心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ラガン家

25 結婚とは

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 ピートに会ってしまったせいか、あれから読書クラブには行かなくなってしまった。気にしなければいいだけの話だが、何となく足が向かない。しかし本を読むことは続けていた。人に語れるほどの感想は持てないままだが、何も考えずに没頭できるのがいい。

 そんなある日、またもや婚約話が持ち上がった。相手は地方の子爵家の娘である。格下の令嬢ということで両親は難色を示した。しかし仲介者は、今どき身分差など大した問題ではないとか、未婚の年頃の娘がまだ余っているわけがないなどと言い、結局両親が折れることになった。正直俺はそんなことはどうでもよかった。結婚しなければいつまでも問題が解決しない。もう母のため息を聞くのも父の顰めっ面を見るのも面倒だった。

 マリーベルというその娘は、婚約者を病気で亡くしたそうだ。相手がいなくなってしまった彼女は、修道院に入るか親子ほど歳の離れた男のところへ後妻に入るかしか選択肢がなかったらしい。そういうことならば我が家が相手で救われただろうと思ったが、現れた本人は憂鬱そうな表情をし俺を死んだ魚のような目で見るのだった。
 
 いい気持ちはしないが、俺にとってはどうでも良かった。貴族の結婚は仕事の一環である。嫌でもやらなくてはならないのだ。俺と結婚することでマリーベルは伯爵家夫人となるし、実家には少なくない金が支払われる。何かあれば嫁の実家ということで優遇される。



 めでたく婚姻が決まりはしたが母は相変わらずため息を吐き、そして毎日のように愚痴をこぼしていた。父は何も言わないが明らかに不満そうである。

「ロゼルス家に関わったがばっかりに」

 母はそう言って目を伏せる。ロゼルス家と無縁であれば、今頃はもっと違う令嬢との結婚が決まっていただろう。しかし結局は田舎の子爵令嬢という悪条件の令嬢が相手になってしまった。格下のしかも地方出身ということで、些細なことで衝突する。朝食のパンの味が違うとマリーベルは口にしなかったし、持参してきたドレスは野暮ったいデザインだった。両親は嘆いていたが、俺としては何とかうまく過ごそうと思っている。アリーの時のような失敗はしない。俺はそう決意していた。

 マリーベルが刺繍をすると知ったのは、結婚してすぐのことだった。俺のためにとハンカチをくれたのだが、それはアニーのものに比べれば粗末な出来だった。しかしアニーと比べてはいけない。マリーベルはまだ若かった。突然結婚を言い渡され戸惑っているのだろう。敷地以外を出たことがないような田舎育ちがいきなり遠方に嫁いだのだ。混乱するのも仕方がないのだ。

 アリーは病弱だと嘘を言い続け、家のことなどもサボり続けていた。だがマリーベルは積極的に家のことを母に教わろうとしていた。おそらく実家から言い含められているのだろう。結婚とは婚家に尽くすことだ。彼女はラガン家の女主人としての自覚をすでに持っているようだった。俺はそんな様子を嬉しく思いながら過ごしていた。

「お義母様は私のことをお嫌いなのだと思います」

 しかしある日、マリーベルからそんなことを言われた。涙を浮かべ真剣な表情で訴えてくる。

「私が何をしてもお叱りになるんです。いつもやり直しを命じられたり」

 母は温和な性格である。使用人に対しても叱ったりはせず諭すような言い方をする。だからマリーベルの言うことは間違いではないかと思った。それかマリーベルが過剰に受け止めているのではないか。俺はその可能性もあると考え、マリーベルと母が2人きりにならないようにとメイドに言った。

 そんな俺の配慮をマリーベルは不服に感じたようだった。あからさまに唇を尖らせ、恨みがましい目つきで黙って俺を見返してくる。面倒くさい。俺は口には出さずそのまま部屋を出た。

 一方の意見だけを聞くわけにいかないだろうと俺は母にも様子を聞くことにした。どう切り出そうかと考えながら、母のいる部屋へ行くと父も一緒にいた。2人ともどこか思い悩んだ表情である。

「マリーベルのことだけど」

 俺が切り出す前に母は話し出した。余程溜まっていることがあったらしい。

「随分と我の強い子なのよ。言うことをちっとも聞かないの。うちではこうしてた、これは古いやり方だとか文句ばかり言って。田舎の子爵家とは違うのよって言ったら泣き出しちゃって」
「伯爵家に嫁いだんだ。こちらのやり方に従ってもらえないと困るのはこっちだ」

 2人揃ってため息をついている。

「だから嫌だって言ったのよ」

 結婚前から母はずっと文句を言っていた。伯爵家のうちが何故子爵家の娘をもらわないといけないのだ、王家と縁続きの家なのにと言って最初からマリーベルのことを敵対視していた。

「こんなことなら家柄だけでも伯爵だったロゼルス家の方がマシだったわ」

 母の背中をさすりながら、父は俺を睨みつけている。俺を睨んでも何かが解決するわけではない。

「お前、子はどうなっているんだ」

 跡取りのことか。俺は辟易しながら適当に答える準備をする。この質問はアリーの時もよく聞かれていたのだ。アリーは病弱ということだったから両親は心配していた。あの時は、子ができないようならアニーに子どもを産ませるという案があった。よくある話だ。妻に子ができないようなら別の女に子どもを産ませ、妻が産んだことにするのだ。

 俺はそれだけは嫌だった。アニーと寝室を一時でも共にしたくはなかった。だからアリーが寝室に来てくれた時は純粋に助かったと思った。今思えば俺は馬鹿だった。

「できないようならすぐに言えよ」

 用意はできているんだな。父の言い方で俺は悟った。金を払い他の誰かに跡取りを産んでもらうのだ。あまり褒められた話ではないが、どこの家でもよくある話だ。

「早いうちがいいわ」

 母の目がギラギラしている。

「あの女の産んだ子なんて跡取りにできないわ」

 ケイラが生まれた時、女だったので母は落胆した。アリーにもう一人子どもができるとは思えなかった。あの時も誰かに跡取りを産んでもらう話をしたことを思い出した。結局、俺の結婚はうまくいかないのだと思ったのだった。
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