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タセル国にて
14 会話の弾むランチ
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「夜更かしは禁止。もしまたベッドの中で本を読んだら、1週間本を読むことを禁止しますからね」
クララ様がプリプリと怒りながら、私にそう言った。もう体調は大丈夫なのだが、クララ様の怒りは治らないようだ。私が倒れたと聞いたクララ様は走って駆けつけてくださったそうだ。走るなんてはしたないと言われるようなことなのに、メイドたちよりも早かったらしい。
小声でエリオット様が教えてくださった。なんて申し訳ないことをしたのだと反省している。
「エリオット、あなたもよ」
「えっ なんで?」
名前を呼ばれてエリオット様が目を白黒させている。エリオット様は夜更かししても咎められないと思うが、クララ様はエリオット様に人差し指を向けた。
「元はと言えばエリオットが渡した本を読んでたから夜更かししたのよ。あなたもちゃんと反省してもらわないと」
「え? あの本?」
と、エリオット様は言われてあからさまに落胆した様子だった。私を見る目がまるでイタズラがバレた子どものようだった。しかしすぐに笑顔になった。
「ドナ、あの本、どうだった?」
聞かれて私は本の内容を思い出す。
「女性たちが斧や鍬で相手を威圧したという話はドキドキしました」
まるでついさっき本をめくったように頭の中で活字が浮かぶ。
「うん、そうか」
エリオット様が嬉しそうにうなづく。私もその反応を見て嬉しくなった。
「それから・・・」
私は思わず夢中になって話していた。エリオット様はうんうん、とうなづきながら聞いてくれる。しばらく2人で話し込んでいた。
「ちょっと!」
怒ったクララ様の声が響いた。
「本の話はもう禁止よ。2人とも」
「夜更かしの罰が読書禁止って・・・」
ヴィンス様が呆れたように呟いている。いつもは午前の訓練を終えたエリオット様とクララ様と3人でランチを食べるのだが、今日はヴィンス様もエリオット様の訓練に参加していたので一緒にランチをとっているのだ。
私はヴィンス様の方をなるべく見ないようにしていた。またあの目で見られたらと思うと落ち着かない。ヴィンス様は私のことが気に入らないのだろう。それは無理のないことだと思う。いきなり誰かわからない人間が親戚になったのだ。面白くはないだろう。
「ドナは本好きなんだ。ヴィンス、お前も少しは本を読め」
「それなら身体を鍛えたほうがいいんですよ」
「ハァ、もうつまらない人たちね」
クララ様はまたもや怒った声を出す。
「ドナ、結婚するならこんな唐変木はダメよ」
「とう・・・へん・・・ぼく?」
知らない言葉に私はドキドキした。もしかしたらよく使う言葉なのだろうか。こんな言葉も知らないのと思われないかと不安になった。きっといい意味ではないのだろうけど、どういう意味かわからない。
「叔母上」
持っていたナイフとフォークを丁寧に皿の上に置くと、ヴィンス様が一段と低い声を出した。
「そんな古い言葉、今は使いませんよ」
「古いって・・・」
ショックを受けたような顔をするクララ様。その横でエリオット様は嬉しそうに笑っている。
「唐変木とは、気の利かない偏屈な人って意味。まあ、叔父上を指すということで合っているけどね」
「ヴィンス! 変なことを言うな。」
エリオット様は偏屈だろうかと考えてみる。偏屈って感じはしないけど。私が偏屈の意味を間違えている?と、頭の中で色々なことを考えてしまった。
「ドナ、そんな言葉を覚えなくていい。今は使わないような言葉だ」
「まっ、私が古い言葉を使うっていうの?」
「俺は唐変木ではないぞ」
お二人の言い合いが始まった。私は驚いてぼんやりとその様子を見てしまう。
「だいたい、あなたは兵術だの身体を効率的に鍛える方法だのを一方的に話すばっかりだったじゃないの」
「そっちこそ、花が咲いたとか雲の形がどうだとか。返事に困ることばっかり言い続けてたし」
「それはマナーの先生がこの話題以外は話すなと言ったからよ。天気の話と季節の話。私は忠実に、真面目に、会話をしてただけよ」
「なんだ、そのマナー教師。そんな奴はうちでは雇わないぞ。ドナの教育によくない」
「それは私も賛成するわ」
お二人は喧嘩をしているのではなく会話をしている。聞いていると面白くて楽しそうだった。確かに姉もブライアン様に天気の話をしていた。今日はいい天気ですねとか、雨が降って大変ですねとか言っていた。それを聞いたブライアン様がどう答えたかわからない。ブライアン様の声が聞こえるほど私は近くにはいなかった。それでも姉の近くにいなくてはいけなくて、部屋の隅で会話を聞こうとしていた。
聞きたかったわけではない。聞かなくては怒られるからだ。ブライアン様が帰られた後、母は2人が何を話したか私に聞いた。私が答えられないと母は私をぶった。その様子を姉は見ていた。2人の会話が聞こえないように姉が私に離れた場所にいろと言ったり、わざと小さな声で話していたことを母は知らない。私が母に怒られるのを姉は分かっていた。そして姉が笑っているのを私は知っていた。
姉とブライアン様が何を話していたか。おそらくは何も話していなかったのだろうと思う。意味のある会話はしていなかった。2人は会話を楽しむことはなかった。形だけの夫婦だから、何かを共有し合うことはなかったのだ。
「お二人とも。いいかげんにしてください」
ヴィンス様の声にエリオット様とクララ様は黙った。
「ドナ・・・。喧嘩をしていたわけじゃないのだよ」
「そ、そうよ」
不安そうに私を見るお二人。私は思わず笑ってしまった。こんなふうに会話ができるっていいなと思った。本当の両親は会話をしていなかったと思う。父が言うことに母が「はい」と言うだけ。夫の言うことに従う。それが夫婦なのだと思っていた。
「兵術の話、私も聞きたいです」
「ドナ、いくらでもしてあげるよ」
「ダメよ、また夜更かしすることになるわ」
「雲の形の話もしたいです」
私は嬉しくなって笑った。エリオット様もクララ様も笑顔だ。笑顔になれるこの場所にいられてよかった。心からそう思った。
クララ様がプリプリと怒りながら、私にそう言った。もう体調は大丈夫なのだが、クララ様の怒りは治らないようだ。私が倒れたと聞いたクララ様は走って駆けつけてくださったそうだ。走るなんてはしたないと言われるようなことなのに、メイドたちよりも早かったらしい。
小声でエリオット様が教えてくださった。なんて申し訳ないことをしたのだと反省している。
「エリオット、あなたもよ」
「えっ なんで?」
名前を呼ばれてエリオット様が目を白黒させている。エリオット様は夜更かししても咎められないと思うが、クララ様はエリオット様に人差し指を向けた。
「元はと言えばエリオットが渡した本を読んでたから夜更かししたのよ。あなたもちゃんと反省してもらわないと」
「え? あの本?」
と、エリオット様は言われてあからさまに落胆した様子だった。私を見る目がまるでイタズラがバレた子どものようだった。しかしすぐに笑顔になった。
「ドナ、あの本、どうだった?」
聞かれて私は本の内容を思い出す。
「女性たちが斧や鍬で相手を威圧したという話はドキドキしました」
まるでついさっき本をめくったように頭の中で活字が浮かぶ。
「うん、そうか」
エリオット様が嬉しそうにうなづく。私もその反応を見て嬉しくなった。
「それから・・・」
私は思わず夢中になって話していた。エリオット様はうんうん、とうなづきながら聞いてくれる。しばらく2人で話し込んでいた。
「ちょっと!」
怒ったクララ様の声が響いた。
「本の話はもう禁止よ。2人とも」
「夜更かしの罰が読書禁止って・・・」
ヴィンス様が呆れたように呟いている。いつもは午前の訓練を終えたエリオット様とクララ様と3人でランチを食べるのだが、今日はヴィンス様もエリオット様の訓練に参加していたので一緒にランチをとっているのだ。
私はヴィンス様の方をなるべく見ないようにしていた。またあの目で見られたらと思うと落ち着かない。ヴィンス様は私のことが気に入らないのだろう。それは無理のないことだと思う。いきなり誰かわからない人間が親戚になったのだ。面白くはないだろう。
「ドナは本好きなんだ。ヴィンス、お前も少しは本を読め」
「それなら身体を鍛えたほうがいいんですよ」
「ハァ、もうつまらない人たちね」
クララ様はまたもや怒った声を出す。
「ドナ、結婚するならこんな唐変木はダメよ」
「とう・・・へん・・・ぼく?」
知らない言葉に私はドキドキした。もしかしたらよく使う言葉なのだろうか。こんな言葉も知らないのと思われないかと不安になった。きっといい意味ではないのだろうけど、どういう意味かわからない。
「叔母上」
持っていたナイフとフォークを丁寧に皿の上に置くと、ヴィンス様が一段と低い声を出した。
「そんな古い言葉、今は使いませんよ」
「古いって・・・」
ショックを受けたような顔をするクララ様。その横でエリオット様は嬉しそうに笑っている。
「唐変木とは、気の利かない偏屈な人って意味。まあ、叔父上を指すということで合っているけどね」
「ヴィンス! 変なことを言うな。」
エリオット様は偏屈だろうかと考えてみる。偏屈って感じはしないけど。私が偏屈の意味を間違えている?と、頭の中で色々なことを考えてしまった。
「ドナ、そんな言葉を覚えなくていい。今は使わないような言葉だ」
「まっ、私が古い言葉を使うっていうの?」
「俺は唐変木ではないぞ」
お二人の言い合いが始まった。私は驚いてぼんやりとその様子を見てしまう。
「だいたい、あなたは兵術だの身体を効率的に鍛える方法だのを一方的に話すばっかりだったじゃないの」
「そっちこそ、花が咲いたとか雲の形がどうだとか。返事に困ることばっかり言い続けてたし」
「それはマナーの先生がこの話題以外は話すなと言ったからよ。天気の話と季節の話。私は忠実に、真面目に、会話をしてただけよ」
「なんだ、そのマナー教師。そんな奴はうちでは雇わないぞ。ドナの教育によくない」
「それは私も賛成するわ」
お二人は喧嘩をしているのではなく会話をしている。聞いていると面白くて楽しそうだった。確かに姉もブライアン様に天気の話をしていた。今日はいい天気ですねとか、雨が降って大変ですねとか言っていた。それを聞いたブライアン様がどう答えたかわからない。ブライアン様の声が聞こえるほど私は近くにはいなかった。それでも姉の近くにいなくてはいけなくて、部屋の隅で会話を聞こうとしていた。
聞きたかったわけではない。聞かなくては怒られるからだ。ブライアン様が帰られた後、母は2人が何を話したか私に聞いた。私が答えられないと母は私をぶった。その様子を姉は見ていた。2人の会話が聞こえないように姉が私に離れた場所にいろと言ったり、わざと小さな声で話していたことを母は知らない。私が母に怒られるのを姉は分かっていた。そして姉が笑っているのを私は知っていた。
姉とブライアン様が何を話していたか。おそらくは何も話していなかったのだろうと思う。意味のある会話はしていなかった。2人は会話を楽しむことはなかった。形だけの夫婦だから、何かを共有し合うことはなかったのだ。
「お二人とも。いいかげんにしてください」
ヴィンス様の声にエリオット様とクララ様は黙った。
「ドナ・・・。喧嘩をしていたわけじゃないのだよ」
「そ、そうよ」
不安そうに私を見るお二人。私は思わず笑ってしまった。こんなふうに会話ができるっていいなと思った。本当の両親は会話をしていなかったと思う。父が言うことに母が「はい」と言うだけ。夫の言うことに従う。それが夫婦なのだと思っていた。
「兵術の話、私も聞きたいです」
「ドナ、いくらでもしてあげるよ」
「ダメよ、また夜更かしすることになるわ」
「雲の形の話もしたいです」
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