嫁のレビュー

風宮 秤

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嫁のレビュー

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 嫁が何かに迷っているのは分かる。てきぱきと熟す家事が、ふと止まる。何か大変な事なら頼って貰えるはずだから、そう言う事では無いようだ。それから、お菓子の事なら躊躇なく報復があるからそれでもない。では何だろう?
 よくよく思い返してみると、ネット小説の話題がなくなっている。以前なら、あの作者の展開は良いねとか、あの作者は描写が上手いねとかと言っていた。それなのに「推敲は捗っている?」とだけ訊いてくる。
 そうだったのか・・・、あの主人公に惹かれるとか、敵役なのに応援したくなるとかは言わなくなっていた。小説に対するコメントが物語の中の世界から、物語の構造に変わっていると言う事だった。
 なるほど、嫁の悩みとは言って良いのか悪いのか? だったようだ。まぁ、嫁の気持ちを汲み取れなければ夫としての価値はないからな。

 振り返る !

 嫁が慌てて視線を逸らすと、夕飯を作っている振りをしている。
「ふ・・・」
 勝機の予感がする。
「真理子さん」
 正座して待ち構える。視線が泳いでいるのが一目瞭然だ。これだよ、普段の連戦連敗を止める千載一遇のチャンス。
「最近、様子がおかしいよね? 何か言いたそうな感じがあるのに黙ったまま、だよね? 気持ち此処にあらずで、悩んでいる姿は隣りで見ている僕も心苦しいよ。それで、考えてみたんだ何に悩んでいるかと・・・。そしたら、ネット小説の話しをしなくなった・・・、と言うより話題の仕方が変わったよね。物語の中の事から物語の作り方にね」
 真っ直ぐに僕を見る嫁の顔には『図星!』と書いてある。思わず「ヨシ!」と心の中で叫んでしまった。いつもの高圧な感じがないよ。一緒になる前の可愛さが蘇ってきたようんうん。今も可愛いけど、あの頃の雰囲気も捨てがたい。でも、気持ちを落ち着けて、冷静に、顔に出ないように。
「僕たちの間で、隠し事は良くないよ。さぁ、全てを話して楽になってしまいなさい」
 こくりと頷く嫁。なんて素直なんだ。
「色んな読者がいると思う。みんな価値観が違うから捉え方も色々だと思う。そこには的外れな意見もあるだろうし、正しさなんてないと思う。ただ、読んだ時の感想でしかないと思う。その中の一つの私から見た感想です。編集者みたいな視線が入っているかもしれないけど、私から見た感想だよ・・・」
 想像以上に気を使った前置きが並んだ。
「真理子さんは一番大事な読者だから、いつでも何でも特別ですよ。それに僕では気がつかない所も読み解いてくれていると思っている。一番大事な読者なんだから、他の人の感想より何倍も価値があるよ。ぜひ聞かせて下さい」
「言って良いのね?」
「勿論です」
 小さく頷くと、躊躇いがちに切り出した。
「マッドサイエンティスト真理子さんに登場する二人とも、性格にブレがあるよね?」
 ちゃんとに読んでくれてないのは残念だけど、個人の感想だからね。
「いや、それはマンドレイクが原因で無自覚で奇妙な事をしているから、性格にブレが出ている様に見えるんだよ」
「性格のブレが問題なのよ。マンドレイクの影響で奇妙な事をしている『奇怪さ』が感じられないの。性格がブレている程度では読者には伝わらないのよ。それに真理子さんはマンドレイクといる時間が長いのだから、俊くんより重症化するか、影響を微塵も受けない設定にするかのどちらかにするべき。真理子さんの描き方の所為でマンドレイクの影響が分かり辛くなっているよね」
 そうなのか?・・・・。
「マッドサイエンティストだから、SF的なアイテムとかが出てくるのは楽しみよ。魅力的なアイテムがあれば自分でも使ってみたいと思うからね。それを想像するのもSFの楽しさの一つだと思うわ。でもね、機能説明の蘊蓄ばかりではつまらないのよ」
 勢いづいている気がする。
「そこは見解の相違かもしれないと思うよ。SFだから尤もらしい仕組みにしないとレビューで叩かれるんだ。今の読者はそれでは納得しないんだよ」
「尤もらしい仕組みが大事なのは認めるわ。今の時代は掲示板とかでも叩かれるからね。でもね、機能を説明するのに必要なのは構造や原理の説明ばかりではないよね。登場人物がそれを使っているシーン、そのアイテムでアクションさせる事で技術の説明と話の勢いが両立できるはずでしょ?」
「突拍子もない展開はおかしいって言っていたよね?」
「それは別の作家さんの事。俊くんの作品は、モノづくり会社みたいなの。エビデンスやトレーサビリティなんて要らないの。大事なのは展開の妥当性や伏線ではないの、納得感なの。推理小説だからと言って作家も読者も人を殺した経験なんかないでしょ。それでも、ベストセラーになれるのは何故かよく考えて」
 作家入門教室のあるある問題を、ここで聞かされるとは・・・・。そうならない様に推敲を繰り返して書いているのに、同じ指摘をされるとは。僕はどうしたら良いのでしょう・・・・。
「それから、部屋の中での話ばかりで、動きがないよね」
「等身大と言うか、基本的に恋愛カテゴリーに投稿しているので、二人の会話をメインにアットホーム路線で全体を進めつつ、SF的な要素を入れているんだよ。その方が僕たちらしいと思うので・・・・」
「私たちらしさは感じられるよ。登場人物を見て私だと思えるのは嬉しいよ。でもね、部屋の中だからではなくて、リズミカルじゃないと言う事よ。そのアイテムを使えば起こる事を二人の動きや会話で表せば、特徴とかが自然と分かるでしょ。それで十分だよ。」

 嫁は言いたい事を言い切った様で、スッキリした顔をしている。が、しかし・・・・、そう言うものなのか? その辺は十分理解しているつもりだし、読者に伝わるように日々工夫をしているし、十分でないと言われてしまえばそれまでだけど、ダメなのか?
「俊くん、一番大切な読者だと言っていたよね?」
 念押しを忘れない嫁。いつもの嫁に戻っている。読者として踏み込んではいけないと思っていたんじゃないの? サッキまでは迷いに迷っていた、あの可愛い嫁は何処に行ったの・・・・。でも、頑張って嫁の期待に応えないとな。そのためには、甘い物を食べて脳に栄養を送らないと。
 テレビの後ろに隠しておいた饅頭を取ろうとした。
「俊くん、甘い物は夕飯のあと」
 嫁がぴしゃりと言った。

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