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タセル国にて
9 新しい生活が始まる
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タセル国に着いた頃、私は何とかタセル語が話せるようになっていた。タセル国は大きな国で、私にとっては珍しいものしかなく何を見てもキラキラして見えた。
そもそも私はあまり外の世界を見てこなかった。ずっと家の中で暮らしてきたからだ。タセル国の建物は大きくて重厚な感じのものが多い。あれは何の建物でいつ建設された、と私にライニール様が説明してくださる。何でも答えてくれるライニール様を私は尊敬の眼差しで見返していた。そんな私をレティシア様もマリア様も面白そうに見ていた。
「私の家族を紹介するわ」
レティシア様の侍女のマリア様にそう言われ、私はマリア様のご家族に会うことになった。マリア様はレティシア様の騎士を務めていたライニール様と結婚されていて、2人の息子さんがいる。
上の息子さんはヘクター様といって文官として役職に着いており、どうやらかなり偉い立場にいらっしゃるようである。確かに威厳があるが、穏やかで優しい雰囲気の方だった。奥様はイザベラ様といってとても綺麗な方。やはり優しい雰囲気で私を笑顔で迎えてくださった。お二人には息子さんが2人。上の息子さんのスティーブ様は私より5歳上でお父上と同じ文官を目指して学校に通われている。下の息子さんのヴィンス様は私より3歳上。お祖父様のライニール様のような騎士を目指して学校と予備騎士団で特訓を受けているそうだ。
マリア様の下の息子さんのエリオット様は王宮騎士をされている。奥様はクララ様といって背が高く、凛とした佇まいの方だった。お二人はお子さんには恵まれなかったそうだが、非常に仲が良く幸せそうな様子が初めてお会いした私でもわかった。
マリア様とライニール様は結婚して息子さんたちが生まれてもレティシア様から離れず、お子さんをタセル国にいるライニール様のご両親に預けられたそうだ。仕事を全うしたいということもあったそうだが、タセル国の方が教育水準が高いので迷うことはなかったらしい。
定期的に帰国して家族として過ごされたそうだが、大きな問題はなかったそうだ。実際、今のご家族の様子はそんな隔たりを一切感じない。昨日まで一緒に過ごしていたと勘違いするくらいだ。そんな様子を見ていると、ここにいていいのかと思う。早く私が行く場所へ行かなければと思う。でもどこへ・・・?
私は家族から離れるために、身分も名前も捨ててきた。新しく何を手に入れればいいのだろう。わからないけど、でもここにいたらダメなのだ。ここは私の場所ではないのだから。
優しく接してくれるマリア様のご家族に申し訳なかった。早くここを立ち去らなくては。
「ドナ。話があるのよ」
そんな私にマリア様は相変わらず優しい。
「すでに手続きはできているの。次男のエリオットの養子にならない?」
えっ。私は驚いてマリア様を見た。マリア様の隣にはライニール様が歯を見せて笑っている。その横でエリオット様とクララ様が微笑んでいた。
「母から聞いて待ちわびていたんだ」
「手紙をもらってすぐに家を改装して女の子向きの部屋を作ったのよ」
本当に嬉しそうに話しているエリオット様とクララ様。待っていてくれたなんて本当だろうか。すぐには信じられなかった。養子縁組はタセル国での私の身分を作るためであるのだろう。そんなことまでしてもらっていいのだろうか。家族から離れてタセル国に来られただけでもありがたいことなのだ。正直に言えば、身寄りのない子として使用人にでもしてもらってよかったのだ。
タセル国に向かう途中、ずっと私は考えていた。タセル国で私はどうやって暮らせばいいのか。レティシア様やマリア様が放り出すわけはないと思っていたが、いつまでも甘えるわけにいかない。ずっと一緒にはいられない。そもそも身分が違う。本来なら同席は許されないのだ。多くを望めばいずれ破綻がくる。過去のことから私は理解している。一度手に入れたら手放すことが困難だ。手放してしまって悲しい思いをするなら、手に入れない方がいいのだ。
私は姉のスペアとして、そして姉の小間使いとしてずっと過ごしてきた。いまさらいい家の娘として過ごせるわけがない。身分はすでに捨ててしまった。今の私は生きることを許されただけの人間なのだ
しかし、そんなことはないとマリア様に言われた。生きることを選択したら、その次を求めていいのだと言う。自分を愛し、より良い自分になれるように生きていいのだと言う。
そもそも、タセル国では養子を迎えることは珍しいことではないらしい。特に貴族は積極的に養子を迎え、将来的に優秀な人材を育成するのが貴族の義務とも言えるそうだ。養子といってもいろいろあるらしく、財産分与に関与できるか、後継者になれるかどうかなど細かい取り決めがされるそうだ。
私は財産分与も後継者にも関係ない養子になった。いろいろ勘繰る人がいるから、とマリア様に説明され隠し子と思われることを避けたのだと思った。確かに私のような不出来な子の関係者と思われるのは避けたいだろう。そんなふうに自分を納得させていたら、マリア様が教えてくれた。
勘繰るとは私の出自のことだそうだ。つまり、いきなり現れた子どもは何者か。調べようと思えば私がどこの家の出身かすぐにバレてしまうとのこと。それだけは避けたいだろうという配慮らしい。こんなふうに私を気遣ってくださることに私は心から感謝した。が、同時に私の出自はバレているのだろうと悟った。こんなによくしてくださるレティシア様やマリア様に聞かれたら、私は全てを話すつもりだった。しかしお2人は何も聞かない。そのことが本当にありがたかった。
お会いさせていただいたご家族の方々は皆様優しく暖かな人柄が滲み出ていた。マリア様とライニール様の人徳というのだろうか。
「本当の家族と思ってね」
笑顔でそう言われるが、本当の家族は私に笑顔を見せてはくれなかった。侮蔑的な笑いならいつものことではあったが、こんなふうに優しく微笑まれると何故か不安を感じてしまう。
「ゆっくり慣れていけばいいのよ」
私の曖昧な様子に気づいてくれたマリア様の言葉に私は小さくうなづく。
「環境が変わると不安になるのは仕方ないことよ。何かあれば話してね」
マリア様の言葉が深く私の心の奥に染み渡っていく。ここが私の居場所なのだ。私は何度も心の中で呟いた。
そもそも私はあまり外の世界を見てこなかった。ずっと家の中で暮らしてきたからだ。タセル国の建物は大きくて重厚な感じのものが多い。あれは何の建物でいつ建設された、と私にライニール様が説明してくださる。何でも答えてくれるライニール様を私は尊敬の眼差しで見返していた。そんな私をレティシア様もマリア様も面白そうに見ていた。
「私の家族を紹介するわ」
レティシア様の侍女のマリア様にそう言われ、私はマリア様のご家族に会うことになった。マリア様はレティシア様の騎士を務めていたライニール様と結婚されていて、2人の息子さんがいる。
上の息子さんはヘクター様といって文官として役職に着いており、どうやらかなり偉い立場にいらっしゃるようである。確かに威厳があるが、穏やかで優しい雰囲気の方だった。奥様はイザベラ様といってとても綺麗な方。やはり優しい雰囲気で私を笑顔で迎えてくださった。お二人には息子さんが2人。上の息子さんのスティーブ様は私より5歳上でお父上と同じ文官を目指して学校に通われている。下の息子さんのヴィンス様は私より3歳上。お祖父様のライニール様のような騎士を目指して学校と予備騎士団で特訓を受けているそうだ。
マリア様の下の息子さんのエリオット様は王宮騎士をされている。奥様はクララ様といって背が高く、凛とした佇まいの方だった。お二人はお子さんには恵まれなかったそうだが、非常に仲が良く幸せそうな様子が初めてお会いした私でもわかった。
マリア様とライニール様は結婚して息子さんたちが生まれてもレティシア様から離れず、お子さんをタセル国にいるライニール様のご両親に預けられたそうだ。仕事を全うしたいということもあったそうだが、タセル国の方が教育水準が高いので迷うことはなかったらしい。
定期的に帰国して家族として過ごされたそうだが、大きな問題はなかったそうだ。実際、今のご家族の様子はそんな隔たりを一切感じない。昨日まで一緒に過ごしていたと勘違いするくらいだ。そんな様子を見ていると、ここにいていいのかと思う。早く私が行く場所へ行かなければと思う。でもどこへ・・・?
私は家族から離れるために、身分も名前も捨ててきた。新しく何を手に入れればいいのだろう。わからないけど、でもここにいたらダメなのだ。ここは私の場所ではないのだから。
優しく接してくれるマリア様のご家族に申し訳なかった。早くここを立ち去らなくては。
「ドナ。話があるのよ」
そんな私にマリア様は相変わらず優しい。
「すでに手続きはできているの。次男のエリオットの養子にならない?」
えっ。私は驚いてマリア様を見た。マリア様の隣にはライニール様が歯を見せて笑っている。その横でエリオット様とクララ様が微笑んでいた。
「母から聞いて待ちわびていたんだ」
「手紙をもらってすぐに家を改装して女の子向きの部屋を作ったのよ」
本当に嬉しそうに話しているエリオット様とクララ様。待っていてくれたなんて本当だろうか。すぐには信じられなかった。養子縁組はタセル国での私の身分を作るためであるのだろう。そんなことまでしてもらっていいのだろうか。家族から離れてタセル国に来られただけでもありがたいことなのだ。正直に言えば、身寄りのない子として使用人にでもしてもらってよかったのだ。
タセル国に向かう途中、ずっと私は考えていた。タセル国で私はどうやって暮らせばいいのか。レティシア様やマリア様が放り出すわけはないと思っていたが、いつまでも甘えるわけにいかない。ずっと一緒にはいられない。そもそも身分が違う。本来なら同席は許されないのだ。多くを望めばいずれ破綻がくる。過去のことから私は理解している。一度手に入れたら手放すことが困難だ。手放してしまって悲しい思いをするなら、手に入れない方がいいのだ。
私は姉のスペアとして、そして姉の小間使いとしてずっと過ごしてきた。いまさらいい家の娘として過ごせるわけがない。身分はすでに捨ててしまった。今の私は生きることを許されただけの人間なのだ
しかし、そんなことはないとマリア様に言われた。生きることを選択したら、その次を求めていいのだと言う。自分を愛し、より良い自分になれるように生きていいのだと言う。
そもそも、タセル国では養子を迎えることは珍しいことではないらしい。特に貴族は積極的に養子を迎え、将来的に優秀な人材を育成するのが貴族の義務とも言えるそうだ。養子といってもいろいろあるらしく、財産分与に関与できるか、後継者になれるかどうかなど細かい取り決めがされるそうだ。
私は財産分与も後継者にも関係ない養子になった。いろいろ勘繰る人がいるから、とマリア様に説明され隠し子と思われることを避けたのだと思った。確かに私のような不出来な子の関係者と思われるのは避けたいだろう。そんなふうに自分を納得させていたら、マリア様が教えてくれた。
勘繰るとは私の出自のことだそうだ。つまり、いきなり現れた子どもは何者か。調べようと思えば私がどこの家の出身かすぐにバレてしまうとのこと。それだけは避けたいだろうという配慮らしい。こんなふうに私を気遣ってくださることに私は心から感謝した。が、同時に私の出自はバレているのだろうと悟った。こんなによくしてくださるレティシア様やマリア様に聞かれたら、私は全てを話すつもりだった。しかしお2人は何も聞かない。そのことが本当にありがたかった。
お会いさせていただいたご家族の方々は皆様優しく暖かな人柄が滲み出ていた。マリア様とライニール様の人徳というのだろうか。
「本当の家族と思ってね」
笑顔でそう言われるが、本当の家族は私に笑顔を見せてはくれなかった。侮蔑的な笑いならいつものことではあったが、こんなふうに優しく微笑まれると何故か不安を感じてしまう。
「ゆっくり慣れていけばいいのよ」
私の曖昧な様子に気づいてくれたマリア様の言葉に私は小さくうなづく。
「環境が変わると不安になるのは仕方ないことよ。何かあれば話してね」
マリア様の言葉が深く私の心の奥に染み渡っていく。ここが私の居場所なのだ。私は何度も心の中で呟いた。
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