心の中にあなたはいない

ゆーぞー

文字の大きさ
上 下
6 / 69
ブライアン

6 ロゼルス家からの使者

しおりを挟む
 自室に戻った俺は手にしていた物をまじまじと見た。日記帳で間違いないようだ。赤い表紙でやや古ボケた印象である。アリーの物なのだろうか。いくら亡くなった妻のものであっても日記を読むのは憚れる。そう思いながらも好奇心はある。

 俺は意を決して中を見てみることにした。開いてみると驚いた。まさにミミズがのたくったような字が並んでいた。妻のものであるわけがない。アリーの字はとても綺麗だった。手紙や書類の清書をしてもらうくらいだったのだ。となるとこれは妹のアニーの日記ということになる。途端にこの家の中で息を引き取ろうとしている彼女のことを少なからず思った。

 やはり医者を呼ぶべきだろうか。そう思った瞬間、あの女の顔がチラついた。ガリガリに痩せて陰気臭く突っ立っている役立たず。アリーのお情けでいさせてやったが、本来あの女は実家に帰らせるべきだったのだ。何度か言ったことがあるが、アリーはその都度頼み込んできた。家に戻っても何もできないままなのだ、かわいそうな子だからと言われ、やむなくうちで面倒を見てやったのだ。

 実際、アニーは何をしているのかよくわからなかった。これでは役立たずと言われても仕方がないだろう。うつろな目をして何を考えているのかわからない。アニーが視界の端に映るたびに俺は気分が悪かった。

 そうだ、あの女がこれでいなくなるのだ。どうせならアリーが生き返ればいいのに。アリーのおかげでラガン家は今や陛下からも注目されている。見事な刺繍の腕前やタセル国の翻訳本。アリーのために泣く人間は多数いるが、アニーのために泣く人間はいないのだ。どうしてこんな不公平なことが起きるのだろう。望んだ結婚ではなかったが、望んだ未来は掴めそうだった。それなのに・・・。




 翌朝。ジョンソンは医者を呼びアニーの死が確認された。すぐにロゼルス家から人が来た。養子に迎えられたピートという男である。本来ならこいつとアニーが結婚してロゼルス家を継ぐはずだったが、ピートがそれを拒んだと俺はアリーから聞いていた。養子が拒むことができるのかと疑問だったが、両親はアニーに家に残って欲しくなかったらしく、結局アニーは家を追い出されるしかなかったそうだ。

 ロゼルス家の非常識さはわかっていたので、俺はすんなりアリーの話を信用した。ピートとは挨拶程度で話したことはなかった。両親ではなくピートが来たということに、俺はやはりアニーは家では嫌われていたのだと思った。

「自分と結婚するはずだったんですよ、アニーは」

 夜中に何かの用事で起き出し、おそらく階段を踏み外してしまったのだろうと俺はピートに説明した。ピートは俺の説明を黙って聞き、そしてしばらく黙った後にそう言った。

「しかしアリーがどうしても連れて行くと言って聞かなくて。仕方なく一緒に行かせたんです」

 アリーとは違うことをピートは言った。本当のところはどうでもよかった。正直言えばさっさと終わらせたかった。アニーの話をするのも面倒だった。

「こんなことなら無理にでも家に残らせればよかったです」

 ピートは人を見下しているような慇懃な物言いだった。そんなに思っているならアニーを引き取ってくれてよかったのだ。俺だってあんな女に居座られて迷惑だった。だがそんなことを言うわけにはいかない。こちらとしては、2人も死人が出たことにショックを受けているのだ。アニーの分の葬式はうちでやるつもりはなかった。

「まさかあんなに痩せているとは思いませんでした」

 確かにアニーは痩せていた。好き嫌いが多くマナーもなっていないのでディナーの席についても失礼な態度しか取れない。本人も人前に出られないと言っている。アリーの言葉が脳裏に蘇る。だから俺は一度もアニーと食事をしたことがなかった。

「こちらではどんな食事を?」

 ピートの質問に俺は管轄外だから知らないと答えた。まるでうちが食べさせなかったと言っているようだ。

「医者通いをしていたアリーの方が健康的でしたね」

 思わずピートを睨みつけてしまったが、彼の目は何の反応もなく自分を見返してた。疑っているのか。アニーの死が単なる事故とは思っていないのだろうが、アニーは不幸にも足を踏み外したのだ。運が悪かっただけだ。

「アリーがタセル語を翻訳するとは思いませんでした」

 話を変えようとしたのか唐突にピートは話し出した。

「そんなことができるとは思っていませんでしたから」

「我が家の図書室で本を見つけ、興味を持ったのがきっかけだったようです」

 淡々と俺は返事をした。早く帰ってほしかった。しかしピートは帰るつもりはないらしい。

「へえ・・・」

 彼は口角をあげて笑顔を見せたが、目は笑ってはいない。その様子が不気味だった。

「興味を・・・ね・・・」

 何を言いたいのだろうか。何やら含みのある言い方だった。少しの間、彼は黙った。俺も同じく黙ってただ時が過ぎるのを待つことにした。

「アニーは連れて帰りますよ」

 これで終わる。俺はホッとした。

「それからアリーの御者も。アリーと一緒に旅立ちましたが、一緒にさせてはいけないでしょう。御者はうちの者でしたから」

 アリーはラガン家の納骨堂に納めることになっており、すでに手配は済んでいる。馬車が事故を起こした後、御者とアリーは並んだ状態で発見された。道はぬかるんでいて、操作を誤ったのだろう。御者はアリーを助けるためか、あるいは様子を見るためかアリーのそばまで行ってそのままこと切れた。と、現場を見た者に言われた。アリーはほとんど即死だったらしい。苦しまなかったのが救いだった。

 ピートはようやく立ち上がった。俺も嬉しさのあまり口元が緩んでいた。

「ケイラとアダムも連れて帰りましょうか。家族ですから」

 不意に聞かれ俺は面食らった。向こうの両親に会わせたいということだろう。確かに色々あり過ぎて落ち着かない状況だ。アダムのことも心配ではあるが、目を離すわけにはいかない。親である以上は責任を果たさなければならないからだ。

「いずれ挨拶に行かせます。今はまだ落ち着いていませんから」

 俺がそう言うと、ピートは意外そうな顔をした。

「奇特な方ですね」

 何を言っているのだろうと思ったが、ピートは足早にドアに向かっていく。ドアの前で立ち止まり振り返ると、今度は満面の笑みを浮かべていた。

「他人の子どもですし、やはり私には無理ですね」

    向こうの両親からしたら、娘2人を失いピートは養子だ。血の繋がりがあるのはケイラとアダムだけになった。そう思うと気の毒である。早いうちに挨拶に行かせよう。

    俺はピートに笑顔を返した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

わたしを捨てた騎士様の末路

夜桜
恋愛
 令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。  ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。 ※連載

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

この傷を見せないで

豆狸
恋愛
令嬢は冤罪で処刑され過去へ死に戻った。 なろう様でも公開中です。

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

処理中です...