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しおりを挟む「これは何の騒ぎですかな?」
50代くらいだが長身でガッチリとした体格、短髪で姿勢良く大股で歩いてきた男性。いかにも軍人といった感じだ。
「キュリロス大臣」
兄様が苦々しい顔をしている。大臣なので兄様の上司に当たるのだろう。ドミニク様は王族だが人当たりも良く年齢も近いので付き合いやすい人物だろうが、この大臣は違うようだ。
とりあえず大臣ということであれば挨拶しなくては。だが・・・。
「結構ですよ。私は女や子どもの挨拶は受けない主義ですので」
は?耳を疑った。何をいってるの?挨拶を受けない主義?
「料理を提供してくれるのはありがたいですがね。過度な飲食は人を堕落させますので。その辺りを考えていただきたいですな」
「大臣」
殿下が静かに立ち上がり、低い声で言った。こんな低い声が出せるんだ。かなり驚きである。しかし大臣はチラリと殿下を見はしたが、すぐに視線を逸らした。
「人は贅沢になれると元に戻れないのですよ。常に最低を経験しておかなくては。その経験が人を強くさせるのです」
大臣は表情を変えずに淡々と話している。
「我々は魔獣が出たら出動しなくてはなりません。戦いの場に温かい食事が用意できますか?ゆっくり味を楽しむ余裕があると思いますか?殿下は何もわかっておられない」
口の端を軽く歪ませ、大臣は殿下を見ている。背の高い大臣は彼を見下ろす形にはなるが、実際見くだしている。それがわかるので殿下は唇を噛み締めている。実践経験もなく未成年である殿下が大臣に意見しても机上の空論。何をいっても論破されるだろう。
「では、大臣は召し上がらないということで」
「いえ、ぜひ召し上がってください」
レオポール兄様の言葉を遮り、私は丼を突きつけた。
「平和な時間を少しでも感じていただければ」
無理矢理ににっこりと微笑む。
「兄上の話を遮るとは、サーキス家のご教育は斬新ですな」
しかし大臣は目つきを険しくさせただけだった。
「女と子どもの意見を聞くほど、私は愚かではないのですよ」
は?またまた何を言い出すんだ。さすがに何も言えず呆然としてしまう。
「女は人を堕落させるとは良く言ったものですな」
大臣の言葉にキレた。
「堕落とは何を指しておられるのですか?たかだか料理を食べた程度で堕落したと言うのなら、それはその人物がその程度だと言うことではないですか?」
大臣の目がわずかに動いた。口答えするとは思わなかったのだろう。だが私も止まらない。
「騎士の方々が命をかけて魔獣に向き合っておられること、私なりに十分理解しているつもりでいます。人間は食べないと生きていけないんです。料理でその方々を労うことのどこがいけないのですか?」
怒鳴るくらいの勢いで言い切った。気づけば室内はシーンとしている。しまった、やりすぎた。
「大臣、せっかくマリアンヌ嬢が気を遣って料理してくれているんだ。気分を害するような真似はしないでもらいたい」
そこにいたのはドミニク様だ。
「私はそんなつもりで言ったわけではありません」
さすがにドミニク様相手では殿下のように見下すことはできないだろう。だが大臣は変わらず淡々としている。
「退団する者が大勢いたのに、最近は入団希望者が増加傾向にあります。マリアンヌ嬢の作る食事のおかげですよ」
え?そうなの?知らなかった。牛丼が入団者を呼んでいるのか。
「体力、気力も充実してきておりますし。飛躍的に食事の成果が出ていると言えますよ」
「そうですか、それは良かったですね。でも私が心配していることは、いつまでもマリアンヌ嬢に頼れないと言うことですよ」
その言葉にドミニク様の目つきが変わった。
「陛下も懸念していることでしょうけど」
大臣はそう付け足すと、
「では、私は仕事がありますので」
と、部屋を出ていった。どう言うこと?私に頼れない?陛下は何を懸念しているの?爆弾を落としていった大臣の背中を見ながら、頭の中で色々と考えていた。
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