23 / 69
ラガン家
23 出会いを求めて
しおりを挟む
2度も婚約者候補に逃げられた男。今俺はそう呼ばれている。どうしてこうなったのか。俺にはよくわからない。
母は寝込んでいるし、父は苦虫を噛み砕いたような顔で終始機嫌が悪い。些細なことで怒鳴りつけるので使用人たちが怯えているのがわかる。家の雰囲気も最悪だ。
もう一度最初からやり直したい。今俺はそんなことを考えている。一度過去に戻っているのだ。だから同じことがもう一度起きても何らおかしいことはない。
朝目が覚めるたびに、俺は確認をする。鏡を見て若返っていないか。前日と変わらないようであれば、起こしに来たジョンソンに確認をする。今日は何年何月何日か。ジョンソンは聞かれる前に答えるようになった。おはようございます、本日は〇〇年〇〇月〇〇日です。その声を聞くとうんざりする。
こうなった以上仕方がない。ようやくそんなふうに思えるようになったのは、1ヶ月近く経った頃だった。俺はどうしてこうなったのか分析をすることにした。嫌なことも思い出さなくてはいけないが、それをなかったことにはできない。
俺は冷静を保つように時間をかけて今までのことを思い返した。アリーは祖父のつながりで知り合った。ナタリアは向こうからの申し出であった。どちらも同じ貴族の派閥である。つまりはこの派閥がよくないのではないか。
違う派閥の人間と知り合いたい。同じ派閥の人間は腐っている。俺はそう考えるようになった。アリーもナタリアも結婚前に男と関係持つようなふしだらな女だった。それを育てた親の教育も失敗している。同じ派閥の人間はどこも似たり寄ったりではないか。
他の派閥の人間はどうなのだろう。純粋に俺は他の派閥の人間と出会いたいと思った。誰でもいい。今のこの状況を変えるにはそれしかないと思う。
とはいえ、いきなり他の派閥の人間と付き合えるわけがない。王室主催のパーティなら国中の貴族が招待されるだろうが、そんなところでも同じ派閥の人間としか話さないし他の派閥の人間を紹介してくれる人もいないだろう。
考えた俺は図書クラブに顔を出すことにした。それは指定された本の感想を言い合うという極めて地味な集まりだった。そんなことをして何になる、と以前の俺は軽蔑すらしていた。しかし、手っ取り早くいろんな人間と知り合うにはここが最適だった。
行ってみると顔見知りの同じ派閥の家の者がいた。もちろん違う派閥の者もいる。違う派閥の者には以前なら挨拶もしなかったが、ここではそんなことはなかった。
「どこの家かはここでは関係ありません。お互いをファーストネームで呼び合います。本名でなくても構いません。ここはただ本の感想を言い合う場なのです」
クラブの主催はそう言って、自分のことはジョンと呼んで欲しいと言った。それで俺はライアンと呼んで欲しいと言った。何となく本名は避けた方がいいような気がしたのだが、うまく偽名が思い浮かばなかったのだ。
同じ派閥の者の名前を知っていたが、ここでの呼び名は本名ではなかったし、俺と違って本名とはまったく違う名前だった。彼とは知り合いではあるのだが、ここでは初めて会ったように振舞われた。そうすることがここでのルールなのだ。
アイツが図書クラブ?俺は訝しく思ったが、おそらく向こうもそう思っただろう。何となくお互い警戒し合いながら、それでも俺はその場に留まった。
今まで満足に本を読んだことはなかった。本を読んでも何もならないと思っていた。時間の無駄とさえ思っていたのだ。当然読んだ後も感想などなかった。感想とは何だ。そんなふうにすら思っていた。それでぼんやりと他人が感想を言い合うのをただ聞いていた。同じ本を読んでいるのに全く違う感想や意見があって、まず俺はそのことに驚いた。一人の感想を聞いた別の誰かがまた感想を述べる。それを聞いた別の誰かが違う感想を言う。
ただそれだけの行いに俺は圧倒されていた。何の感想も持たずにいた自分が信じられなかった。俺はもう一度その本を読み返した。俺自身の感想が出てくるまで俺は本を読むことに没頭した。
図書クラブに通うようになってから、俺は自分の中の何かが変わったと確信した。俺は家の図書室に篭り、手当たり次第に本を読んだ。今は他のことは考えたくなかった。本を読んでいないと色々と考えてしまう。
病弱と偽って他の男との子どもを産んだアリー。刺繍や翻訳など自分でやっていないことを自分の手柄にした悪女。浮気相手だった御者と今は一緒になったらしい。どんな人生になるかわからないが、相手がいるだけ俺よりマシかもしれない。
あれだけの体型で相手が見つからないと思われていたナタリア。だが実際はたくさんの男を手玉に取り、結局は王族の愛人に収まった。俺などは最初から相手にされていなかったのだ。
2人のことを考えた後、結局一番考えてしまうことはアニーのことだ。刺繍も翻訳もアニーのやっていたことだ。俺は何もわかっていなかった。そして。
今アニーはどうしているのだろう。行方はわからないままだ。生きているのだろうか。そんなことまで考えてしまう。考えないようにしても浮かんでしまうのだ。
もしアニーが俺の妻であったら。俺はそんなことを考えている。きちんと食事をさせ、無理をさせたりはしない。アリーにさせた贅沢を全て彼女にさせてやる。そして刺繍をする彼女を俺は見守る。翻訳をする彼女と一緒に俺も本を読む。俺はアニーと一緒に1日を過ごすのだ。
どうして俺は、彼女を見てこなかったのだろう。俺はアリーにくっついてきた穀潰しとしか見ていなかった。メイドが必要ならもっとマシな人間がいたはずだ。ロゼルス家はいつもそうやって我が家に依存する。俺はそんなふうにしか考えていなかったから、アニーのことは邪魔でしかなかった。
考えれば考えるほど、俺はアリーが憎かった。俺を騙し、全てを壊したアリー。そしてアニーを思う。アニーはどこにいるのだろう。俺は目を閉じ、そしてアニーのことをまた考えてしまうのだった。
母は寝込んでいるし、父は苦虫を噛み砕いたような顔で終始機嫌が悪い。些細なことで怒鳴りつけるので使用人たちが怯えているのがわかる。家の雰囲気も最悪だ。
もう一度最初からやり直したい。今俺はそんなことを考えている。一度過去に戻っているのだ。だから同じことがもう一度起きても何らおかしいことはない。
朝目が覚めるたびに、俺は確認をする。鏡を見て若返っていないか。前日と変わらないようであれば、起こしに来たジョンソンに確認をする。今日は何年何月何日か。ジョンソンは聞かれる前に答えるようになった。おはようございます、本日は〇〇年〇〇月〇〇日です。その声を聞くとうんざりする。
こうなった以上仕方がない。ようやくそんなふうに思えるようになったのは、1ヶ月近く経った頃だった。俺はどうしてこうなったのか分析をすることにした。嫌なことも思い出さなくてはいけないが、それをなかったことにはできない。
俺は冷静を保つように時間をかけて今までのことを思い返した。アリーは祖父のつながりで知り合った。ナタリアは向こうからの申し出であった。どちらも同じ貴族の派閥である。つまりはこの派閥がよくないのではないか。
違う派閥の人間と知り合いたい。同じ派閥の人間は腐っている。俺はそう考えるようになった。アリーもナタリアも結婚前に男と関係持つようなふしだらな女だった。それを育てた親の教育も失敗している。同じ派閥の人間はどこも似たり寄ったりではないか。
他の派閥の人間はどうなのだろう。純粋に俺は他の派閥の人間と出会いたいと思った。誰でもいい。今のこの状況を変えるにはそれしかないと思う。
とはいえ、いきなり他の派閥の人間と付き合えるわけがない。王室主催のパーティなら国中の貴族が招待されるだろうが、そんなところでも同じ派閥の人間としか話さないし他の派閥の人間を紹介してくれる人もいないだろう。
考えた俺は図書クラブに顔を出すことにした。それは指定された本の感想を言い合うという極めて地味な集まりだった。そんなことをして何になる、と以前の俺は軽蔑すらしていた。しかし、手っ取り早くいろんな人間と知り合うにはここが最適だった。
行ってみると顔見知りの同じ派閥の家の者がいた。もちろん違う派閥の者もいる。違う派閥の者には以前なら挨拶もしなかったが、ここではそんなことはなかった。
「どこの家かはここでは関係ありません。お互いをファーストネームで呼び合います。本名でなくても構いません。ここはただ本の感想を言い合う場なのです」
クラブの主催はそう言って、自分のことはジョンと呼んで欲しいと言った。それで俺はライアンと呼んで欲しいと言った。何となく本名は避けた方がいいような気がしたのだが、うまく偽名が思い浮かばなかったのだ。
同じ派閥の者の名前を知っていたが、ここでの呼び名は本名ではなかったし、俺と違って本名とはまったく違う名前だった。彼とは知り合いではあるのだが、ここでは初めて会ったように振舞われた。そうすることがここでのルールなのだ。
アイツが図書クラブ?俺は訝しく思ったが、おそらく向こうもそう思っただろう。何となくお互い警戒し合いながら、それでも俺はその場に留まった。
今まで満足に本を読んだことはなかった。本を読んでも何もならないと思っていた。時間の無駄とさえ思っていたのだ。当然読んだ後も感想などなかった。感想とは何だ。そんなふうにすら思っていた。それでぼんやりと他人が感想を言い合うのをただ聞いていた。同じ本を読んでいるのに全く違う感想や意見があって、まず俺はそのことに驚いた。一人の感想を聞いた別の誰かがまた感想を述べる。それを聞いた別の誰かが違う感想を言う。
ただそれだけの行いに俺は圧倒されていた。何の感想も持たずにいた自分が信じられなかった。俺はもう一度その本を読み返した。俺自身の感想が出てくるまで俺は本を読むことに没頭した。
図書クラブに通うようになってから、俺は自分の中の何かが変わったと確信した。俺は家の図書室に篭り、手当たり次第に本を読んだ。今は他のことは考えたくなかった。本を読んでいないと色々と考えてしまう。
病弱と偽って他の男との子どもを産んだアリー。刺繍や翻訳など自分でやっていないことを自分の手柄にした悪女。浮気相手だった御者と今は一緒になったらしい。どんな人生になるかわからないが、相手がいるだけ俺よりマシかもしれない。
あれだけの体型で相手が見つからないと思われていたナタリア。だが実際はたくさんの男を手玉に取り、結局は王族の愛人に収まった。俺などは最初から相手にされていなかったのだ。
2人のことを考えた後、結局一番考えてしまうことはアニーのことだ。刺繍も翻訳もアニーのやっていたことだ。俺は何もわかっていなかった。そして。
今アニーはどうしているのだろう。行方はわからないままだ。生きているのだろうか。そんなことまで考えてしまう。考えないようにしても浮かんでしまうのだ。
もしアニーが俺の妻であったら。俺はそんなことを考えている。きちんと食事をさせ、無理をさせたりはしない。アリーにさせた贅沢を全て彼女にさせてやる。そして刺繍をする彼女を俺は見守る。翻訳をする彼女と一緒に俺も本を読む。俺はアニーと一緒に1日を過ごすのだ。
どうして俺は、彼女を見てこなかったのだろう。俺はアリーにくっついてきた穀潰しとしか見ていなかった。メイドが必要ならもっとマシな人間がいたはずだ。ロゼルス家はいつもそうやって我が家に依存する。俺はそんなふうにしか考えていなかったから、アニーのことは邪魔でしかなかった。
考えれば考えるほど、俺はアリーが憎かった。俺を騙し、全てを壊したアリー。そしてアニーを思う。アニーはどこにいるのだろう。俺は目を閉じ、そしてアニーのことをまた考えてしまうのだった。
108
お気に入りに追加
215
あなたにおすすめの小説

わたしを捨てた騎士様の末路
夜桜
恋愛
令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。
ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。
※連載

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング

年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

見捨てられたのは私
梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。
ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。
ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。
何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

相手不在で進んでいく婚約解消物語
キムラましゅろう
恋愛
自分の目で確かめるなんて言わなければよかった。
噂が真実かなんて、そんなこと他の誰かに確認して貰えばよかった。
今、わたしの目の前にある光景が、それが単なる噂では無かったと物語る……。
王都で近衛騎士として働く婚約者に恋人が出来たという噂を確かめるべく単身王都へ乗り込んだリリーが見たものは、婚約者のグレインが恋人と噂される女性の肩を抱いて歩く姿だった……。
噂が真実と確信したリリーは領地に戻り、居候先の家族を巻き込んで婚約解消へと向けて動き出す。
婚約者は遠く離れている為に不在だけど……☆
これは婚約者の心変わりを知った直後から、幸せになれる道を模索して突き進むリリーの数日間の物語である。
果たしてリリーは幸せになれるのか。
5〜7話くらいで完結を予定しているど短編です。
完全ご都合主義、完全ノーリアリティでラストまで作者も突き進みます。
作中に現代的な言葉が出て来ても気にしてはいけません。
全て大らかな心で受け止めて下さい。
小説家になろうサンでも投稿します。
R15は念のため……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる