美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

18

　朝ごはんの配膳をしようと準備をしていると、玄関で物音がした。お父様のご帰宅であった。仕事が立て込んでいるので帰れないと思っていた。ご飯は召し上がるであろうか。雑炊だと食べるのに時間がかかるから、別のものがいい？でも私は雑炊が食べたい。味見をしたら、とても美味しく出来上がったのだ。

「お父様、おはようございます。おかえりなさいませ」

　私は小走りで玄関に向かうと笑顔で挨拶をする。

「おはよう、マリアンヌ。セバスチャンから知らせを聞いて帰ってきたよ」

　昨日ぶりなのだが、何だか懐かしい気持ちになった。相変わらずイケメンである。仕事で疲れていると思うのだが、姿勢もいいし乱れた様子もない。

「これから朝ごはんなのですが、お父様も召し上がってくださいますよね？」

　ついつい上目遣いで言ってしまう。美少女のマリアンヌのお願いなら断れないだろう。お父様のハートを何かが射抜いたとわかった。こんな経験初めてだ。美少女ってすごい。

「もちろんだ。食事をしながら昨日の話を聞こうか」

　お父様と一緒にライアンともう一人男の人がいた。一緒に働いているというベルナルト・エイアール様。確か二番目のフランツお兄様のご友人でエイアール侯爵家のご長男だ。マリアンヌの記憶では、ベルナルト様は成績優秀で学校を卒業後すぐに宰相のお父様の部下になった。しかし、穏やかそうに微笑んでいるがガリガリで顔色も悪い。

　スタンピード以降多数の人が被害に合い、調理人が少ないせいで満足に食事ができないせいだ。そう思うと自分は恵まれた環境にいる。せめてここでお腹いっぱい食事をしてもらおう。マーサとメアリに小声でお願いをする。２人は小さくうなづくと、お客様用のダイニングへ案内を始めた。

　私は家族専用のダイニングに向かう。お兄様がいないのでお父様と２人きりだ。お父様の隣の席に着くと、お父様の様子を確認する。

「これは美味い」

　お父様の反応に私は心の中で大きくガッツポーズをした。雑炊だけでは何なので、卵焼きに鮭のみりん漬け焼き、大根の浅漬けが今朝のメニューだ。雑炊にはたくさんの野菜と鶏肉が入っている。時間をかけて煮込んだせいかトロトロに仕上がった。

「昨夜は魔獣が敷地内に入り込んだと聞いたが、怖かっただろう」

　お父様の目が不安げに揺れている。

「大丈夫です。レオポールお兄様の部隊が駆けつけてくださって、あっという間に退治してくださったんです。本当に心強かったですわ」

　私はお父様の手を軽く握った。特に意味はなく、お父様を安心させるつもりだった。私としてはあれは魔獣ではなく猫だと思っている。鳴き声がうるさいなと思う程度で特に気にはしていなかった。だが、お父様は私の手を強く握り返した。

「マリアンヌっ。怖かっただろう。分かっている。お父様が駆けつけて来なかったので不安だったんだろう。ごめんね。ごめんね。許して欲しい。なんでもいうことを聞くから」

　お父様は早口で何度も謝罪の言葉を言い出した。それと同時にお父様の手の力が強くなる。痛い。しかしお父様は気がついていないのか

「ああ、マリアンヌ。怖くて昨日は眠れなかったんだろう。正直に言っていいんだよ。貴族の娘だからといつも不安を口にせず気丈に振る舞っている。ほんっとうにマリアンヌは立派な貴婦人だ。見本になるべき公爵令嬢だ。でもね、お父様には打ち明けていいのだよっ。お父様はいつでもマリアンヌの味方なのだからねっ」

　手が痛いのです、と打ち明けたいがあまりの剣幕に声が出せない。

「大丈夫です。お父様。大丈夫です」

　私はそれしか言えず、お父様が満足するまで我慢するしかなかった。冷めていく雑炊を見ながら、美少女も大変だなぁと冷静に考えていた。