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しおりを挟む【俺様は嫌だぞ】
クロはプイっと横を向いた。クロに癒しの力があるか確かめたいと騎士の食堂にやってきた。ここで仕事が終わった騎士にお酒を飲ませて試したいと殿下は言う。しかしクロはやる気がない。
【今日はもう帰って寝たい。昼寝もさせてもらえなかったんだ。労働基準法違反だ。ブラック企業か】
クロがぐちぐちと文句を言っている。正直私も疲れた。後日改めて仕切り直してもらいたい。そう殿下にお願いした。
「そうだな」
殿下は神妙な表情で腕を組み何やら考え事をしている。見ているとやはりかっこいい。漫画に出てくるみたいなThe王子様という感じだ。真剣に見惚れてしまう。
「今日はやめておこうか」
しばらく考えていたようだが、表情が柔らかくなった。ニコっと笑ってくれる。その笑顔を見てドキっとしてしまう。
「何?」
私の表情を見て殿下が問いかける。その言い方や仕草で私はドキドキしてしまった。
「い、いえ。何でもないでしゅ」
ドキドキしすぎて最後が噛んでしまった。
「どうしたの?」
と、殿下が私の頭に手を置いた。暖かさが伝わる。うわっ、やばい。本当にマズい。今さら恋なんて無縁と思っていた。でもこれはきっと恋だ。お相手は目の前の王子様。本当の意味でも比喩的な意味でも。そして結婚相手。そして両思い。
元の世界では32歳。男女の何たるかはわかっているつもりだ。でも今まるで初めての恋を経験しているかのような気分である。
そうだ、恋なんて元の世界では経験していなかった。せいぜい少女漫画を読んで憧れたり、アイドルとデートする場面を想像したことなどはあったが、実際の人間相手に体験したことはなかったのだ。
身体中が熱い。心臓がドキドキしているのがわかる。
「本当に平気?」
「だ、大丈夫れしゅ」
また噛んだ。もう嫌だ。
「殿下、クロも疲れたようです。今日のところは」
レオポール兄様が助け舟を出してくれた。
「そうか、では次回にしよう」
そして少なくても私とクロは帰れるはずだった。しかし。
「あの・・・、今日はこちらには何用でお越し頂いたのでしょうか?」
恐る恐るといった感じで若い騎士が話しかけてきた。少し離れたところで何人かが集まってこちらを見ている。代表で聞いてこいと言われたと思われる。
「いや、すぐ帰る。何でもない」
殿下はそう言って私の腰に手を当てエスコートしようとした。マリアンヌの体だから細いけどさ、元の世界の体だったらアウトだ。肉がついている。しかしマリアンヌの体でも油断できない。最近の食事事情を考えたら、お肉は満遍なくつくはずだ。
と、思ったら突如恥ずかしくなった。殿下をまともに見られなくなる。
「あの方、マリアンヌ様だろう?」
「ギュウドンの?」
「何か、新しい料理を開発されたのでは?」
「そうか?では・・・」
騎士たちからそんな声が聞こえてきた。何気なく振り返ると期待に満ちた目で見ている。
「気にしなくていい」
殿下が小声で言う。耳に息がかかった。ヒョエーという声が漏れそうになる。耳元で囁くなんて反則だ。
「リリン、奴らはいつもお腹を空かせている。だから気にしなくていい」
気にしなくていいと言われるから気にしてしまう。用もないのに食堂に来てしまった私が悪い。それに殿下のことを少し忘れたい。このままだとどうしていいかわからない。
「少し、何かお出しします」
殿下からさりげなく距離をとる。
「さすがにお酒は出せませんが」
騎士団の食堂にもキッチンが付いている。とりあえずそこに逃げ込んだ。1人になって息を整える。どうしちゃったんだろう。今まで殿下のことをこんなふうに意識したことはなかったのだ。
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