スペースポートタワー

風宮 秤

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1:出発編

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「ねぇ 豊彦くん。デートで行きたい所があるの」
 夕飯を作りながら映美が言った。
「それって、普通はデートと言わないでしょ?」
 お皿を運びながら豊彦が言った。
「え? そうなの? 何と言えばいいのかな?」
 驚いたように聞き返す表情は、確信犯だ。
「オーロラを横から見たいんでしょ? デートじゃなくて海外旅行って言うでしょう。それに、案外オーロラから離れているから『目前に広がる光のカーテン』みたいな事は期待できないかもよ」
 二人が話しているのは開港して十年が経ちマスコミの騒ぎも落ち着いてきたスペースポートタワーの事だった。
「今年は、地軸近くでオーロラが観察されていると、スペースポートタワーのサイトに出ていたの。来週なら天気も安定しているみたいだし、ポートタワーホテルも空室があるから大丈夫よ」
 キラキラした瞳で見ている。一緒に生活しているのに毎日見ているのに、いつもドキドキする。
「わかったよ。スペースポートタワーは行ってみたかったんだ」


 極夜の北極海を旅客機は地軸に向かって飛行を続けている。
 窓の外は天頂に北極星があり天の川が見えるはずだけど、映美が見つめているのは機内灯に照らし出された豊彦の寝顔だった。
「豊彦くん起きて」
 揺さぶる映美の横顔越しに外を見ると、眼下の闇から天空の闇に光の帯があった。
「大きいという概念を超えた大きさだね」
 乗客の大半は観光客なので、着陸前に十分ほどの周回飛行をするのが航空会社のサービスになっていた。
「窓の外は上も下も右も左も全部スペースポートタワーだね。イルミネーションが付いていなければそこにある事すら分からない・・・。北極海のど真ん中だから、都市の明かりも何もないからね」
 豊彦は、目をキラキラさせながら言った。
「骨組みだけなのに、向こう側が見えないなぁ。凄いなぁ」
「豊彦くん・・・、訊いて」
 映美は、ニコニコしながら言った。
「はい、映美くんどうぞ」
「実は、向こう側が見える場所が二か所あるんです・・・」
 豊彦は、ちょっと驚いてみせたけど、
「僕が知っているのは、一か所だけどな・・・」
 と思わせぶりに言った。
「主任設計技師が自分の誕生日の正午に太陽の光が抜けるように設計したって話でしょ」
 豊彦の上から目線が崩れていった。
「ふふふ、夏至の日に真東と真西から太陽の光が抜けるように設計してあるのよ」
 映美は、フェイクネタも含めて確認済みと言いたげに言った。
「映美先生、質問があります」
「はい、豊彦くん。どうぞ」
「先生、真東ってどっちですか?」
 どんな質問が飛び出るかと思えば・・・、ちょっとがっかりの映美だった。
「太陽が昇る方ですよ?」
 映美は、何かがおかしい事に気がついた。
「先生、真北ってどっちですか?」
「・・・、真北は頭の上。だから真南は足の下・・・・、東も西もないですね」
「僕たち、二人ともフェイクネタに引っ掛かってしまいましたね」
 二人してクスクス笑った。お互い相手を喜ばせようと探したネタがどちらもフェイクだった。それは残念だったけど楽しむ事ができた。
「では、スペースポートタワーのサイトにもあるネタを一つ披露しましょう」
 映美は気を取り直して言った。
「航空機が真っ直ぐに近づくと、テロと区別がつかないので旋回が義務付けられています」
 豊彦は、素直に驚いた。
「周回飛行は航空会社のサービスだと、観光ガイドに載っていたけど・・・・」
「不用意に近づいたら撃墜されるとは、観光ガイドは書けないからね」
 そう言いながら、映美は豊彦を見つめていた。

 旅客機は極夜の闇の中を進入灯に向け高度を下げていった。進入コースを調整するために、機体が僅かに揺れながら更に高度を下げていくと、車輪が滑走路を叩いた。
 機体が誘導路に入るとドーム状のエプロンの扉が開いた。乗客の間からは歓声があがった。極夜の北極にそこだけ昼があるような明るさだったからだ。
「明るいだけで、こんなにも嬉しくなるなんて・・・」
「そうだね。僕たちはボーディングブリッジで移動だけど、機体整備は外での作業だからドームは必要不可欠だよね」
「外気温ってどのくらいだっけ?」
「だいたいマイナス三十度。家庭用冷凍庫がマイナス二十度くらいだから、観光客の服装だと十分もたないんじゃないのかな?」
「ここは寒いし、上層は空気がないし、何かあったら助からないわね」
「映美さん、引き返すなら今のうちですよ」
 映美は腕を掴むと、
「二人一緒になら、悪くないわ」
 と、いたずらっぽく言った。
「そうだね。勿論二人一緒に助かるけどね」
「もちろんよ。私たちの時間は始まったばかりだからね」
 掴んでいる腕に力を込めた。
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