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ラガン家
23 出会いを求めて
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2度も婚約者候補に逃げられた男。今俺はそう呼ばれている。どうしてこうなったのか。俺にはよくわからない。
母は寝込んでいるし、父は苦虫を噛み砕いたような顔で終始機嫌が悪い。些細なことで怒鳴りつけるので使用人たちが怯えているのがわかる。家の雰囲気も最悪だ。
もう一度最初からやり直したい。今俺はそんなことを考えている。一度過去に戻っているのだ。だから同じことがもう一度起きても何らおかしいことはない。
朝目が覚めるたびに、俺は確認をする。鏡を見て若返っていないか。前日と変わらないようであれば、起こしに来たジョンソンに確認をする。今日は何年何月何日か。ジョンソンは聞かれる前に答えるようになった。おはようございます、本日は〇〇年〇〇月〇〇日です。その声を聞くとうんざりする。
こうなった以上仕方がない。ようやくそんなふうに思えるようになったのは、1ヶ月近く経った頃だった。俺はどうしてこうなったのか分析をすることにした。嫌なことも思い出さなくてはいけないが、それをなかったことにはできない。
俺は冷静を保つように時間をかけて今までのことを思い返した。アリーは祖父のつながりで知り合った。ナタリアは向こうからの申し出であった。どちらも同じ貴族の派閥である。つまりはこの派閥がよくないのではないか。
違う派閥の人間と知り合いたい。同じ派閥の人間は腐っている。俺はそう考えるようになった。アリーもナタリアも結婚前に男と関係持つようなふしだらな女だった。それを育てた親の教育も失敗している。同じ派閥の人間はどこも似たり寄ったりではないか。
他の派閥の人間はどうなのだろう。純粋に俺は他の派閥の人間と出会いたいと思った。誰でもいい。今のこの状況を変えるにはそれしかないと思う。
とはいえ、いきなり他の派閥の人間と付き合えるわけがない。王室主催のパーティなら国中の貴族が招待されるだろうが、そんなところでも同じ派閥の人間としか話さないし他の派閥の人間を紹介してくれる人もいないだろう。
考えた俺は図書クラブに顔を出すことにした。それは指定された本の感想を言い合うという極めて地味な集まりだった。そんなことをして何になる、と以前の俺は軽蔑すらしていた。しかし、手っ取り早くいろんな人間と知り合うにはここが最適だった。
行ってみると顔見知りの同じ派閥の家の者がいた。もちろん違う派閥の者もいる。違う派閥の者には以前なら挨拶もしなかったが、ここではそんなことはなかった。
「どこの家かはここでは関係ありません。お互いをファーストネームで呼び合います。本名でなくても構いません。ここはただ本の感想を言い合う場なのです」
クラブの主催はそう言って、自分のことはジョンと呼んで欲しいと言った。それで俺はライアンと呼んで欲しいと言った。何となく本名は避けた方がいいような気がしたのだが、うまく偽名が思い浮かばなかったのだ。
同じ派閥の者の名前を知っていたが、ここでの呼び名は本名ではなかったし、俺と違って本名とはまったく違う名前だった。彼とは知り合いではあるのだが、ここでは初めて会ったように振舞われた。そうすることがここでのルールなのだ。
アイツが図書クラブ?俺は訝しく思ったが、おそらく向こうもそう思っただろう。何となくお互い警戒し合いながら、それでも俺はその場に留まった。
今まで満足に本を読んだことはなかった。本を読んでも何もならないと思っていた。時間の無駄とさえ思っていたのだ。当然読んだ後も感想などなかった。感想とは何だ。そんなふうにすら思っていた。それでぼんやりと他人が感想を言い合うのをただ聞いていた。同じ本を読んでいるのに全く違う感想や意見があって、まず俺はそのことに驚いた。一人の感想を聞いた別の誰かがまた感想を述べる。それを聞いた別の誰かが違う感想を言う。
ただそれだけの行いに俺は圧倒されていた。何の感想も持たずにいた自分が信じられなかった。俺はもう一度その本を読み返した。俺自身の感想が出てくるまで俺は本を読むことに没頭した。
図書クラブに通うようになってから、俺は自分の中の何かが変わったと確信した。俺は家の図書室に篭り、手当たり次第に本を読んだ。今は他のことは考えたくなかった。本を読んでいないと色々と考えてしまう。
病弱と偽って他の男との子どもを産んだアリー。刺繍や翻訳など自分でやっていないことを自分の手柄にした悪女。浮気相手だった御者と今は一緒になったらしい。どんな人生になるかわからないが、相手がいるだけ俺よりマシかもしれない。
あれだけの体型で相手が見つからないと思われていたナタリア。だが実際はたくさんの男を手玉に取り、結局は王族の愛人に収まった。俺などは最初から相手にされていなかったのだ。
2人のことを考えた後、結局一番考えてしまうことはアニーのことだ。刺繍も翻訳もアニーのやっていたことだ。俺は何もわかっていなかった。そして。
今アニーはどうしているのだろう。行方はわからないままだ。生きているのだろうか。そんなことまで考えてしまう。考えないようにしても浮かんでしまうのだ。
もしアニーが俺の妻であったら。俺はそんなことを考えている。きちんと食事をさせ、無理をさせたりはしない。アリーにさせた贅沢を全て彼女にさせてやる。そして刺繍をする彼女を俺は見守る。翻訳をする彼女と一緒に俺も本を読む。俺はアニーと一緒に1日を過ごすのだ。
どうして俺は、彼女を見てこなかったのだろう。俺はアリーにくっついてきた穀潰しとしか見ていなかった。メイドが必要ならもっとマシな人間がいたはずだ。ロゼルス家はいつもそうやって我が家に依存する。俺はそんなふうにしか考えていなかったから、アニーのことは邪魔でしかなかった。
考えれば考えるほど、俺はアリーが憎かった。俺を騙し、全てを壊したアリー。そしてアニーを思う。アニーはどこにいるのだろう。俺は目を閉じ、そしてアニーのことをまた考えてしまうのだった。
母は寝込んでいるし、父は苦虫を噛み砕いたような顔で終始機嫌が悪い。些細なことで怒鳴りつけるので使用人たちが怯えているのがわかる。家の雰囲気も最悪だ。
もう一度最初からやり直したい。今俺はそんなことを考えている。一度過去に戻っているのだ。だから同じことがもう一度起きても何らおかしいことはない。
朝目が覚めるたびに、俺は確認をする。鏡を見て若返っていないか。前日と変わらないようであれば、起こしに来たジョンソンに確認をする。今日は何年何月何日か。ジョンソンは聞かれる前に答えるようになった。おはようございます、本日は〇〇年〇〇月〇〇日です。その声を聞くとうんざりする。
こうなった以上仕方がない。ようやくそんなふうに思えるようになったのは、1ヶ月近く経った頃だった。俺はどうしてこうなったのか分析をすることにした。嫌なことも思い出さなくてはいけないが、それをなかったことにはできない。
俺は冷静を保つように時間をかけて今までのことを思い返した。アリーは祖父のつながりで知り合った。ナタリアは向こうからの申し出であった。どちらも同じ貴族の派閥である。つまりはこの派閥がよくないのではないか。
違う派閥の人間と知り合いたい。同じ派閥の人間は腐っている。俺はそう考えるようになった。アリーもナタリアも結婚前に男と関係持つようなふしだらな女だった。それを育てた親の教育も失敗している。同じ派閥の人間はどこも似たり寄ったりではないか。
他の派閥の人間はどうなのだろう。純粋に俺は他の派閥の人間と出会いたいと思った。誰でもいい。今のこの状況を変えるにはそれしかないと思う。
とはいえ、いきなり他の派閥の人間と付き合えるわけがない。王室主催のパーティなら国中の貴族が招待されるだろうが、そんなところでも同じ派閥の人間としか話さないし他の派閥の人間を紹介してくれる人もいないだろう。
考えた俺は図書クラブに顔を出すことにした。それは指定された本の感想を言い合うという極めて地味な集まりだった。そんなことをして何になる、と以前の俺は軽蔑すらしていた。しかし、手っ取り早くいろんな人間と知り合うにはここが最適だった。
行ってみると顔見知りの同じ派閥の家の者がいた。もちろん違う派閥の者もいる。違う派閥の者には以前なら挨拶もしなかったが、ここではそんなことはなかった。
「どこの家かはここでは関係ありません。お互いをファーストネームで呼び合います。本名でなくても構いません。ここはただ本の感想を言い合う場なのです」
クラブの主催はそう言って、自分のことはジョンと呼んで欲しいと言った。それで俺はライアンと呼んで欲しいと言った。何となく本名は避けた方がいいような気がしたのだが、うまく偽名が思い浮かばなかったのだ。
同じ派閥の者の名前を知っていたが、ここでの呼び名は本名ではなかったし、俺と違って本名とはまったく違う名前だった。彼とは知り合いではあるのだが、ここでは初めて会ったように振舞われた。そうすることがここでのルールなのだ。
アイツが図書クラブ?俺は訝しく思ったが、おそらく向こうもそう思っただろう。何となくお互い警戒し合いながら、それでも俺はその場に留まった。
今まで満足に本を読んだことはなかった。本を読んでも何もならないと思っていた。時間の無駄とさえ思っていたのだ。当然読んだ後も感想などなかった。感想とは何だ。そんなふうにすら思っていた。それでぼんやりと他人が感想を言い合うのをただ聞いていた。同じ本を読んでいるのに全く違う感想や意見があって、まず俺はそのことに驚いた。一人の感想を聞いた別の誰かがまた感想を述べる。それを聞いた別の誰かが違う感想を言う。
ただそれだけの行いに俺は圧倒されていた。何の感想も持たずにいた自分が信じられなかった。俺はもう一度その本を読み返した。俺自身の感想が出てくるまで俺は本を読むことに没頭した。
図書クラブに通うようになってから、俺は自分の中の何かが変わったと確信した。俺は家の図書室に篭り、手当たり次第に本を読んだ。今は他のことは考えたくなかった。本を読んでいないと色々と考えてしまう。
病弱と偽って他の男との子どもを産んだアリー。刺繍や翻訳など自分でやっていないことを自分の手柄にした悪女。浮気相手だった御者と今は一緒になったらしい。どんな人生になるかわからないが、相手がいるだけ俺よりマシかもしれない。
あれだけの体型で相手が見つからないと思われていたナタリア。だが実際はたくさんの男を手玉に取り、結局は王族の愛人に収まった。俺などは最初から相手にされていなかったのだ。
2人のことを考えた後、結局一番考えてしまうことはアニーのことだ。刺繍も翻訳もアニーのやっていたことだ。俺は何もわかっていなかった。そして。
今アニーはどうしているのだろう。行方はわからないままだ。生きているのだろうか。そんなことまで考えてしまう。考えないようにしても浮かんでしまうのだ。
もしアニーが俺の妻であったら。俺はそんなことを考えている。きちんと食事をさせ、無理をさせたりはしない。アリーにさせた贅沢を全て彼女にさせてやる。そして刺繍をする彼女を俺は見守る。翻訳をする彼女と一緒に俺も本を読む。俺はアニーと一緒に1日を過ごすのだ。
どうして俺は、彼女を見てこなかったのだろう。俺はアリーにくっついてきた穀潰しとしか見ていなかった。メイドが必要ならもっとマシな人間がいたはずだ。ロゼルス家はいつもそうやって我が家に依存する。俺はそんなふうにしか考えていなかったから、アニーのことは邪魔でしかなかった。
考えれば考えるほど、俺はアリーが憎かった。俺を騙し、全てを壊したアリー。そしてアニーを思う。アニーはどこにいるのだろう。俺は目を閉じ、そしてアニーのことをまた考えてしまうのだった。
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