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「公爵様、お茶を入れました」
ふと顔を上げると、ベルナルトが目の前で少し困った表情を浮かべていた。
「ありがとう、もしかして何度も声をかけてくれたのか」
なんとなくそんな気がしてユエンは言った。ベルナルトは少しだけ微笑んだ。
「はい、お仕事中に申し訳ございません」
ベルナルトはエイアール侯爵家の嫡男である。次男フランツの学友でもあり、幼い頃から見知った仲である。優秀だったため侯爵に頼みこみ、今はライアンの下で仕事をさせている。
しかしスタンピードのせいで彼の家も全壊してしまった。彼はずいぶん痩せてしまい、今着ている服もブカブカになっている。ほとんど何も持たずに避難してきたのであろう。時々ふらついている時もあるし、おそらく食事だけではなく睡眠も取れていないのではないだろうか。
せめて食事だけでも満足にできれば・・・。
貴族の家で働いていた料理人たちは、専属ではなく複数の家を掛け持ちしている者が多かった。貴族の数に対して圧倒的に料理人の数が少ないのだ。一つの家で料理を作ったらすぐ次の家に向かう。そのため暖かい食べ物を食べられることは稀だった。
料理といえば・・・。
今朝マリアンヌが朝食を作ってくれたので仕事に集中できた。頭がスッキリして気力が充実した。机の上を見るとずいぶん仕事が片付いている。自分が思った以上に働いていたようだ。
ユエンはマリアンヌに渡されたバスケットの中を見た。シャンドウイッチが綺麗に並んでいる。それもかなりの数である。バスケットの蓋の裏にはメモがついている。
「お身体に気をつけて、お仕事頑張ってください。マリアンヌ」
ユエンは大声でマリアンヌの名前を叫びたかったが堪えた。シャンドウイッチはユエンやライアンだけでは食べ切れないくらいの量である。今すぐにでも屋敷に戻りマリアンヌを思い切り抱きしめたいと思ったが、それはできない。
「ベルナルト、食べなさい」
ベルナルトは目を見開き、シャンドウイッチを見つめている。
「娘のマリアンヌが作ったものだ」
「マリアンヌ様が!料理の加護をお受けになったのですか?」
「ものすごい美味しい料理だよ。マリアンヌ様は女神だよ。前は天使だと思っていたけど。女神と天使のどちらが適切かな」
子どものような言い方をライアンはしているが、それは理解できた。マリアンヌの料理の前では、人は誰でも純真無垢になる。
「シャンドウイッチというらしい。手でつまんで食べられるから仕事も捗るのだよ」
ユエンがまず持ち上げた。ずっしりとした重さを感じる。そして一口齧る。まろやかな卵の風味が口の中に広がった。心の中ではありとあらゆる言葉で賞賛していたのだが、部下の前でそんな様子を見せられないので至って冷静に咀嚼してみせた。
ライアンは恐る恐るといった様子でシャンドウイッチを手にした。手が震えている。両手で大事そうに持つと、おもむろに口に入れガブリと齧った。
「う、うま~い!」
一言叫ぶと、あとは無我夢中で食べ進める。
「い、いただきます・・・」
ベルナルトが丁寧な仕草でシャンドウイッチを持ち上げた。お腹が空いているはずなのに、何故か彼はすぐに食べずにひっくり返したりして観察している。その様子をユエンは興味深く見ていた。ベルナルトの探究心に感心したのである。
ひとしきり眺めた後、ベルナルトは一口齧った。目を見開いたまま、モグモグと口を動かしている。ゆっくりと味わったあと、ようやく飲み込む。それを何度か繰り返し、彼はようやく1個を食べ終えた。
「こんなに美味しいもの・・・」
ベルナルトが跪く。
「公爵様、マリアンヌ様の加護を頂戴致しましてありがとうございました。この御恩に報いるためにも勤倹力行致しまして、公爵様のお役に立てるよう邁進致します」
彼の瞳は力がこもっている。やる気にみなぎっている。ユエンは大きくうなづいた。そして全員2個目のシャンドウイッチを手にすると、書類を見直し出した。マリアンヌが言うように、仕事をしながらでも食べられるため驚異的に仕事の成果が上がったのであった。
ふと顔を上げると、ベルナルトが目の前で少し困った表情を浮かべていた。
「ありがとう、もしかして何度も声をかけてくれたのか」
なんとなくそんな気がしてユエンは言った。ベルナルトは少しだけ微笑んだ。
「はい、お仕事中に申し訳ございません」
ベルナルトはエイアール侯爵家の嫡男である。次男フランツの学友でもあり、幼い頃から見知った仲である。優秀だったため侯爵に頼みこみ、今はライアンの下で仕事をさせている。
しかしスタンピードのせいで彼の家も全壊してしまった。彼はずいぶん痩せてしまい、今着ている服もブカブカになっている。ほとんど何も持たずに避難してきたのであろう。時々ふらついている時もあるし、おそらく食事だけではなく睡眠も取れていないのではないだろうか。
せめて食事だけでも満足にできれば・・・。
貴族の家で働いていた料理人たちは、専属ではなく複数の家を掛け持ちしている者が多かった。貴族の数に対して圧倒的に料理人の数が少ないのだ。一つの家で料理を作ったらすぐ次の家に向かう。そのため暖かい食べ物を食べられることは稀だった。
料理といえば・・・。
今朝マリアンヌが朝食を作ってくれたので仕事に集中できた。頭がスッキリして気力が充実した。机の上を見るとずいぶん仕事が片付いている。自分が思った以上に働いていたようだ。
ユエンはマリアンヌに渡されたバスケットの中を見た。シャンドウイッチが綺麗に並んでいる。それもかなりの数である。バスケットの蓋の裏にはメモがついている。
「お身体に気をつけて、お仕事頑張ってください。マリアンヌ」
ユエンは大声でマリアンヌの名前を叫びたかったが堪えた。シャンドウイッチはユエンやライアンだけでは食べ切れないくらいの量である。今すぐにでも屋敷に戻りマリアンヌを思い切り抱きしめたいと思ったが、それはできない。
「ベルナルト、食べなさい」
ベルナルトは目を見開き、シャンドウイッチを見つめている。
「娘のマリアンヌが作ったものだ」
「マリアンヌ様が!料理の加護をお受けになったのですか?」
「ものすごい美味しい料理だよ。マリアンヌ様は女神だよ。前は天使だと思っていたけど。女神と天使のどちらが適切かな」
子どものような言い方をライアンはしているが、それは理解できた。マリアンヌの料理の前では、人は誰でも純真無垢になる。
「シャンドウイッチというらしい。手でつまんで食べられるから仕事も捗るのだよ」
ユエンがまず持ち上げた。ずっしりとした重さを感じる。そして一口齧る。まろやかな卵の風味が口の中に広がった。心の中ではありとあらゆる言葉で賞賛していたのだが、部下の前でそんな様子を見せられないので至って冷静に咀嚼してみせた。
ライアンは恐る恐るといった様子でシャンドウイッチを手にした。手が震えている。両手で大事そうに持つと、おもむろに口に入れガブリと齧った。
「う、うま~い!」
一言叫ぶと、あとは無我夢中で食べ進める。
「い、いただきます・・・」
ベルナルトが丁寧な仕草でシャンドウイッチを持ち上げた。お腹が空いているはずなのに、何故か彼はすぐに食べずにひっくり返したりして観察している。その様子をユエンは興味深く見ていた。ベルナルトの探究心に感心したのである。
ひとしきり眺めた後、ベルナルトは一口齧った。目を見開いたまま、モグモグと口を動かしている。ゆっくりと味わったあと、ようやく飲み込む。それを何度か繰り返し、彼はようやく1個を食べ終えた。
「こんなに美味しいもの・・・」
ベルナルトが跪く。
「公爵様、マリアンヌ様の加護を頂戴致しましてありがとうございました。この御恩に報いるためにも勤倹力行致しまして、公爵様のお役に立てるよう邁進致します」
彼の瞳は力がこもっている。やる気にみなぎっている。ユエンは大きくうなづいた。そして全員2個目のシャンドウイッチを手にすると、書類を見直し出した。マリアンヌが言うように、仕事をしながらでも食べられるため驚異的に仕事の成果が上がったのであった。
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