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4:格安物件

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「ただいま」
「おかえりなさい」
 俊くんの声が聞こえたけど・・・? 入ってくる気配がないけど、どうしたのかな?
「どうしたの?」
 玄関を覗き込むと、ドアにピッタリ貼り付いて固まっている。
「どうしたの?」
「ネズミ・・・・」
「あれ? 嫌いだっけ?」
「一匹なら大丈夫。二三匹でも大丈夫だよ」
 確かに、言われてみれば十数匹が蠢いているのは、ちょっとびっくりかも。
「みなさん、ありがとう。明日もお願いします」
 こちらがぺこりとお辞儀をすると、ネズミくんたちもぺこりとお辞儀をして押し入れの中に消えていった。
「もう、大丈夫だよ」
 まだ、玄関から中に入ってこない俊くん。
「ネズミくんたちは勝手に上がってこないから大丈夫だよ」
 恐る恐る入ってくると、私の目の前に座った。
「今、ネズミホイホイや殺鼠剤を買いに行きたい衝動を抑えるので精一杯なんだけど、状況を説明してくれる?」
 俊くんが拒絶反応を起こしている。無理もない、ゴキブリのように湧いて出てきた様に見えたんだと思う。時代が違えばペストを運ぶと思われていたし、天井裏で糞尿をして家をダメにするとか、生活圏が重なる動物は人との相性が悪い。それでも、説明を求めてくれるのは嬉しい。
「まず、ネズミくんは私たちの友だちなの。ネズミと人の相性が良くないのは分かっているけど、ネズミくんたちは私たちの力になってくれたのよ」
 これを確り理解して貰わないと、これからの話しの説明が伝わらなくなってしまう。
「ここ数か月、地元のネズミくんたちと交流を深めてきたの。貢物はネズミくんのハートを鷲掴みにする特製クッキー。パートで働いている時から続けてきたから子連れでクッキーを貰いに来るネズミくんも現れたのよ」
 自家製クッキーを保管している缶を開けて中を見せた。
「サイコロぐらいだけど、美味しそうな匂いだね」
「ネズミくん用に作ったけど人が食べても美味しいのよ。食べてみる?」
「いえ、結構です」
 警戒かな? 怒っているのかな? でも、触れてはいけない部分に近づいた気がする。止めておこう。
「戦時中に工廠が在ったのは知っているよね?」
「小学校の時に校外学習で行ったのを憶えているよ。入り口付近だけで奥には鉄格子があった」
「その、奥の奥がこの辺まで繋がっていたはずなのよ。それで、ネズミくんたちに探して貰っていたの。そしたら、近くの斜面に換気口が残っていたの」
 話に乗ってきたかな?
「子どもの頃に遊んだ事があったけど、換気口らしいのあったかな?」
「ほとんど、塞がっていたからね。ネズミくんに言われなければ、掘り返さなかったわよ」
 押し入れを指さしながら、
「そして、本日押し入れから出入りできるようになったの。俊くんにも見て欲しい」
 一瞬の間があった。
「分かった」俊くんの返事は短かった。

 押し入れの床板を叩きスイッチを入れると階段が出てきた。用意したサンダルを履いて降りていく。振り返ると俊くんには天井が低いみたい、腰を屈めてついてくる。
「到着しました」
 持って来た懐中電灯を点けると、全容が照らし出された。
「ネズミは出てこない?」
 開口一番がそっちとは、残念だけど仕方がない。
「複数の足音が聞こえたら隠れてと言ってあるから大丈夫よ」
 恐る恐る、周りを見渡している。
「思った以上に大きいね。アパートがそのまま入るぐらいかな? 二軒分ぐらい行けそうにも見えるね。だけど住宅地の地下にこんなに大きな空洞が残っていると陥没したら大変な騒ぎだね」
「地下鉄と同じだと思うよ。空襲に備えて造ってあると思うし」
 俊くんがトンネルの壁や床面のチェックをしている。天井面にもライトを当てると何かを見ている。
「地下水が溜まってないね?」
「入口よりも高い位置にあるみたいよ。排水溝の水は何処かに流れて行っているから」
「そのようだね。大雨で水位が上がった痕もないから大丈夫そうだね」
 私の事を心配してトンネルをチェックしてくれている。
「これだけの広さがあれば、色々と出来るわ!」
 思わずテンションが高くなってしまったけど、冷ややかな視線が・・・・。
「大丈夫よ、お金の目途は付いているから」
「え・・・・」
 俊くんが驚いている。
「ユーチューブデビューよ」
「えええ・・・・、何するの?」
 この驚きは、私がデビューすると思っているみたい。
「ふふふ・・・、今は秘密です」
 見当が付かない。と言いたげな表情の俊くん。
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