臓器メーカー

風宮 秤

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臓器メーカー

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「今月の生産計画は月産三千ユニットでいきます。各部署は遅延のないように対応をお願いします」
 業務担当が会議を終えようとした時、営業部長が割って入ってきた。
「ちょっと、待ってくれ。月産三千ユニットは、日産でいくつになる?」
 業務担当は、不機嫌を隠さずに電卓を叩いた。
「日産百ユニットです」
「そのくらいの計算は直ぐできる。そう言う事ではないだろう」
「では、どう言う事でしょう?」
 業務担当は製造部と営業部の板挟みにうんざりしていた。
「需要は三百ユニットある」
「この間までは、需要は五十ユニットだと言っていましたよね?」
 協力会社含めて生産計画を決め込んでいるのに、社長が同席の時だけ猛アピールする営業に他の部門もうんざりしていた。
「何を言っているんだ。営業は常に売り上げ向上のために努力をしているんだ」
「今までは月産千ユニット、日産五十ユニットでした。培養槽で二か月掛かっていた工程を条件設定の見直しで一か月にまで縮めて倍増している。営業だけが努力している訳ではない」
 製造部長も黙ってはいなかった。更に、
「それに。シフト組んで土日にも生産して対応したのに、注文がなくて廃棄処分したユニットがどれだけあると思っているのか」
 営業部長は片手を上げると、ヒートアップした雰囲気を沈めて、
「確かに、製造部長の言われる通りでした。折角現場に頑張ってもらったのにミスマッチを起こしたのは申し訳ない。しかし、患者さんが安定して存在している訳ではありません。時には無駄になる事もあります。それは、困っている人がいないと言う事なので社会貢献のあり方として『あり』だと思います。それに甘えていたのかもしれません」
 営業部長がシンミリと言った。が、それで騙される他部門ではなかった。
「いきなり移植を選択する病院はないぞ。一か月になればミスマッチがなくなると言っていただろ」
「はい、だいぶ減りました。皆さんのお陰です。営業部もそれに応えられる様に新規市場を開拓してきました。それで需要に応えるには三百ユニット必要です」
 月産三千ユニットでまとまった会議をひっくり返そうとしているのは、見え見えだった。だからと言って協力会社の内諾なしに出来る話ではない。何といっても増産するには設備が足らない。
「君たち、営業部長が会社の発展のために尽力しているのだから、もう少し建設的な意見が出ても良いのではないか?」
 やんわりした社長の一言の向こうで営業部長が満面の笑みを浮かべている。他部門を悪者に仕立てた上での展開。営業部長の常套手段だと分かっていながら、切り崩しが出来ていなかった。
「協力会社にも内々でお願いして快諾を得ています」
 購買担当の代わりに交渉しましたと言わんばかりの営業部長だった。どうせ、発注先変更をチラつかせて脅しをかけたのだろうと社長以外は思っていた。
「社長、肝心の社内設備が日産百ユニットまでしか対応できません。装置メーカーに協力を頂いても日産三百ユニットにするには一年は掛かります」
 増設すれば増産できる。社長に『ノー』と言わせるにはこの方法しか残っていなかった。しかし、営業部長に焦りはなかった。
「実は、開発から培養期間を十日に短縮できたと聞いています」
 社長は『これだ』と思った。製造部長と業務担当は蒼白した。開発部長が愚痴で短縮できたけど突然変異を起こすと言っていたからだ。
「社長、短縮できません」
 と言った製造部長に、社長は不満を露わにした。
「開発が出来ると言っている、君たちは作ればいい」
 社長の一言で全てが決まった。生産計画の攻防など何の意味もなかった。会議が終わり退室する我々に深々とお辞儀をする営業部長の姿は嫌味でしかなかった。


 製造部長は分かっていた。社長の発言を覆すには、分厚い資料を用意して根気強く理解させるしかなかった。しかし、営業部長も分かっていた。トップセールスとして社長を海外に連れ出してしまったのだ。社内にいる取締役に相談しても、同情に始まり会議に出席していないからと逃げ最後は社長決定を理解している? で話が終わった。
 会議に参加していた者は一蓮托生だった。会社に残るなら答えは『YES』しかなかった。誰もが家のローンがある。子どもの進学積み立てもある。転職をするにも給料が減る選択はあり得なかった。だから、この危機を乗り越える会議は自然発生的に始まった。
 話はとんとん拍子で決まっていった。責任は早々に退職した開発部長に背負わせる事にした。プロセス承認の書類は日付を遡って作成した。協力会社には営業部長の裏工作をそのまま利用する事にした。残る問題は突然変異だった。
「そもそも、突然変異はなぜ起きるんだ?」
 開発課長に問い直した。
「培養期間を短縮するには、成長促進がカギになります。第一世代では中学時期に訪れる第二次成長期のホルモンから成長促進剤を精製しています。今使っている第二世代では乳児期の第一次成長期のホルモンから成長促進剤を精製しています。それと培養環境の最適化ですね。それに対して第三世代では癌の異常成長に着目した成長促進剤です」
 淡々と説明する開発課長の横で出席者は背負った問題の大きさを認識した。
「なるほど、開発部長が逃げ出すのは当たり前か。突然変異とは臓器が癌化する事なのか?」
「いいえ、癌化程度では突然変異とは言いません。何になるのか分からないのが突然変異です」
 さらりと説明する開発課長だった。
「ちょっと待ってくれ。癌化は問題にならないのか? 突然変異するとどうなる?」
「どの製造方法でも癌化は発生しています。短期間で移植可能な大きさに成長させている事自体が臓器に無理を強いています。もっとも、移植を必要とする患者は元々短命です。問題が発生する前に持病の悪化などで死亡するので問題はないです」
 自分たちが作っている臓器がどう言うものなのか、初めて理解する出席者たちだった。開発課長は他部門との情報格差に気づかないまま話を続けた。
「ここで言う突然変異はミュータント化する事です。細胞での試験では確率一パーセントで癌化して更に確率一パーセントで突然変異を起こします。万が一のレベルですね」
 開発課長は場を和ますつもりで『万が一』と言ったものの、日産三百ユニットは月産九千ユニット。つまり、月に一回はミュータント問題が発生する事を意味していた。
「と、言う事は現在も癌化して死亡している患者がいると言う事か・・・・」
 冷え切った会議室に、品証がフォローの資料をスクリーンに出した。
「全ての購入者に対して追跡調査をしていますが、癌化が始まるのが術後五年以上です。癌化と言っても購入した臓器ではなく、当社の臓器が分泌したもので他の臓器が癌化すると言う事です。幸い因果関係に気がついている医療機関はありません。競合他社は気がついている可能性はありますが、沈黙するでしょう。当社製品と同じ傾向を示しているからです」
 品証の話が終わると、全員の視線が開発課長に注がれていた。それに気づいた開発課長は白衣のポケットからUSBメモリーを取り出すと資料をスクリーンに出した。
「突然変異は加速試験の中で発見した現象です。なぜ起きるのか解明できていませんが癌化した細胞を更に観察していくと突然変異が起きました」
「原理の話は今はいらない。ミュータント化がどういうものなのかを説明して欲しい」
 製造部長が割って入った。
「失礼しました。ミュータント化とは、遺伝情報に残る他の生物の特徴が顕在化する事です。勿論、拒絶反応はでません」
 開発課長は自信を持って言った。
「まるで、カフカの変身だな」
「部長、大袈裟ですよ。一晩であんなになる筈がないじゃないですか。髪の毛の間から触覚が出るぐらいですよ」
 開発課長の話から、自分たちが色々な意味でヤバイ状況に置かれている事を痛感した。問題なのは、全員が日産三百ユニットに『NO』と思っているが、背景は部署ごとに違う事だった。結論を急がないと空中分解しかねない。
「ホントに日産三百ユニットを造らないとダメなのか?」
 製造部長は、話をまとめる前に原点回帰を図った。
「それなら、うちの部長と営業部長の話の中で出ていましたよ。若い臓器を移植するとアンチエイジングになると富裕層の間で話題になっているそうですよ」
 開発課長がここだけの話的に言った。
 全員の顔から罪悪感が消えていた。
「若い人がアンチエイジングはしないな」
 一同、頷いていた。
「最後に確認したい。守るべきは家族」

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