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しおりを挟むキュリアス大臣はユティシア様の護衛騎士だった。前陛下の時代は国内は荒れていて、ユティシア様も何度か命を狙われたことがあったらしい。その度にキュリアスがユティシア様を救い、ユティシア様はキュリアスに全幅の信頼を寄せていた。それは輿入れされた後も続いていた。
リンゴンは基本的には穏やかな人が多いのだが、中には過激な思想を持つ人がいる。そして兵力を強め近隣諸国を制圧すべきだという考え方の人たちが秘密裏に集まっているという。輿入れされてしばらく経って、ユティシア様は国内にそういう人たちがいると知った。その上、偶然にも自分の輿入れは全てその人たちが仕組んだことであったと知った。あの土砂災害をわざと起こし、我が国にリンゴンのスパイを送り込む。そのことに我が国が気づいたとしても、人質としてユティシア様がいる以上は何もできない。
ユティシア様は密かにキュリアスに連絡をし、このことを伝えた。キュリアスは陛下に報告。おそらくスパイは騎士の中にもいるだろう。スパイを探すためにキュリアスはわざとリンゴンの過激な団体に接触した。つまりは二重スパイというやつである。
小説や映画のような話が出てきて、私は思わずフィクションのような気持ちで聞いてしまっていた。でもこれは現実で自分にも関わることなのだと気づいた。気づいた後は怖くなり、思わず横にあった殿下の手を握ってしまった。
一歩間違えば戦争である。過激な人たちは望んだ結果だろうけど、大多数の人はそうではない。
「やられたのだから、やり返すべきだろう」
陛下はニヤリと笑った。皇后様もニコニコと笑っている。笑ってできる話ではないはずだ。でもお二人は笑っている。
我が国でもリンゴンにスパイを送った。今の陛下の時代になってから国内は穏やかになったが、とはいえ危険に対処できるだけの備えは必要なのである。我が国にもそういった人材はいたのだ。
そして私という存在がリンゴンにバレた。私の料理を食べれば兵力は上がる。その時点で実はリンゴンの王族は軟禁されていたらしい。半ば強要され、ユティシア様は手紙を書いた。
「交換留学、という言葉は嫁ぐ前に決めていた暗号だったんだ」
陛下とユティシア様の間で、万が一助けが必要になった場合の暗号をいくつか決めていたらしい。
「キュリロスに交換留学はしないと言っただろう?あの言葉でこちらにいるスパイどもが動き出すだろうと思っていた。同時にリンゴンにいる我が国の者が動き出す合図だった」
「キュリロスが二重スパイとは知りませんでした」
殿下が悔しそうに言う。
「そりゃ、味方を騙せないと敵を騙せないだろう?」
陛下のニヤニヤ顔が止まらない。
「ですが、リィを危険に晒したことに変わりませんよ。儀式を済ませたからよかったようなものの」
当初儀式は婚約発表の後にするはずだったそうだ。しかしスパイたちがすぐにでも動きだすというキュリロスの意見を聞き、儀式を行ったらしい。キュリロスはユティシア様から儀式のことを聞いていたそうである。
そして陛下は何度も私を危険な目に合わせたことを謝ってくれた。実際は危険なことはなかったけど、怖い思いをしたのは事実。私もその謝罪を受け入れた。
「陛下、ご無事ですか」
ドミニク様の声が聞こえた。
「全て完了しました」
やや疲れたような声ではあるけど、しっかりした声だ。
「マリアンヌちゃん」
皇后様が私に笑いかけてくださる。
「今日は本当に頑張ったわね」
そう言いながら頭を撫でてくれた。
「疲れたと思うけど、明日はパーティもあるわ」
皇后様は優しい声だったけど、目は笑っていなかった。
「今日のことはお城の中にいる人しか知らない。口外はされないわ。だから明日は何事もなかったように過ごさないといけないの」
皇后様の手が何度も私の頭の上を行き来する。
「今日のようなことが二度と起きないと約束できない。もっとひどいことが起きるかもしれない。それでも、私たちは何事もなかったように毎日を過ごさないといけないの」
その言葉を聞いて、私はどうしたらいいかわからなくなった。目の前で私のことを案じてくれる人のために笑おうとしたけど、引き攣ってしまってできなかった。
「大丈夫、難しくてもできないと思っても、いつかはできるようになるから」
皇后様の笑顔を私は見つめ返した。今はそれしかできなかった。
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