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彼の目の前には、湯気のたつスープがあった。皿の上にはこんがりと焼かれたベーコンと鮮やかな色のスクランブルエッグにブロッコリー、正面にはパンケーキがのせられている。
「これ・・・は・・・」
思わず出た声がうわずっていた。料理人が戻ってきたはずはない。王都は人の出入りは禁止されている。レオポールも目を大きく見開き声すら出ない。スタンピードで魔獣を見たときでさえ、ここまでの反応ではなかったはずだ。
「お父様、お兄様。昨日鍵をお預かりしたので、私キッチンに入ったのです。そうしたら・・・」
マリアンヌが恥ずかしそうに言った。奥ゆかしい性格をしているのでいつも遠慮がちに話をする。淑女としては正しいとユエンは思っているが、時にもっと大胆に自分の意見を言ってもいいのにと思うこともある。
「これをマリアンヌが?」
レオポールは驚いたようにマリアンヌを見ている。
「は、はい」
マリアンヌは小さく俯いた。
「美味しいか保証できませんけど」
「何を言うんだ」
ユエンとレオポールが同時にマリアンヌに言う。
「冷めてしまいますから召し上がってください」
マリアンヌの言葉にユエンはまずはスープを口にした。
「うまい・・・」
普段こんな言葉は使わない。自然に出た言葉だが、貴族らしからぬ言葉でもある。レオポールを見ると彼はスクランブルエッグを口にしたようだ。体が小刻みに震えている。
「リリン!こんな美味しいもの、兄様は初めて食べたぞ!」
レオポールは興奮したように声を上げた。食事中こんな声を出すような教育を公爵家ではしてこなかった。彼らは身についている洗練されたはずの所作を全て忘れてしまっていた。
「よかった」
安心したようにマリアンヌは微笑んだ。少しはにかんだような笑顔を見ると、ユエンもレオポールも幸せを感じた。家族で食卓を囲んで笑顔になれる。こんな幸せを味わえることに二人は感謝した。
食事は着々と進んでいる。レオポールの皿は空になろうとしていた。もう少し食べたいという欲が彼にはあったが、それを要求することは躊躇われた。
「お兄様、おかわりなさいますか?」
その様子にマリアンヌが気づいたようだ。
「え・・・、でも」
「大丈夫です。たくさんありますから」
セバスチャンがおかわりを給仕する。
「使用人にもお嬢様はご用意くださいました。それからフレデリックやウィリアム、それにライアン様の分もございます」
フレデリックはユエン専用の御者、ウィリアムはレオポールの御者、ライアンはユエンの従者である。彼らは別室で食事しているらしい。
「マリアンヌ」
ユエンは娘を見た。料理ができるということは、神様が祝福を与えてくれたということである。実はマリアンヌは国で一番の美貌とまで言われている。口では謙遜し否定してはいたものの、ユエンはそれは真実だと心の中で思っていた。美貌のうえに慈愛に満ちた心根。これはもう女神のような存在である。
マリアンヌは照れたような顔をし、「つい張り切ってしまって」などどつぶやいている。それがなんとも愛らしい。
「リリン、兄様のお膝においで」
レオポールがマリアンヌを抱き上げて自分の膝の上に乗せてしまった。ユエンは心の中で嫉妬する。自分がマリアンヌを抱き上げるつもりでいたからだ。だが顔には出さない。彼は公爵家の人間として、生まれた時から感情を顔に出さない生き方をしてきた。息子の前で崩すわけにいかない。そして出かける時間が来るまでレオポールはマリアンヌを膝に乗せ頭を撫で、ユエンは涼しい顔をしながら心の中は鬼のように荒れ狂っていたのであった。
「これ・・・は・・・」
思わず出た声がうわずっていた。料理人が戻ってきたはずはない。王都は人の出入りは禁止されている。レオポールも目を大きく見開き声すら出ない。スタンピードで魔獣を見たときでさえ、ここまでの反応ではなかったはずだ。
「お父様、お兄様。昨日鍵をお預かりしたので、私キッチンに入ったのです。そうしたら・・・」
マリアンヌが恥ずかしそうに言った。奥ゆかしい性格をしているのでいつも遠慮がちに話をする。淑女としては正しいとユエンは思っているが、時にもっと大胆に自分の意見を言ってもいいのにと思うこともある。
「これをマリアンヌが?」
レオポールは驚いたようにマリアンヌを見ている。
「は、はい」
マリアンヌは小さく俯いた。
「美味しいか保証できませんけど」
「何を言うんだ」
ユエンとレオポールが同時にマリアンヌに言う。
「冷めてしまいますから召し上がってください」
マリアンヌの言葉にユエンはまずはスープを口にした。
「うまい・・・」
普段こんな言葉は使わない。自然に出た言葉だが、貴族らしからぬ言葉でもある。レオポールを見ると彼はスクランブルエッグを口にしたようだ。体が小刻みに震えている。
「リリン!こんな美味しいもの、兄様は初めて食べたぞ!」
レオポールは興奮したように声を上げた。食事中こんな声を出すような教育を公爵家ではしてこなかった。彼らは身についている洗練されたはずの所作を全て忘れてしまっていた。
「よかった」
安心したようにマリアンヌは微笑んだ。少しはにかんだような笑顔を見ると、ユエンもレオポールも幸せを感じた。家族で食卓を囲んで笑顔になれる。こんな幸せを味わえることに二人は感謝した。
食事は着々と進んでいる。レオポールの皿は空になろうとしていた。もう少し食べたいという欲が彼にはあったが、それを要求することは躊躇われた。
「お兄様、おかわりなさいますか?」
その様子にマリアンヌが気づいたようだ。
「え・・・、でも」
「大丈夫です。たくさんありますから」
セバスチャンがおかわりを給仕する。
「使用人にもお嬢様はご用意くださいました。それからフレデリックやウィリアム、それにライアン様の分もございます」
フレデリックはユエン専用の御者、ウィリアムはレオポールの御者、ライアンはユエンの従者である。彼らは別室で食事しているらしい。
「マリアンヌ」
ユエンは娘を見た。料理ができるということは、神様が祝福を与えてくれたということである。実はマリアンヌは国で一番の美貌とまで言われている。口では謙遜し否定してはいたものの、ユエンはそれは真実だと心の中で思っていた。美貌のうえに慈愛に満ちた心根。これはもう女神のような存在である。
マリアンヌは照れたような顔をし、「つい張り切ってしまって」などどつぶやいている。それがなんとも愛らしい。
「リリン、兄様のお膝においで」
レオポールがマリアンヌを抱き上げて自分の膝の上に乗せてしまった。ユエンは心の中で嫉妬する。自分がマリアンヌを抱き上げるつもりでいたからだ。だが顔には出さない。彼は公爵家の人間として、生まれた時から感情を顔に出さない生き方をしてきた。息子の前で崩すわけにいかない。そして出かける時間が来るまでレオポールはマリアンヌを膝に乗せ頭を撫で、ユエンは涼しい顔をしながら心の中は鬼のように荒れ狂っていたのであった。
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