嫁の看病

風宮 秤

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嫁の看病

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 ふと、目が覚めた。
 外は明るく静かだった。晴れているようだ。
 タイマーセットのテレビはまだ点いていない。時計を見ると、まだ自分が起きる時間ではなかった。

 !

 向きを変えると嫁がいる。風呂上がりのように薄っすらと汗ばみ頬を赤く染め息も乱れ見るからに苦しそうだ。
 オデコに手を当てると熱い。首に手を当てても熱い。引き抜こうとした手を掴んで離さない。この熱さ加減はどう考えても八度、もしかしたら九度近くだ。
 体温を測った方が良いと思うけど、手を放してくれない。苦しいはずなのに、ちょっと嬉しそうにしている嫁。
「アイス枕を取って来ようか?」
 手を放してくれないのが答えだった。しっかり握ったまま寝息を立てている。今夜は苦しくて眠れなかったのかもしれない。それなのに気づけなかったとは一緒に寝ているのに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 しばらく、このまま様子を見る事にした。

 テレビが天気予報を伝えている。今日も晴れで過ごしやすい一日と聞こえてくる。デートに出かけるには良い天気のようだ。最近は出掛けると言ってもスーパーやショッピングモールばかりだから、少し遠出をしても良いな。
 掴んでいる手が緩んでいる。寝顔は苦しいのか嬉しいのか分からない表情だ。きっと両方なのだろう。
布団から抜け出ると、部下に電話をした。何事かと驚いていたが事情は伝わったようだ。でも、会議の不安はぬぐえない様だった。
「部内の会議だから緊張しなくて大丈夫。資料作りは君がメインだったから熟知しているでしょう。課内の打ち合わせでの調子で説明すれば他の課長も納得するはず」
 と言っても、不安が簡単になくなる訳ではない。
「私の質問にも的確に答えているから、同じ様に答えられるはず。あんまり不安が大きいのなら目を瞑って説明するのもアリだと思うよ」
 彼の立場なら、躊躇するのは良く分かる。出ないで済むならそれに越したことはないと思うだろう。しかし、成長はして貰わないと困る。出世を希望する者と能力がある者が同じとは限らない以上、彼には頑張って貰う以外に道はない。あとは部長に自分の休みと彼のフォローをお願いすれば今日の仕事は完了だ。
 体温計を脇の下に挟ませると、オデコに手を当てた。やっぱり体温は高いままだった。解熱剤があれば楽になるのかもしれないが、僕たちは必要以上に薬は使わない主義だった。
「行かなくて良いの?」
 嫁が訊いてきた。
「大丈夫ですよ。会社より真理子さんの方が大事です」
 迂闊だった、病人に気を使わせてしまった。会社への電話はベランダですれば良かった。それよりアイス枕を冷凍庫から出すとタオルを巻いた。問題は枕の上にアイス枕を置くのと座布団に替えて高さを揃えるのとどちらが好みなのか。ちゃんと訊いておけば良かったと今更ながら反省しても手遅れだった。
 寝ている嫁の頭を軽く持ち上げるとアイス枕を差し込んだ。
「どう?」
 気持ち、笑顔になったようだ。とりあえず様子を見よう。

 テレビは既に消えていた。学校に向かう子供たちの賑やかな声も聞こえない。静か・・・と言うより時間が止まった世界のようだ。ここで気を抜くとあっと言う間に夜になってしまう。この静けさ平日休みも悪くないなと少し思うけどここで気を緩めてはダメだった。少しでも家事を片づけて病み上がりの負担を軽くしておきたい。
 洗濯機のところにネットの袋がある、なんだろう? 干すのに使う感じではない。毛糸のセーターを手洗いレベルにするネットの袋は聞いた事がある。でも、季節ではない。
 ブラジャーが他の洗濯物とは別に置いてある。ここにネットの袋の使い道がありそう。だけど、他の洗濯物と一緒に洗って良いの? ・・・ダメな気がする。
 他の洗濯物を洗濯機に入れると、スイッチを入れた。40分後に洗濯が終わると表示されている。その間に、部屋の掃除を・・・静かに掃除機を使わずに出来る場所は風呂場。でも、風呂場はいつ見ても綺麗だった。抗菌仕様と聞いているけど完璧だった。洗濯機が洗濯から解放し抗菌仕様が風呂場の掃除から解放している、文明の発展を肌で感じている。

 様子を見ると、寝ているようだ。頬の赤み減り汗もかかなくなったようだ。オデコに手を当てると熱さは引いている。首に手を当てても体温が下がっているのが実感できる。引き抜こうとした手を掴む力がさっきより強い。
「アイス枕をひっくり返しましょうか?」
 自分で首を持ち上げている、その隙にひっくり返した。普段は世話を掛けてばかりだから、こう言う時ぐらいきちんと寄り添いたい。

 手を握られたまま寝ていたようだ。日もだいぶ傾いている、洗濯物は乾いているはず冷たくなる前に取り込まなければ。
 ベランダに出るとサンダルを履いた・・・今まで気づいていなかった。自分に合うサンダルが一足しかなかった。踏み台が隅に置いてあった。自分には違和感のない高さでも嫁には高すぎる物干し竿。
「そう言う事だったのか・・・」
 嫁の細かい気遣いに鈍感だった自分が情けなくなってきた。
「洗濯物を畳んだら、美味しいお粥を作ってあげよう」
 部屋を覗くとまだ寝ているようだった。
 炊飯器の取扱説明書を引っ張り出してきた。内釜に『おかゆ』の文字があった記憶は正しかった。お米の量と水の量を変えれば出来るようだ。味付けは炊けた後にするようだ。なるほど。
「美味しく炊けると良いな」
 風呂の用意の前に部屋を覗くと寝ている嫁が幸せそうだった。
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