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17:戸建て住宅

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「ただいま」
 コンビニスイーツをぶら提げて真理子さんが帰って来た。玄関から登場する姿をここ数か月見た記憶がない。
「ちょっと、そこで家を買っちゃったよ」
「ふーん、美味しいの?」
 もうじき夕飯が出来るから食後のデザートだな。
「? 俊くん、話が噛み合ってないよ」
「コンビニスイーツの話でしょ?」
「違うよ。不動産屋で家を買ったの」
 ついに地上進出なのか? だとしても、ラボの維持にお金が必要な事ぐらい分かっている。分析装置一台が車一台分の値段なのも知っている。自分の給料では無理なのも分かっている。一体どうやって?
「頭金貯めたの? 何年ローンで買ったの?」
「現金一括だよ」
 何をそんなに驚いているの? と言う顔で見ている。
「真理子さん、たぶん僕の知らない事が多すぎると思います。ここは全部説明して下さい」
 シチュエーション的には万馬券当てたとか宝くじ当てたとかだけど、そう言うオチでない事だけは分かる。でも、想像がつかない。
「でも、先に夕飯食べましょう?」

 無言の夕飯タイムは、そのままシンキングタイム。ノーヒントで当ててみてと真理子さんの顔に書いてある。そもそも当てられるぐらいなら説明を求めたりしないけど、この手の挑発には真正面から受けてしまう性格を読まれているとしか言えない。
「さて、真理子さん。片づけも終わりましたので、先ほどの続きといきましょう。正解ならコンビニスイーツ二個で良いですよね?」
「勿論、三個買ってあるから大丈夫」
 色々と先手を打たれている様で全然嬉しくないけどキッチリ当てていきたいと思う。
「テンバガー銘柄を仕留めた?」
 図星のようだ。驚きのあまりフリーズしている。
「ハンバーガーは知っているけど、テンバガーは何?」
「十倍になった株で家を買った?」
「なるほど、そのアイデアは使わせてもらいますが、ハズレです」
 株は職場での話題だった。真理子さんとの話題だと・・・!
「人工臓器!」
「なるほど、そのアイデアは販路開拓がまだので、ハズレです」
 指輪を探すのにネズミが活躍したと言っていた・・・。
「ネズミが日本軍の隠し資金を見つけ出した」
「うーん。正解に近づかないですね? 難しく考えすぎですよ」
「まさか、あのマンドレイクなの?」
 コンビニスイーツが一個置かれた。
「歌声がマンドレイクだとは誰も気がつかないから、歌を真似ても効果はない。コピーしても効果はない。そして、リピーターが増えても減る事がない」
 ドヤ顔で説明されても納得感は全然ない。そもそも研究資金が常に不足していると思っていたから住宅購入は先の話しだと思っていた。
「家って、住宅だよね? 工場とかお店じゃないよね?」
「買ったのは中古の住宅。リフォームしてラボに設備搬入できるエレベーターを付けるの。そしたら、電気容量の許す限りの研究設備を買うわ」
 やっと、話の全体が見えた気がした。押し入れから搬入できる装置は買ったけど、車サイズの装置は買いたくても入れる事が出来なかった。一人で扱える装置の数にも限度はある。手持ちの装置で研究を続けている間にマンドレイク資金が積み重なり分析装置も家も買える事に気がついた。夏彦も冬花も増えてオペレーターに不自由はない。と言う事のようだ。
「例えばですよ」
 どんな質問でもウエルカムと言わんばかりにこちらを見ている。たぶん購入リストは出来上がっていてレイアウトもイメージが出来ているのだろう。
「例えばですよ。電子顕微鏡を買うとして?」
「あったら便利だよね。欲しい物リストには入っているよ」
「解像度の高い電子顕微鏡は地下の免震構造の恒温恒湿の部屋に設置するのもありますよね。部屋の工事の問題もあるけど現地組み立ての大型装置だと動作確認後に検収ですよ。ラボに部外者を入れます? それとも自分たちで組み立てます?」
 予想外の質問のようだ。考え込んだまま動かない。自分が入社した時には工場の設備は当然のようにそこに鎮座して稼働していた。設備増強の任を受けた時に始めて設備は人為的に設置されるものだと思い知らされた。設置場所や動力の確認があり、大型のユニック車が工場に横付けするとクレーン車で下して特殊な道具で運び入れる。部外者立ち入り禁止のエリアなのに社外の作業者が平然と入り込んで組み立て動作確認を行った。そして、何事もなかったように新しい設備が鎮座して稼働した。
「そこまで大型の電子顕微鏡は考えてないけど、ラボに部外者を入れる訳にはいかない。守秘義務契約を結んでも見せられない・・・・」
 コンビニスイーツが半個置かれた。
「ひょっとして、大型装置を発注済みとか?」
「まだ、問い合わせもしてない。搬入エレベーターの目途が付いてからと考えていたから」
 目論見が大きく外れたようだ。落胆を隠せないでいる。
「夏彦も冬花もブルーシートで作った培養槽で育てたでしょ。でも、培養槽と言ったら等身大の円柱ガラスでしょ。二体とも左右に並ぶ培養槽の中で育ちながら私が通ると薄目を開けて赤子の微笑みをするんだよ。それがお約束の設定だよね」
 既に復活している。円柱ガラスの培養槽と言えば映画でもアニメでも出てくるお約束の設定だ。レンガ造りの地下室ならファンタジー系だし、クリーンルームに並べばサイエンスフィクションだろうか。ここはレンガの場所とコンクリートの場所があるから戦時遺物を蘇らせたシチュエーションになりそうだ。そのまんまだけど。
「サンダーバードの南の島の秘密基地やデクスターズラボの子ども部屋の地下も設定としては難しいと思います。ここは隠すではなく偽装したらどうでしょうか?」
「偽装?」
「例えば株式会社海洋研究所。地上に研究所を建て研究機器も会社名義で買えば普通の研究所にしか見えません。渉外業務用に大人の夏彦と冬花を造れば、誰も何も疑わないでしょう。それに今はマンドレイクの売り上げに税金が掛かるけど、会社にすれば設備投資後に税金が掛かるから購入できる設備も増やせると思う」
「なるほど、会社って便利だね。それに内容を隠せば地上に研究所を造った方が便利なのは間違いないよね」
 僕の目の前のコンビニスイーツにフォークが伸びてくると、取られてしまった。
「分かった。色々勉強になったわ。住宅ってクーリングオフが出来るのかな?」
 話が根本で噛み合ってなかった。運送屋が研究設備を運んできて初めて知る購入の事実と同じパターンだと最初に気づくべきだった。
「その住宅に住む事は考えてなかったの?」
 驚きの顔で僕を見ている。予想外の人物が真犯人だと名探偵が告げた時の読者と同じ顔をしている。が・・・・、勝ちを譲ったと言わんばかりの警部の顔になった。

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