者候補を寝取られた哀れな男だからだ。貴族の男であれば誇りを持って相手の男に立ち向かうべきだった。あの時、俺がレイモンドを殺したとしても何の問題もなかったのだ。

 ピートはアリーとレイモンドが一緒にいたから俺が婚約を解消したと思っているのだろう。だが実際は違う。そのことはピートは知らない。

「本当はアニーと結婚するはずだったんですがね」

 アニー、と聞いて俺の胸がトクンと鳴った。

「アリーは家を出るはずでしたから。それにしてもアリーとアニーなんてね」

 ピートはクスクスと笑う。

「アリーが病弱で嫁げなかったことを考えてアニーを産んだんですよ。言い間違えても聞き間違えても構わないように、似たような名前をつけたんです。アリーがいなくなってもアニーが入れ替われるようにって」

 ピートはおかしくてたまらないというふうにゲラゲラと笑い出した。俺からしたら不憫な話でしかないのにどうしてこんなに笑うのだろう。

「ラガン家の方でアリーがいいと言ったんですよね。アリーは病弱で嫁げないかもしれないから、婚約はアニーとして欲しいとこちらがお願いしたら、器量のいいアリーの方がいいって」

 そうではない。アリーがいいと言ったのはロゼルス家と縁を結びたくなかったからだ。病弱なアリーならきっと婚姻の時までもたないだろうから、アニーとは婚約しなかったのだ。器量の良し悪しなど言ったつもりはなかった。

「アリーの器量が良かったのは、アニーに化粧をさせなかったからですよ。洋服もお古を着させて満足に食事も食べさせなかった。アリーがラガン家に嫁がなければロゼルス家は成り立たなかった。アリーは段々と暴君になって、誰の言うことも聞かなくなっていました」

 ピートは笑うことをやめ、そしてゾッとするくらいに冷たい目で俺を見ていた。

「本当ならアリーが消えてアニーが残るはずだったんです。病弱なアリーは大人にはなれなかったでしょう」

 アニーは消えてアリーが残った。アニーはどこに消えたのだろう。どうして消えてしまったのか。本当はどこに消えてしまったのか。

「病弱なアリーは本当は病弱ではなかったんです。全て仮病だったんですよ」

 ピートは吐き捨てるようにそう言うと、顔を歪ませた。

「本当ならアリーはブライアン、あなたが娶るはずだった。僕はアニーと結婚するはずだった」

 血走った彼の両目が俺を見ていた。俺は動けないまま、ただ彼の口が動くのを見ていた。

 


 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

姉の所為で全てを失いそうです。だから、その前に全て終わらせようと思います。もちろん断罪ショーで。

しげむろ ゆうき
恋愛
 姉の策略により、なんでも私の所為にされてしまう。そしてみんなからどんどんと信用を失っていくが、唯一、私が得意としてるもので信じてくれなかった人達と姉を断罪する話。 全12話

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...