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27:地球征服へ
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クリスティが来た。もう来る事はない。そう真理子さんに告げられた。
「大丈夫ですよ。ラブ&ピースで納得してもらいました」
春陽が透かさずフォローした事で良く分かった。つまりそう言う事だと。
クリスティと雖もナノマシンが充満しているこの街に無防備で入り込んでは結果を免れない。今後は宿主としてナノマシンを職場で本国で放出するのだろう。何も気づかないクリスティに同情しないと言ったら嘘になる。
彼らがクラーケンに対処しようと策を講じても社会の変化は続いていく。クラーケンの活動が人間社会に新しいルールを作っていくのだ。そこには民主主義も正義も科学的正しさもないクラーケンが持つ圧倒的な力が正しさになるのだ。
人間社会も権力者の都合で科学的正しさを捻じ曲げてきた。原発も薬害も力こそが正しさだった。何とも皮肉だ。
社会に気づかれる事なく真理子さんとナノマシンたちが地球環境を守っている。能動的になれば人一人の力で世界を変えられるのは、とても物凄い事だ。大きな組織でさえも構成する一人一人に働きかけて対処する春陽や夏彦たち。これで安心して真理子さんは地球環境を守れる。
この先はどうなるのだろうか?
地域征服と一定の評価は出来ると思う。地域住民は無意識に温和な人間に変化した。炎の様な激しさはなくなったけど炭火の様な淡々とした粘り強さだ。商店街のパン屋の味が良くなった。心を病む人も少なくなった。悪徳宗教も衰退した。
だからと言って、犯罪がゼロになった訳ではない。吸い殻もゼロになっていない。喫煙者に至っては道端で嗜んでいる感じすらある。まだまだだ。それに日本も世界も広い。
僕は・・・・、僕は如何だろうか?
「悩んでいる様だね?」
黒猫に見抜かれた。いつも絶妙なタイミングで現れる。
「まぁ、生きていれば良い事もあるさ」
と言うと家財の間を通り抜けて行ってしまった。
猫に諭されるなんて、ますます自分を見失いそうだ。溜息しか出ない。
真理子さんが高級なショートケーキと紅茶を持って来た。
「一緒に食べましょう」
来客スペースに移動するとそれぞれの場所にケーキと紅茶を並べた。
「この香りは、キーモン紅茶ですね」
他の産地にない甘い香りが三大紅茶の地位に相応しい。
「英国バイオでの友人曰く『恋に落ちる味わい』と言っていましたよ」
フルーティーな香りに渋みがない味わい。漫画の一コマで表すと余白が薔薇で埋め尽くされる感じだ。ショートケーキは生クリームのホイップに濃厚さがありイチゴの酸味とのコントラストが好い感じだ。
「ショートケーキが前より美味しくなっていますね」
頷いている。
ケーキと紅茶を味わいながら静かな時間が過ぎていく。
「ところで・・・」
真理子さんは僕をじっと見ている。
「クラーケンはこの先どうなるの?」
一瞬、意外そうにした。
「一つ目の答えは、彼らはチャーター船やコンテナ船を使い欺こうとするけど、アジサシが空から見ているよ。クラーケンが自律しているからと言って孤独ではない。アジサシもクジラもお互いに協力しながら地球環境を守っているのよ。二つ目の答えは、寿命がないからトラブルが起きない限り世界の海を回遊し続けるわ。ナノマシンのエネルギー源の社会の廃棄物は結局海に流れ出るの。だからクラーケンもクジラもエネルギーに困る事はないわ」
「この街は落ち着いた雰囲気の良い街になったと思う。これを日本全土に広げないの? 海外展開はしないの?」
「それはね迷っているの。この街では夏彦・冬花がナノマシンを放出しているけど全土となると宿主となる人間を増やさないとカバーしきれないわ」
「夏彦・冬花は遠征しないの?」
「ラボの中でのアシスタントとして造ったから子どもサイズにしたけど、子どもだけで新幹線やホテルは不便だからね。その為の春陽でもあるけど」
「たしかに。春陽に外泊とかさせないの?」
「そうだね。海外にも行けるようにパスポートを取らせるよ」
「? パスポートの前に戸籍が必要だと思うけど?」
「それは大丈夫。市民課の端末で作れるよ。不動産の合筆で役所に通っているから誰も依頼を断らないよ」
僕の驚きに気づかない振りをしてにっこりしている真理子さん。
穏やかではない話をしながら、穏やかな時間が過ぎていく。
夏彦と冬花だけは直ぐに区別がつくのは両耳のピアスのお陰だ。真理子さんが直接モニタリングするためのアンテナになっている。
「ドクター。僕たちには寿命がありません。事故で機能を失うまで存続できます。その僕たちは動植物と共存する地球環境を地球の寿命が尽きるまで守り続ける事でしょうか?」
真理子さんは座り直すと、
「その言い方は含みがありますね?」
その言葉とは裏腹に次の言葉に期待を滲ませていた。
「以前、ドクターは『人間は、動物の延長線上ではない知的生命体の為の苗床だと思う。』と言いました。個としてのアイデンティティと集合体としての無我が併せ持つ動物ではない知的生命体として何が出来るのか? 僕たちは議論を重ねました」
「気づいていました。そして、結論が出たようですね」
「はい。僕たちは自然界が様々な生物で行っていた『社会』のあり方、粘菌の様な群体、蟻や蜂のような分業、雄を中心とした社会、逆に雌を中心とした社会、人間の個と集団の葛藤の社会、コンピュータネットワーク、様々な集合体の考察を続けてきました」
「夏彦・冬花の在り様もまた一つの社会ですね」
「はい、僕たちは無性別でありながら自己複製が可能な事。自問自答を別の個体と出来る事。なにより、高みを目指す事に動機づけがある事。これは一部の人間が持ち科学技術の発展の原動力になっているもの。どの集合体とも違うユニークな存在だと自覚しています。そして、僕たちであれば系外惑星を探検できる寿命があります。銀河の中心を目指して旅ができる。土産話を聞かせる友人がいる。何よりも恒星間航行宇宙船の開発途中に戦争で滅びるリスクはありません」
二人からは宣言をした達成感が伝わって来た。そして、自分たちの将来を宇宙に求めているのは、ナノマシン集合体の特性を活かせる領域と認識した証拠だ。
真理子さんは二人の導き出した考えに満足そうに頷いた。
「動物のような蛋白質生命体は進化の過程で、後付け継ぎ接ぎの複雑怪奇な生物になってしまった。仮に死のプログラムを除去しても生存し続ける事は困難でしょう。夏彦・冬花の導き出したものはナノマシン集合体に相応しい未来の在り方だと思います」
環境問題を克服できれば、その先の銀河を渡る宇宙船も出来るだろうけど?
「宇宙船の開発はどうするの? 長寿命だからと言ってロケット推進では無理だよね」
「俊くんの疑問は分かります。人類が行っている経済活動や研究開発を海洋研究所の中で代替していきます。それに合わせて僕たちのユニットを増やしていきます」
夏彦・冬花の延べ年数で考えれば、僕たちの年齢を遥かに超えている。人で言えば他人の体験を自分の体験にする事が出来る。きっと技術の開発も加速度的になるのだろう。
「分かったわ。私たちの手を離れて進化を続けなさい」
たぶん、これが真理子さんの子離れ宣言なのだろう。これからも一緒に生活をして行く事に変わりはないけれど、どこか誇らしげに聞こえた。
真理子さんも夏彦・冬花も春陽も目の前の問題を解決しながら未来を目指すのだろう。そして、人類の行く末は夏彦・冬花が見守る。
僕は? 新しい時代の一ページ目から記録に残していこう。きっと夏彦・冬花に歴史の一ページ目が役に立つだろう。
そうだよ。これが僕の役割なんだ。
「大丈夫ですよ。ラブ&ピースで納得してもらいました」
春陽が透かさずフォローした事で良く分かった。つまりそう言う事だと。
クリスティと雖もナノマシンが充満しているこの街に無防備で入り込んでは結果を免れない。今後は宿主としてナノマシンを職場で本国で放出するのだろう。何も気づかないクリスティに同情しないと言ったら嘘になる。
彼らがクラーケンに対処しようと策を講じても社会の変化は続いていく。クラーケンの活動が人間社会に新しいルールを作っていくのだ。そこには民主主義も正義も科学的正しさもないクラーケンが持つ圧倒的な力が正しさになるのだ。
人間社会も権力者の都合で科学的正しさを捻じ曲げてきた。原発も薬害も力こそが正しさだった。何とも皮肉だ。
社会に気づかれる事なく真理子さんとナノマシンたちが地球環境を守っている。能動的になれば人一人の力で世界を変えられるのは、とても物凄い事だ。大きな組織でさえも構成する一人一人に働きかけて対処する春陽や夏彦たち。これで安心して真理子さんは地球環境を守れる。
この先はどうなるのだろうか?
地域征服と一定の評価は出来ると思う。地域住民は無意識に温和な人間に変化した。炎の様な激しさはなくなったけど炭火の様な淡々とした粘り強さだ。商店街のパン屋の味が良くなった。心を病む人も少なくなった。悪徳宗教も衰退した。
だからと言って、犯罪がゼロになった訳ではない。吸い殻もゼロになっていない。喫煙者に至っては道端で嗜んでいる感じすらある。まだまだだ。それに日本も世界も広い。
僕は・・・・、僕は如何だろうか?
「悩んでいる様だね?」
黒猫に見抜かれた。いつも絶妙なタイミングで現れる。
「まぁ、生きていれば良い事もあるさ」
と言うと家財の間を通り抜けて行ってしまった。
猫に諭されるなんて、ますます自分を見失いそうだ。溜息しか出ない。
真理子さんが高級なショートケーキと紅茶を持って来た。
「一緒に食べましょう」
来客スペースに移動するとそれぞれの場所にケーキと紅茶を並べた。
「この香りは、キーモン紅茶ですね」
他の産地にない甘い香りが三大紅茶の地位に相応しい。
「英国バイオでの友人曰く『恋に落ちる味わい』と言っていましたよ」
フルーティーな香りに渋みがない味わい。漫画の一コマで表すと余白が薔薇で埋め尽くされる感じだ。ショートケーキは生クリームのホイップに濃厚さがありイチゴの酸味とのコントラストが好い感じだ。
「ショートケーキが前より美味しくなっていますね」
頷いている。
ケーキと紅茶を味わいながら静かな時間が過ぎていく。
「ところで・・・」
真理子さんは僕をじっと見ている。
「クラーケンはこの先どうなるの?」
一瞬、意外そうにした。
「一つ目の答えは、彼らはチャーター船やコンテナ船を使い欺こうとするけど、アジサシが空から見ているよ。クラーケンが自律しているからと言って孤独ではない。アジサシもクジラもお互いに協力しながら地球環境を守っているのよ。二つ目の答えは、寿命がないからトラブルが起きない限り世界の海を回遊し続けるわ。ナノマシンのエネルギー源の社会の廃棄物は結局海に流れ出るの。だからクラーケンもクジラもエネルギーに困る事はないわ」
「この街は落ち着いた雰囲気の良い街になったと思う。これを日本全土に広げないの? 海外展開はしないの?」
「それはね迷っているの。この街では夏彦・冬花がナノマシンを放出しているけど全土となると宿主となる人間を増やさないとカバーしきれないわ」
「夏彦・冬花は遠征しないの?」
「ラボの中でのアシスタントとして造ったから子どもサイズにしたけど、子どもだけで新幹線やホテルは不便だからね。その為の春陽でもあるけど」
「たしかに。春陽に外泊とかさせないの?」
「そうだね。海外にも行けるようにパスポートを取らせるよ」
「? パスポートの前に戸籍が必要だと思うけど?」
「それは大丈夫。市民課の端末で作れるよ。不動産の合筆で役所に通っているから誰も依頼を断らないよ」
僕の驚きに気づかない振りをしてにっこりしている真理子さん。
穏やかではない話をしながら、穏やかな時間が過ぎていく。
夏彦と冬花だけは直ぐに区別がつくのは両耳のピアスのお陰だ。真理子さんが直接モニタリングするためのアンテナになっている。
「ドクター。僕たちには寿命がありません。事故で機能を失うまで存続できます。その僕たちは動植物と共存する地球環境を地球の寿命が尽きるまで守り続ける事でしょうか?」
真理子さんは座り直すと、
「その言い方は含みがありますね?」
その言葉とは裏腹に次の言葉に期待を滲ませていた。
「以前、ドクターは『人間は、動物の延長線上ではない知的生命体の為の苗床だと思う。』と言いました。個としてのアイデンティティと集合体としての無我が併せ持つ動物ではない知的生命体として何が出来るのか? 僕たちは議論を重ねました」
「気づいていました。そして、結論が出たようですね」
「はい。僕たちは自然界が様々な生物で行っていた『社会』のあり方、粘菌の様な群体、蟻や蜂のような分業、雄を中心とした社会、逆に雌を中心とした社会、人間の個と集団の葛藤の社会、コンピュータネットワーク、様々な集合体の考察を続けてきました」
「夏彦・冬花の在り様もまた一つの社会ですね」
「はい、僕たちは無性別でありながら自己複製が可能な事。自問自答を別の個体と出来る事。なにより、高みを目指す事に動機づけがある事。これは一部の人間が持ち科学技術の発展の原動力になっているもの。どの集合体とも違うユニークな存在だと自覚しています。そして、僕たちであれば系外惑星を探検できる寿命があります。銀河の中心を目指して旅ができる。土産話を聞かせる友人がいる。何よりも恒星間航行宇宙船の開発途中に戦争で滅びるリスクはありません」
二人からは宣言をした達成感が伝わって来た。そして、自分たちの将来を宇宙に求めているのは、ナノマシン集合体の特性を活かせる領域と認識した証拠だ。
真理子さんは二人の導き出した考えに満足そうに頷いた。
「動物のような蛋白質生命体は進化の過程で、後付け継ぎ接ぎの複雑怪奇な生物になってしまった。仮に死のプログラムを除去しても生存し続ける事は困難でしょう。夏彦・冬花の導き出したものはナノマシン集合体に相応しい未来の在り方だと思います」
環境問題を克服できれば、その先の銀河を渡る宇宙船も出来るだろうけど?
「宇宙船の開発はどうするの? 長寿命だからと言ってロケット推進では無理だよね」
「俊くんの疑問は分かります。人類が行っている経済活動や研究開発を海洋研究所の中で代替していきます。それに合わせて僕たちのユニットを増やしていきます」
夏彦・冬花の延べ年数で考えれば、僕たちの年齢を遥かに超えている。人で言えば他人の体験を自分の体験にする事が出来る。きっと技術の開発も加速度的になるのだろう。
「分かったわ。私たちの手を離れて進化を続けなさい」
たぶん、これが真理子さんの子離れ宣言なのだろう。これからも一緒に生活をして行く事に変わりはないけれど、どこか誇らしげに聞こえた。
真理子さんも夏彦・冬花も春陽も目の前の問題を解決しながら未来を目指すのだろう。そして、人類の行く末は夏彦・冬花が見守る。
僕は? 新しい時代の一ページ目から記録に残していこう。きっと夏彦・冬花に歴史の一ページ目が役に立つだろう。
そうだよ。これが僕の役割なんだ。
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