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タセル国にて
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クララ様に手を引かれ、別室に向かった。そこにはマリア様、ライニール様、ヘクター様ご一家にエリオット様がいらっしゃった。てっきり皆様はそれぞれのお宅へ帰られたのだと思っていた。近くではあるが、それぞれ別にお屋敷があると聞いていたのだ。
「まぁ・・・」
部屋に入ると全員の視線が私に注がれたのを感じた。ヘクター様の奥様のイザベラ様の小さな声を聞き、私は咄嗟に頭を下げた。
「も、申し訳ございません。お待たせしていたとは存じ上げず・・・」
おそらくみんなでお茶をすることになっていたのだろう。私の着替えのせいできっとお待たせしていたのだ。私は深々と頭を下げた。いつもしていたことだ。
「違うのよ」
「そうよ、ドナが謝ることではないのよ」
私のところに駆け寄るイザベラ様と私を抱きしめるクララ様に挟まれた。
「このドレス、よく似合うわ」
「そうでしょ」
クララ様が得意げに笑うと、イザベラ様も笑顔を見せている。怒っているわけではなかったのか。私は少し安心したが、男性の方々の様子が気になった。私の着替えで皆様をお待たせしていたのだ。不快に思わないわけがない。
「これはオーダーではないのでしょう?」
そこにマリア様がゆっくり近づいてこられた。
「はい、時間がなかったので店にあったものを買い上げました」
「では近いうちに時間を取りましょう」
「コヨマ商会でよろしいですか?」
「ポギロ商会のほうが最近は人気のようですわ」
3人のお話が理解できないのだが、話はどんどん進んでいく。すると今度はエリオット様が近づいて来られた。
「なんて可愛いのだろう。私の娘は」
私の娘。その言葉に私の胸がトクンと鳴った。嬉しそうに、そしてどこか誇らしげな表情。私を娘と思ってくださったのだ。
「いやいや、儂の孫が可愛いのだよ」
と、そこにライニール様。
「うちの子になってくれてもよかったのに」
少し拗ねたようなヘクター様に私は驚いて言葉が出なかった。
「もういいから、お茶にしましょう」
スティーブ様の声がイラついていた。見るとヴィンス様は鋭い目つきでこちらを見ている。
・・・怖い。ブライアン様を思い出した。いつもあの人は私をあんな目で見ていた。
「あら、ごめんなさい」
「だって、ドナがあまりに可愛いんだもの」
「明日から忙しくなるんだから、今日はゆっくりしましょう」
私は促され席についた。全員が着席しお茶が注がれる。とてもいい香りが広がった。タセル国はお茶の栽培も活発なので美味しいお茶がたくさんあるのだ。マリア様がお茶やお菓子の説明をしてくださり、和やかな雰囲気のままお茶を楽しむことができた。
しばらくすると、スティーブ様が本を読んでいることに気がついた。何の本だろう。何となく気になり見ていると、スティーブ様と目が合った。恥ずかしくなり目を背ける。
「スティーブったらこんな時にも本を読んで」
イザベラ様が呆れたような声をあげる。
「そういえば、ドナはタセル語の読み書きができたのよね」
マリア様に言われ、私は小さくうなづいた。スティーブ様やヴィンス様が気分を害したのではないかと不安だった。
「失礼な態度で申し訳ない」
スティーブ様が本を閉じ、私に丁寧に謝ってくれた。驚いて私はスティーブ様を見ると、同時に彼の持つ本が目に入った。それは私が訳した本だった。植物についての研究本。あの日々が蘇るようで私は目を離すことができなかった。
「本、好きなの?」
スティーブ様が微笑んで話しかけてくださる。私はドキドキして顔が熱くなっていた。今まで男性に話しかけられることはなかった。あったとしても相手は私を使用人と思っていただろうから、何かを尋ねられるようなことばかりだった。
「は、はい」
好きだったわけではなかった。姉のために訳さなければならなかっただけで、本を読んで楽しむということはなかった。でも否定することができずに私は返事をした。
「読んでみる?」
そう言ってスティーブ様が本を手渡してくださった。表紙を見るとあの日々を思い出した。吐き気が込み上げそうになるのをグッと堪え、さも興味があるように本を開いた。
【この本を手にしてくださった方へ
私がずっと伝えたかったことをようやくお伝えすることができました。
どうかこの本を読んで楽しんでください】
1ページ目に書かれていた文を読み驚いた。私が見た本にはこんなことは書かれていなかった。そのまま私はページを捲った。確かに次からは私が読んだ本のとおりだった。
「ドリアリー教授と言って、植物学の専門家なんだ。でも専門的なことをわかりやすく書いてくれていて、とても面白い本だよ」
この本を最初に手にしたことを思い出した。絵が書かれているので見やすいと思ったこと。でも結局タセル語を勉強して翻訳しなくてはいけなくなった。それはとても辛い作業だった。でも見たことのある花の効用が書かれていて、私はあの時感心したのだ。名前を知らなかった花には名前があって役割がある。そんなことを知れて嬉しかった。純粋に知識が増えて楽しかった。多分、姉のためでなければ楽しいことだったのだ。
「面白い?」
「はい」
スティーブ様に話しかけられ、私は反射的に答えていた。顔を上げ、スティーブ様を見ながら笑顔になっていた。瞬間、自分が恥ずかしくなり俯いた。
「他の本も読んでみる?よければうちの図書室に来るといいよ。叔父上の図書室は戦術の本ばかりだからつまらないよ」
「何を言うんだ」
エリオット様が真っ赤な顔をしている。
「そうよ、おとぎ話の本だってあるんだから」
クララ様が口を尖らせ抗議した。
「おとぎ話って、魔物に攫われたお姫様を助けに行く王子の話ですよね。あれも大半が魔物と王子の戦いの話ばかりだし」
スティーブ様の冷静な話し方にエリオット様は悔しそうな顔をした。やはり騎士だからそういう本が多くなるのか。つまり、エリオット様は本を読んでいるのだ。
ラガン家にもたくさんの本があった。実家のロゼルス家にも図書室があり、ラガン家ほどではないが本を所有している。しかし所有しているだけで実際に読むことはあまりない。ブライアン様が本を読んでいる姿を見た記憶がないことに気づいた。
「好きな本を読んで何が悪い」
「そうよ、読まない本を置いておくなら読む本を置いておくべきよ」
「それならドナが好みそうな本も置くべきですね」
スティーブ様は冷静に答えている。
「そうね、それなら買いに行きましょう。明日はドレスに本、それから流行りのお菓子も見に行きましょうね」
「私も行きますわ」
クララ様とイザベラ様が笑顔で私を見ている。こんなふうに会話をすることに慣れていない私は、どう答えていいかわからなかった。それでも何とか笑顔を作り、返事の代わりにしたのだった。
「まぁ・・・」
部屋に入ると全員の視線が私に注がれたのを感じた。ヘクター様の奥様のイザベラ様の小さな声を聞き、私は咄嗟に頭を下げた。
「も、申し訳ございません。お待たせしていたとは存じ上げず・・・」
おそらくみんなでお茶をすることになっていたのだろう。私の着替えのせいできっとお待たせしていたのだ。私は深々と頭を下げた。いつもしていたことだ。
「違うのよ」
「そうよ、ドナが謝ることではないのよ」
私のところに駆け寄るイザベラ様と私を抱きしめるクララ様に挟まれた。
「このドレス、よく似合うわ」
「そうでしょ」
クララ様が得意げに笑うと、イザベラ様も笑顔を見せている。怒っているわけではなかったのか。私は少し安心したが、男性の方々の様子が気になった。私の着替えで皆様をお待たせしていたのだ。不快に思わないわけがない。
「これはオーダーではないのでしょう?」
そこにマリア様がゆっくり近づいてこられた。
「はい、時間がなかったので店にあったものを買い上げました」
「では近いうちに時間を取りましょう」
「コヨマ商会でよろしいですか?」
「ポギロ商会のほうが最近は人気のようですわ」
3人のお話が理解できないのだが、話はどんどん進んでいく。すると今度はエリオット様が近づいて来られた。
「なんて可愛いのだろう。私の娘は」
私の娘。その言葉に私の胸がトクンと鳴った。嬉しそうに、そしてどこか誇らしげな表情。私を娘と思ってくださったのだ。
「いやいや、儂の孫が可愛いのだよ」
と、そこにライニール様。
「うちの子になってくれてもよかったのに」
少し拗ねたようなヘクター様に私は驚いて言葉が出なかった。
「もういいから、お茶にしましょう」
スティーブ様の声がイラついていた。見るとヴィンス様は鋭い目つきでこちらを見ている。
・・・怖い。ブライアン様を思い出した。いつもあの人は私をあんな目で見ていた。
「あら、ごめんなさい」
「だって、ドナがあまりに可愛いんだもの」
「明日から忙しくなるんだから、今日はゆっくりしましょう」
私は促され席についた。全員が着席しお茶が注がれる。とてもいい香りが広がった。タセル国はお茶の栽培も活発なので美味しいお茶がたくさんあるのだ。マリア様がお茶やお菓子の説明をしてくださり、和やかな雰囲気のままお茶を楽しむことができた。
しばらくすると、スティーブ様が本を読んでいることに気がついた。何の本だろう。何となく気になり見ていると、スティーブ様と目が合った。恥ずかしくなり目を背ける。
「スティーブったらこんな時にも本を読んで」
イザベラ様が呆れたような声をあげる。
「そういえば、ドナはタセル語の読み書きができたのよね」
マリア様に言われ、私は小さくうなづいた。スティーブ様やヴィンス様が気分を害したのではないかと不安だった。
「失礼な態度で申し訳ない」
スティーブ様が本を閉じ、私に丁寧に謝ってくれた。驚いて私はスティーブ様を見ると、同時に彼の持つ本が目に入った。それは私が訳した本だった。植物についての研究本。あの日々が蘇るようで私は目を離すことができなかった。
「本、好きなの?」
スティーブ様が微笑んで話しかけてくださる。私はドキドキして顔が熱くなっていた。今まで男性に話しかけられることはなかった。あったとしても相手は私を使用人と思っていただろうから、何かを尋ねられるようなことばかりだった。
「は、はい」
好きだったわけではなかった。姉のために訳さなければならなかっただけで、本を読んで楽しむということはなかった。でも否定することができずに私は返事をした。
「読んでみる?」
そう言ってスティーブ様が本を手渡してくださった。表紙を見るとあの日々を思い出した。吐き気が込み上げそうになるのをグッと堪え、さも興味があるように本を開いた。
【この本を手にしてくださった方へ
私がずっと伝えたかったことをようやくお伝えすることができました。
どうかこの本を読んで楽しんでください】
1ページ目に書かれていた文を読み驚いた。私が見た本にはこんなことは書かれていなかった。そのまま私はページを捲った。確かに次からは私が読んだ本のとおりだった。
「ドリアリー教授と言って、植物学の専門家なんだ。でも専門的なことをわかりやすく書いてくれていて、とても面白い本だよ」
この本を最初に手にしたことを思い出した。絵が書かれているので見やすいと思ったこと。でも結局タセル語を勉強して翻訳しなくてはいけなくなった。それはとても辛い作業だった。でも見たことのある花の効用が書かれていて、私はあの時感心したのだ。名前を知らなかった花には名前があって役割がある。そんなことを知れて嬉しかった。純粋に知識が増えて楽しかった。多分、姉のためでなければ楽しいことだったのだ。
「面白い?」
「はい」
スティーブ様に話しかけられ、私は反射的に答えていた。顔を上げ、スティーブ様を見ながら笑顔になっていた。瞬間、自分が恥ずかしくなり俯いた。
「他の本も読んでみる?よければうちの図書室に来るといいよ。叔父上の図書室は戦術の本ばかりだからつまらないよ」
「何を言うんだ」
エリオット様が真っ赤な顔をしている。
「そうよ、おとぎ話の本だってあるんだから」
クララ様が口を尖らせ抗議した。
「おとぎ話って、魔物に攫われたお姫様を助けに行く王子の話ですよね。あれも大半が魔物と王子の戦いの話ばかりだし」
スティーブ様の冷静な話し方にエリオット様は悔しそうな顔をした。やはり騎士だからそういう本が多くなるのか。つまり、エリオット様は本を読んでいるのだ。
ラガン家にもたくさんの本があった。実家のロゼルス家にも図書室があり、ラガン家ほどではないが本を所有している。しかし所有しているだけで実際に読むことはあまりない。ブライアン様が本を読んでいる姿を見た記憶がないことに気づいた。
「好きな本を読んで何が悪い」
「そうよ、読まない本を置いておくなら読む本を置いておくべきよ」
「それならドナが好みそうな本も置くべきですね」
スティーブ様は冷静に答えている。
「そうね、それなら買いに行きましょう。明日はドレスに本、それから流行りのお菓子も見に行きましょうね」
「私も行きますわ」
クララ様とイザベラ様が笑顔で私を見ている。こんなふうに会話をすることに慣れていない私は、どう答えていいかわからなかった。それでも何とか笑顔を作り、返事の代わりにしたのだった。
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