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しおりを挟む「ぼ、僕の領地は遠方なんですけど。日照りが続いたせいで農民が逃げ出してしまって、税を納めるのがやっとになって。僕が三男なんで王宮に務めることになったんです」
お使いの人はドナルド君と言って、地方の子爵の三男だそうだ。お城でもらった給金もほとんどが仕送りに消え、お城務めなら飢えることはないけど、そんなに美味しいものが食べられるわけでもない。しかし少し前にうちにお使いに来た人からお菓子を分けてもらって感激したそうだ。それ以降、誰がお使いに行ってお菓子をもらったとしても全員で分けるようになったそうだ。
「順番を決めて全員が不公平がないようにお菓子を分けているんです」
ドナルド君はそう言って笑った。笑顔が眩しかった。
「贅沢・・・なんだな」
ドナルド君が帰った後、レオポール兄様は小さくつぶやいた。
「リリンの料理を真っ先に食べているし、お代わりまでしている。でもそれって贅沢なことなんだ」
「兄上、ではマリの料理を控えることはできますか?」
「そんなこと、無理だわ!」
お母様が金切り声を出して立ち上がった。椅子が大きな音を立てて倒れ、マーサとメアリが駆け寄る。
「奥様、落ち着いて」
「大丈夫ですよ、奥様」
お父様の眉間の皺が深まっているし、レオポール兄様は項垂れ、フランツ兄様は目を閉じたまま動かない。
「あ、あの。私が作っているだけですから、贅沢なんかじゃないですから」
私が場の空気を変えようと言ってみたが、誰も聞いている様子がない。
「あの雑炊が食べられなければ、私は死ぬ」
「天使ちゃんの料理を食べなかったら、私どうなってしまうの?」
「牛丼が・・・もう・・・」
「マリのチーズケーキ・・・最後にもう一個食べておくべきだった」
は?今からでも出してあげましょうか?私が死んだわけでもないし、二度と作らないとも作れないとも言っていないし。みんな、どうしちゃったわけ?
「決めた、今日から一口一口をもっと味わって食べることにする!」
レオポール兄様が拳を握って宣言した。そんな大層な決意ではない。
「とにかく夕飯にしましょう」
おーという歓声が上がった。お母様は拍手してるし、マーサとメアリはその横で涙ぐんでいる。お父様もセバスチャンと握手しあっているし、レオポール兄様はフランツ兄様の肩を叩き、フランツ兄様も笑顔で交わしている。
幸せな一家だな。バカっぽいけど。
なんだか盛大に疲れてしまった。とりあえず、今日の夕飯はシャケのムニエルだ。今日は全員同じメニュー。
「うむ、やはり最高だな」
「お酒に合うわぁ。セバス、もう1本ね」
「ん?俺のだけ量が多いぞ。リリンの愛情分だな」
「兄上の大食漢のせいでマリは疲れたりしないでしょうか。そうなったら兄上が責任を持ってマリをおぶって城に上がってください」
「分かってる、大丈夫だ、任せろ!」
この程度で疲れないし、おぶわれて城に行くなんてするわけない。そもそも私の料理が贅沢とか言われているが、元の世界では贅沢ではない。ごく庶民的な料理である。本来なら公爵家の晩餐になるようなものではないのだ。
「お父様、こちらをどうぞ」
いつもの大根おろしを出すとお父様の目が輝いた。
「お母様、こちらを」
ワインに合わせてチーズとピクルスを出す。お母様はセバスチャンにワインをもう1本と強請り断られた。
「兄様、こちらを」
レオポール兄様にシャケのムニエルのバター醤油がけを出し、フランツ兄様にはチーズケーキをデザートに出した。
全員満足そうな顔をしている。そうだ、この顔を見たいんだ。私も思わずニマニマしてしまった。料理を作るのが好きで食べてもらうのが好き。だから今の生活が好き。
そう思うと私のニマニマは治らないのだった。
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