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しおりを挟む割れるような頭痛がしていることに彼は気がついた。今さっきまで自分が何をしていたか、どこにいたのか何も覚えていない。ただ今はベッドに横たわっているということだけ分かっていた。
彼は自分がかつてスティラート公爵と呼ばれていたことを思い出した。公爵家の嫡男として贅沢な暮らしをしていた。こんなに硬いベッドが世の中に存在することも、薄茶けた色をした肌触りの悪い布地がシーツになるなど知らずにいた。
彼の母は美人だった。年老いた姿しか知らないが、それは事実であっただろう。彼女は王族本人から妃として望まれたが身分違いもあり側妃にされそうになった、それは彼女のプライドが許さず公爵家に嫁いだ。彼は母からそう聞いていたが、成長してそれは嘘だと知った。本当は妃になりたかったがなれず、側妃でもと追い縋ったが相手にされず、公爵家に嫁げた。嫁げた、というのは相手は再々婚で親子ほど年齢が違う。先妻、先々妻ともに子どもができず離縁した。2人とも離縁された後に再婚したが、子どもができている。
成長するにつれ、そういった事情が彼にはわかってきた。自分の本当の父親が誰かなどはどうでもよく、自分が公爵家の嫡男であるという事実だけあればよかったのだ。公爵家であれば王族と縁を結べる。母はいつもそう言っていた。そして彼は将来王女と結婚するのだと聞かされていた。
母が何度も言うので、彼は約束されている決定事項なのだと思っていた。実際はそうではなかったらしいのだが、母は他の貴族たちに働きかけておりそれは事実になるはずだった。しかし直前になって覆った。王女は他国に嫁ぎ、彼の元に来たのは王族と親戚関係とは名ばかりの地方で育ったつまらない娘だった。
地味でつまらない田舎女。母はそう言って嫁を毛嫌いした。母がそういうなら確かにそうだ。結婚生活は悲惨で惨めだった。
「お前の子どもが男なら王女を娶らせろ、女なら王子に嫁がせろ。それは王族の義務なのだから」
母は彼にそう言った。母は本来なら自分は王族に嫁げるはずだったができなかった、だから子どもや孫は王族と結婚すべきなのだ。そう信じて疑わなかった。母の嘘は気づいていたが、しかしここまで執着するのはきっと自分の知らない何かがあるのだろうと彼は思った。
母が死んだ後、彼は少しの間喪失感を味わった。自分は空虚で何もない、この先どうしたらいいかと悩んだ。その時に母の言葉を思い出した。自分に子どもがいれば。
そして彼は子どもを作った。偶然にも王子が誕生し、彼の元には娘が生まれた。これはやはり運命であり、必然なのだ。彼の耳には母の声が聞こえていた。
「女なら王子に嫁がせろ。それは王族の義務なのだから」
しかし。どこで何を間違えたのだろう。彼は冷たく硬いベッドの中で自問した。しかし、頭が割れるように痛くて何も考えられない。意識が遠のくのを感じる。彼は意識を手放したかった。もう何も考えたりしたくない。そう思うのにできないのだ。
「借りを返せ。お前は解放しない」
そんな声が常に聞こえている。声の主のことは知らない。知りたくない。知ってはいけない。彼はとにかく声が聞こえなくなるのを信じて、ただひたすら耐えていた。
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