美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー

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「へ、陛下!」

 救護室へ行くとあちこち包帯を巻いたキュリロス大臣がベッドで寝ていた。しかし陛下が来られたとわかるやいなや起きあがろうとしていた。それを陛下は手で制すのだが、キュリロス大臣は律儀に起き上がる。ふらつきもせず、しっかりと立っている。この人、すごくないかな?怪我してるんだよね。30人を相手に戦ったんだよね。

「よくぞ、マリアンヌを守ってくれた。礼を言うぞ」
「もったいないお言葉・・・」

 キュリロス大臣が深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。あの時・・・」

 私もすぐにお礼を言う。でもあの時を思い出したら言葉が続かなかった。キュリロス大臣がうまく誘導してくれたから隠れられた。無事でいられたのだ。

    そしてその後。30人もの敵とたった1人で戦ったのだ。

「マリアンヌ様、ご無事で何よりでした」

 キュリロス大臣の声は相変わらず抑揚もなく冷たい印象を受ける。しかし、それは違うと今は思える。

「キュリロス、俺は誤解していた。キュリロスはてっきり・・・」

 殿下が悔しそうな顔で頭を下げていた。きっとリンゴンのスパイと思っていたのだろう。

「すぐ近くの人間も騙せなければ、やる意味はないですからね」

 淡々と語るキュリロス大臣。その声は怪我をしていることを感じさせないくらいに元気そうだ。包帯は身体中に巻かれているけれど。

【こいつはつまらんな】

 クロがポツリとつぶやいた。

【耐性がありすぎる。他の奴なら痛がって唸っているはずなのに、こいつは平気なツラしてやがる。つまらん】

 そう言うと、クロはプイッとそっぽを向いた。なるほど、包帯は飾りじゃなく本当に大怪我しているんだ。ところが。

「な・・・、どういうこと・・・」

 キュリロス大臣が目を見開いた。感情を表に出さないはずのキュリロス大臣が、である。

「どうしたんだ?」

 キュリロス大臣の声を聞いて陛下も驚いている。

「い、痛みがなくなりました」
「え?」

 自然と全員の目がクロに注がれる。

【つまらんから、こいつの痛みや怪我とやらをあいつらに移してやったわ】

 クロは呑気な様子であくびをしながら言う。あいつら?

「グギャー、痛ぇ、痛ぇよ!」
「チクショー!」
「何で、急に痛みが・・・」

 別の部屋から叫び声が聞こえてきた。

【ずいぶん大袈裟だな】

    声の主はおそらく別室にいるのであろうリンゴンのスパイたちであろう。

「たいした怪我をしてないはずですがね」

    キュリロス大臣がニヤリと笑った。悪役俳優みたいな笑顔だけど、多分素の笑顔だよね。

「マリアンヌ様、お願いを聞いてくださらないでしょうか?」

    悪役俳優のニヒルな笑顔のまま、キュリロス大臣に言われた。

「何ですか?」

    私の命の恩人だ。私にできることなら何でもやる。でも、お願いってなんだろう。少し不安だ。

「ギュウドンを頂けませんか?」

    キュリロス大臣の目がキラキラ光って見える。

「任務中だったので我慢していました。ですが、食べたくてたまらなかったのです」

    二重スパイという任務のため自分をいつも以上に律する必要があると考え、彼は我慢していたらしい。牛丼くらいいくらでもどうぞ。私はバッグから牛丼を取り出す。

「ありがとうございます」

    キュリロス大臣は丁寧に頭を下げると、牛丼を目の前に掲げた。そしてじっと見据える。それが終わると「頂きます」と、小さく呟いた。口元が少し緩んでいる。

    次の瞬間、目にも止まらぬ早さで牛丼を掻き込んでいく。

「美味しいです。満足しました」

    15杯の牛丼を食べ、キュリロス大臣は本当に満足したという声を出した。感情の籠った声だった。

「すべてを白状したら牛丼を食べさせてやると奴らに言えば、1時間もしないで全容は明らかになるでしょう」

    ニヤリと笑ってキュリロス大臣は陛下に話している。取り調べはカツ丼が定番だけどね、と心の中で呟いた。そろそろ戻ってマーサとメアリを安心させよう。

「部屋まで送るよ」

    殿下に言われ、私たちは歩き出した。明日は婚約発表だ。私は元の世界のことを思い出した。元の世界ではうまくいかなかったけど、この世界ではうまくいくのかな。

「何を考えている?」

    私が黙っているせいか、殿下が心配そうな声を出した。

「殿下と、ずっと仲良く生活できたらいいなって」

    何故だか素直に言葉に出た。驚いた顔で殿下は私を見返した。顔が赤くなっている。

「俺も、リィとずっと仲良くしていきたい」

    殿下も私のことを目をそらさずに見てくれている。

「その前に、殿下じゃなくて」
「ルー様」

    まだ言い慣れない。でもいずれは慣れていくのだろう。彼はいずれ殿下ではなく陛下になる。それでも私たちはルーとリィでありたい。そんなふうに思っていた。
 
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